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【18】ボクとしては真打登場!って言いたいんだけどね

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一瞬で遠ざかり、点となり消えてゆく大きなかがり火。
ドラゴンの鞍からヒマリはそれを見下ろす。
月夜に照らされるヒマリの顔に緊張が浮かんでいた。
「なんだヒマリ、ビビってんのか?」
「そりゃあ…。
ドラゴンに乗って宇宙戦艦に乗り込むなんて初めてだからね」
「あっはっは!そりゃそうだ!」
からからと笑うヘルガオルガを、ヒマリは不思議そうに見る。彼女は本当に緊張していない。
夜空で見えないが、オーク師団の精鋭たちももちろん三代目勇者も、余計な緊張がなかったように見えた。

前の防衛線から、戦艦型UFOを見てから二日半が経っていた。
砦陣営が立てたのは、こちらからの急襲だ。
待っていてはあの戦艦には何もできずにやられてしまう事が目に見えていたからだ。そして入ってくる情報では、まさに隣国の王城はあの戦艦型UFO一隻に焦土にされたという事だった。
少数精鋭を送り込み、戦艦UFOの中枢部を破壊してすぐに脱出。作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末だが、索敵もできずその時間すらない。
圧倒的不利な状況で、ヴァンデルベルトは急襲するための最良の行動をとった。中佐は突入部隊へ近代基地襲撃のポイントを最短で叩きこんだ。そうして発動したのがこの深夜の襲撃だった。
「…ヒマリ、もうすぐだぞ、降りる準備しろ」
「―デカい!デカいよ、シリアリス!」
月夜に浮かぶ、全長120メートルもの大型UFO。
今までに見たUFOとは大きさだけではなく、その外部に取り付けられた砲塔や艦橋らしき物。
明らかにこのUFOだけが他とは異質だった。
空中の見えない柱へと固定されているかのようにビタリと浮かび、微動だにしない戦艦型UFO。
その巨体に、またあり得ない巨大な鳥が並行して飛ぶ。
今この時まで気づいていなかったのか、大型UFOから戦闘機タイプUFO数機があわてたように飛び出してきた。
ロック鳥に乗ったオークの勇士6人とオグルの勇者。彼らを降ろそうと、ロック鳥使いの男がわめきちらす。
「ほらほらほら!早く降りて降りて!行って行って!!あ!羽掴むなつってんだろうが!!抜けたらどうする!!」
「お前、お前のロック鳥とこの世界の命運のどっ…」
「いいから降りろ!!テレーゼちゃんの毛艶の方が大事だよ!!」
「…さっさと降りろ、みんな」
師団長の合図でオークらや勇者がぞろぞろと、空挺部隊さながらにロープで降下していく。
戦艦の主砲は準備ができていないのか、沈黙したままだが護衛の戦闘機型UFOが遠慮なく熱線を発射する。あまりにも大きな的には当然外れることもなく数発全てが命中する。
最後に降下していたオークの戦士が飛び降りるのと同時に、ロック鳥はピギイと悲鳴を上げてきりもみをしながら落ちていく。
「ほら見たことかあーー!!」
巨鳥の背中から、ロック鳥使いの怒りとも悲鳴ともつかない叫び声が遠ざかっていった。
すぐに深夜の暗闇へと消えてしまう。
「…テレーゼちゃん、死んでませんように」
「ヒマリ。羽ばたいての落下してました。おそらく大丈夫でしょう」
「バカヒマリ、言ってる場合か!もう避けきれねえ、三代目の影に降りろ!」
「そうだ!
ってすご…!さすが勇者、ビーム砲を弾いてるよ!」
「…絶対無事でいろよ!」
「ヘルガオルガもね!」
運んでくれたドラゴンにお礼を言うように、ベウストレムの背中をバンバンと叩きながらヒマリも飛び降りる。
三代目勇者の後ろに転びながら着地するヒマリ。オークらも集まるそこだけが艦上での安全地帯だった。
ヒマリは初めて目にするがそれが何かをすぐに理解した。
UFOの外壁を削り出した、巨大なシールド。その厚さ、その重量。扱えるのはただ三代目勇者だけだろう、まさに壁。
当たったビーム砲を多くの細い光へと引き裂き拡散させる。そこに彼岸花が咲いたかのようだった。触れると命を落とすという意味でもまさに彼岸花だった。
「全員揃った!ザウム、お願い!」
クリスが声を上げ、オーガの分厚い背中を叩く。相棒に頷き、勇者ザウムはその壁を前へ前へと押し出し、前進を始めた。
彼岸花の光に照らされながらクリスがヒマリに話しかける。
「このバカみたいな盾の親分さ、ノームのところで作ったやつらしいんだけど」
「そうそう。プロテウスの盾作りたかったけど、そんな時間無いからとりあえずでUFOの外壁を中佐に聞いた戦車装甲と同じ構造に加工してもらったんだよ。
―シールドの真ん中にでっかくノーム工房のロゴマークが入ってたね」
「消せつったんだけどね…
で、ノームがあんたに名前をつけろって言ってた」
「このシールドに?
じゃあ、安直だけどイージスの盾、で」
「ヒマリにしてはいいですね」
「シリアリスに褒められた」
「それ、どんな意味なの?」
「地球の戦いの女神が使ってた盾の名前だよ」
「お、いいじゃん」
「でも言ってられないね…ここから動けない」
「ヒマリさん、あれを!塔の方から敵が!」
ソフィエレの指さす方向を見るヒマリ。砲塔の横にあるハッチから、鎧のようなスーツを着た宇宙人の兵士らが出てきていた。
「ヤバいヤバい、でも本当に押されてる…。ビーム砲なのに質量がある?反作用が働くほどのエネルギー…。
三代目さん、避弾径始だよ!斜めに!斜めにビーム砲受けて!寄生獣で後藤が自衛隊相手にやってたやつ!」
「キセエジュウ?何言ってんのあんた」
「何?!寄生獣ぐらい読んどけ!!あんた仮にも勇者の娘でしょうが!」
「え、あ、ご、ごめん…」
「よーしよし、ほら三代目さん進めるようになった!」
「…ヒマリ、その、キセイジュウって何?私知らないんだけど…」
「はあ?!今漫画の話してる場面じゃないでしょうが!うち来たら貸したげるから!」
「…うん…」
クリスは腑に落ちないものの、ヒマリの勢いに押されて黙ってしまった。
「オーク隊のみなさん、シールドを!」
ソフィエレの号令で、迷いなくオークらが周囲にも訓練通りに小型のイージスの盾を構える。
まさにそのタイミングで取り囲む宇宙人の兵士や、人型ロボットが熱線を放つ。
戦艦のビーム砲を相手に耐えて、少しずつでも前へと進む勇者。それはさながら、のろのろと進む一匹の亀のような状態だった。
「やつら、こちらが見えてますわね!」
「暗視装置だよ、ソフィエレさん!あーゆうヤツは魔導術よりも科学の得意分野だから…!」
ヒマリはちらりと上を見る。
エルマリのグリフォンとヘルガオルガのベウストレムは上空を旋回するが、どちらも戦闘機UFOを突撃部隊に近づけないようにけん制するだけで精一杯のようだった。
「―いや、むしろけん制出来ているだけでも十分すぎるけど―
ヤバいよ、ソフィエレさん!このままじゃジリ貧だよ!
…ソフィエレさん?どこを見てるの?」
真顔で、目を凝らして甲板を見つめるソフィエレ。
ヒマリはその視線を追う。
そこには…漆黒の、翼幅が2メートルもある巨大なコウモリがふわりと、ゆるやかに、伏せるようにして甲板へと降り立つ所だった。
「来ましたわ!ファルリエット!」

今回は深夜の作戦、襲撃側に有利なはずの夜襲だが、ヒマリと中佐の地球組にとってそれは有利な事ではないと思っていた。宇宙人の技術に赤外線ビジョンが無いとは思えなかったからだ。
かなめである三代目勇者すら全員を守るためイージスの保持のみで動き回れない。
それでも、異世界人達には内部侵入までの確かな勝算があった。
そして、その勝算が、現れた。
ヴァンパイアの移動術。それは魔術であって魔術ではない。体系化されていない、技術として確立していない、本人だけが使える技。
風が吹きすさぶ深夜の高度1500メートルにまで、たった一人登ってきた大きな影。
そのコウモリだったモノは、ひと塊の真っ黒な闇へと変容する。
ズズズズ…と。
その闇は不気味に盛り上がっていき、やがて、小柄な人の形へと成していく。
「クククク…
我が名はファルリエット・リドホルルリイカ・アルマス=スルヤシャルヤボニイエヤ!
魂の解放の彗星を見上げし神々の…
えー、解放の…あー、
とにかくすごき者!」
バサリとマントを広げ、高らかに宣言する闇だった者。
ゴシック衣装を着た、ヒマリの大切な友人の一人へと姿を変えていた。
「ファルさん!遊んでる場合じゃ…!」
ヒマリの記憶には、鷲鳥人達の不幸が強く焼き付いていた。
相性という物がある。もしかしたら異世界では強者のヴァンパイアも宇宙人の科学とぶつかってどうなるかわからないのでは―と、不安がぬぐえないままだった。
雲海から差し込む月光。夜空の宇宙戦艦の甲板。イージスを押し、舞い散り舞い上がるビーム砲の光に照らし出された伝説のヴァンパイアの姿に、エイリアンの戦士たちすら異質な物を感じたらしい。
銃を胸の前に、固まっていた。
「あーはいはい、アレじゃな?」
そんな敵味方周り全ての思惑を一切気にせず、ファルがズカズカと歩き始めた。
お買い物を頼まれた幼女のように、町内を歩く気軽さでエイリアンの左翼一群に向け、ごく普通に歩いてゆく。
イージスの影から、三代目勇者の後ろから動けない突撃隊の中、宇宙人でもあっけにとられるんだ、とヒマリが思った直後。金属のスーツを着込んだエイリアンの一人が何か叫ぶ。おそらくは一群のリーダーなのだろう。周りのエイリアンもあわてて銃を構えなおす。
即、熱線銃の射撃が始まった。
悲鳴を上げる暇もない。
数本の光線が、黒いマントをまとった幼女を貫通する。
ファルは驚いた顔をして立ち止まる。
「ファルさん!!」
ヒマリの悲鳴。
立ち止まったファルは自分の胴体を見る。
―穴だ。本当に穴が開いている。
そこへまた容赦なく第二斉射。
さらに幼女の体を、頭をも撃ち抜く。
穴どころではなかった。体がずたずたに引き裂かれる。
「ファっ、ファルさんっ!!」
無残、の一語しかないその様子にもう一度、ヒマリが悲鳴を上げた。
「でも良かったですわ、今までファルリエットの出番がなくて。おかげでヤツらに存在が知られずに済みましたもの」
「いや…!!
ソフィエレさん、ファルさんが!何言ってんの!!」
「ヒマリさん、大丈夫ですわ、彼女はヴァンパイアですのよ」
「でも!」
今にも泣きそうな勢いで、ヒマリはソフィエレをゆすっていたが…その動きが止まる。
倒れていない。ファルは立っていた。
小柄な体躯を何度も何度も、そして今も貫かれているその人影は、月明かりの中、立っていた。
「大丈夫ですわ。今は深夜。今なら大丈夫。たとえ三代目でさえ彼女を倒せるかどうか」
「でも、ビームだから…!焼かれたから!ダメかもじゃん!!」
友達の初めての戦う姿に、あまりの惨劇に、ヒマリはまだ冷静にはなれない。
「そんなのとは違うんですのよ、本当に」
かわいらしい幼女の表情。
困ったな、か、めんどくさいな。
そんな顔をすると―頭部にも大きな穴があったはずなのに、そんな事象は起こらなかった事になっていた―ファルは全てのビームを霧の体で素通りさせながら、また歩き始めていた。
幼女は騒ぐヒマリに気づき、ウインクして手すら振っている。
「ファンサいらないから!マジで!真面目に!!」
その道には何もなかったかのように、ファルはエイリアンの先頭の兵士の前に立つ。
彼らの常識として理解できない状況に、エイリアンらの動きは止まっていた。
ファルは目の前に立つエイリアンのおなかあたりを無造作に両手でつかむやいなや、特に力を入れるでもなく、ごく普通に縦に引き裂いた。割りばしを割るように、金属製のスーツごとソレを縦に、左右に真っ二つにした。
甲板にゴトン、とくずれ落ちる二本の割りばし。
エイリアンの悲鳴だ。
当然だ。エイリアンも恐怖に悲鳴を上げるのだ。
パニックを起こして銃を乱射する。しかし、いや無論、ファルは至近距離の熱線銃にも倒れない。気にもしていない。
ファルは次のエイリアンを掴むと、パワードスーツであろう甲冑を着込んだエイリアンを掴むと、そのままドンと膝をつかせる。それはさながら人形遊びの様子だった。
今度はペンのキャップを外すように強固に固定されたヘルメットのジョイントを引きちぎる。例の不気味なエイリアンが顔を出すが、気にせずにファルは小さな頭の半分ほどにも口を開け、首へとガブリついた。
―また、全てのエイリアンが絶叫する。
周りの兵士らもヘルメットごしにですら聞こえる悲鳴を上げながら、仲間ごと怪物に向けて熱線を撃ち続けていた。
「まっず!!なんじゃこれ!!死ね!!」
攻撃にさえ気づいてないかのように。かぶりついていた口を放し、不機嫌そうにファルはソレをぐしゃりと甲板に突き刺した。
ヒマリがファルを猫に例えていたが、アレは正解だったのだ。
好きな味じゃない食べ物にはそのまま食べないだけでは済ませない。
不機嫌そうに、気に入らない食事は後ろ脚でガリっと削りちぎるのが猫の習性だ。
エイリアンの一群はもう部隊としての形になっていなかった。

逃げる者、悲鳴を上げながら撃ち続ける者、必死に仲間を押し出す者。阿鼻叫喚とはまさにこの事だった。
「…シリアリス!強すぎる、あれボムだよ!シューティングゲームの!一回だけ使えるボムだよ!」
「はい、泣きべそかいて応援した甲斐がありましたね」
「なっ…!!
うるさいなぁ…。
にしても、このエイリアン達は本当にボクらと同じレベルの、似た進化を辿った生物だ。きっとボクら地球人類と同じ歴史を持ってる。だから怪物に悲鳴を上げるんだよ。映画のエイリアンの、逆の方だよ。ギーガーから逃げるノストロモ号の船員だよ、可哀そうに」
鎧袖一触がいしゅういっしょくに変わる言葉はこの世界にもあるのだろう。幼女は、マントをはためかせながら鎧袖一触で全てを蹴散らす。
完全に全ての武器が彼女を狙い、撃ち続けている。イージスの盾を撃っていた戦艦のビーム砲までもがそのたった一人の幼女を撃っているが、霧の中をすり抜けるだけだった。そして普通の霧とは違い、することもなく、人の形を保ち続けている。
「秘技!だいさんげんッ!ハク!!ハツ!!チュンッッ!!!」
ヒマリから聞いて練習していたのだろう。幼女のヴァンパイアは適当な事を叫びながら楽しそうにエイリアンのロボットを、比喩ではなくる。100キロのロボットを片手で投げつける。プロ野球選手が投げる球よりも速いそれを躱せる兵士は一人もいない。
右翼にいる兵士らもどんどん戦艦甲板から弾き飛ばされ、夜の空へと消えていく。
「こくしっ!!むそおーーッ!!」
盛り上がってきたらしく、さらに兵士やロボットにとびかかり、ファル本人は意味を知らない言葉を叫びながら一体ずつ、上空を飛ぶ戦闘機型UFOへ向けて投げつける。
半分は外れるが、たまに命中して宇宙人の兵士は哀れにもUFOのバリアーにはじかれ、やはり闇夜へと落ちていく。
残ったUFOにもファルは飛び掛かり、バリアーが切れるタイミングでコクピット部位を殴り、無理やりに撃墜する。その時も意味を知らずにロン!ロン!と叫んでいた。

―そうやって暴れ幼女が遊び疲れる頃には、甲板での戦いは終わっていた。
兵士が、主砲が、UFOが、ファル一人に目を奪われている間に突き進んだイージスの亀。
準備していたミスリル銀で作られた投げ槍を勇者が投擲し、主砲の外装を貫通させてビーム砲を破壊していた。
砲撃の無い甲板から三代目は宇宙人らが出てきたハッチを粉砕して侵入口を作り終わっていた。
それも、ただの一人も欠ける事がなく。
―まさに完勝だ。
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