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【3】石造りの砦って冷えるし音が響くね

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「ヒマリッ!起きてください!」
「ぼわっ?!?!なになになに?!
…え?爆発?工事?!」
「ヒマリ、よだれをふいてください。服を着てください。起きてください」
「…な、え?!今何時?!なんで?学校?行かないよ!」
「ヒマリ、寝ぼけていますね。今は地球時間で表現するとAM9時32分です」
「―そうだ、ここ異世界じゃんね!
ヘイシリアリス、今爆発音したよね?まだなんか破壊音響いてるね!」
「はい。そのため起こしました。振動音からしておそらく砦中庭。爆発は一度だけ、その後機械駆動音らしき振動音が聞こえます。UFOの襲来かもしれません。
服を着てください。よだれをふいてください」
「たらしてねーわ!パンツ履いとるわ!ああもう久しぶりにいい夢見てたのに!」
あわててはおったジャージのジッパーを上げてヒマリは部屋を飛び出す。
「うわわわっ?!?!」
「あら」
と、扉を開けようとした所で外から開けられた扉にバランスを崩してよろめき出るヒマリ。
目の前に立っていた、扉を開けた人物にぶつかりそうになるが、それはヒマリだけで相手は全く慌てることなく身を躱していた。
結果ヒマリだけがよろめいてそのまままっすぐに廊下をの向こう側へとケン、ケンと進み、石造りの壁から中庭をのぞき込む事になる。
「ちょちょちょ!!とめとめ!!」
「あらあら異世界人さん、そんな事をしても元の世界には戻れませんよ?」
身を躱した人物、ちょうど扉を開けた人物が砦の中庭へと落ちそうなヒマリのえりくびを掴む。
命からがらというタイミングだったが、そのヒマリの目線の先、砦の中庭での騒動でヒマリは意識をそっちに持っていかれてしまう。
「え、ちょ、何何?!異世界ってチェンソーあるの?!てかやめて!いきなり壊さないで!」
「ああ、そうなんですよ。ノームさんたちが来てしまって。UFOの解体を始めたんですよ」
「UFO襲来じゃないんだ!それは良かったけど、何あれ?!解体しようとしてんの?!ノーム?!なんで!」
「ええ。ほら、ドワーフ工房の親方さんらもUFOを持っていこうとしてたから揉めてるみたいなんですよねぇ」と、エルマリはひとごとのように涼し気に話す。
「ていうかヒマリさん。急いでるからってここから降りて大丈夫なんです?異世界人って魔法使えましたっけ」
「そうだよ、わかってて言ってるでしょ!戻して戻して!落ちる落ちる!」
「ああ、もう腕も疲れてきたし、手、放しちゃった方が早そうですね。ヒマリさん降りたいんでしょ?」
「―はあ?!何笑ってんだよ!美人だからって何言っても許され…マジで放すなあー!!」
本当にジャージをつかむその手を開かれ、ヒマリが見上げるエルフの笑顔が一瞬で遠ざかっていく。
が、そのエルフは素早く手をひらひらと泳がせる。
瞬間、魔法の光に包まれてヒマリはふわり、と着地した。
「…はーー、もう、大丈夫と知ってても怖いってば…」
「あーおかしい。異世界って楽しそうですね、みんなそんなに表情豊かなんですか?」
エルマリはマントに風を捕まえながらヒマリの横へとふわりと着地し、とても良い笑顔で話しかける。
「―ヘイ、シリアリス。今後エルマリさんの言葉だけ京都弁に翻訳してくんない?」
「はい、わかりました」
「で!急いで止めないと!」
と、ヒマリはエルフに苦情を言うのは後回しにしてUFOの墜落した場所へと駆け出していく。
そこではガリガリと騒音を上げながらUFOをバラし続ける小人に向かってドワーフ工房の親方らが騒いでいる。が、ノームらは気にもせず、あるいはチェンソーの音で聞こえていないのかもしれないが、いずれにせよわいわい騒ぎながら好き勝手に解体を続ける。
「あれか、でっかいカナブンみたいなの背負ってる。あれがボンベで空気圧のチェンソーなんだ。
ってそれはいいけど!壊さないでマジで!せっかく鹵獲したのに!」
あわてて駆け寄るヒマリの声も聞こえないようにノームらは口々にしゃべりながら解体を続けていた。
「そこ縦に切ってみろ切ってみろ」「お、切れた切れた!簡単!」「ここの部位うまそうだ」「甲羅の中、線いっぱいだ。意味がありそうだ」
手が付けられない様子に、ドワーフの親方が悲鳴を上げる。
「おおおい、なんとかしろ異世界人!」
「そんなの言われてもさあ」
「そこにも線があるぞ」「赤い線と青い線があるぞ」「どっちもだ、どっちも切れ」「切った切った、切るに決まってる」
「―え?今なんか怖いのが聞こえた気がすんだけど、シリアリス。何て言ってた?」
「ヒマリ!退避してください!ヒマリ、退避してください!」
「え、なになに?
…アレか!!UFO光ってる!パネル光ってる!なんか音してる!」
SF映画でよく見かけるシチュエーション。
墜落したUFOがピカピカと光だし、そしてアラームのような音。
何よりもそれらの音と光りは一度の明滅ごとに間隔を縮めつづけている。
「―みんな!逃げて逃げて!ノームさんらも…ってあれ、もういない」
ヒマリの叫びに、その場に集まっていた異世界人たち―衛兵も騎士もドワーフも慌てだす。
「ヒマリ、間に合いません。指を広げた状態で手をUFOに向け、動きを止めてください」
「は?!それどころじゃないんだが?!」
「キュルキュルキュルキュル―」
「何何何シリアリス?!早送り?!」
と、ヒマリは左手のスマホに向かって叫んでいたが、突き出した右手のひらが赤く眩く光りだした。
口をあんぐりと開け言葉を失って見ているうちに、魔法陣が浮かび上がる。
「…は?」
あぜんとするヒマリの右手の魔法陣から火の玉が飛び出した。
その勢いで銃を撃ったように腕が跳ね上がり、そして轟音と衝撃に包まれ、やはりヒマリは無様に後ろにすっころんでしまう。
バッと顔を上げた時にはUFOは炎上し、自発光もアラーム音も当然止まっていた。
「…え?魔法?」
「ヒマリ、いけましたね」
「―スマホの早送り再生で魔法詠唱したってこと?!
―てかおま!ボクでテストすんな!ぶっつけで!助かったけども!」
またスマホに向かって喚いていると、UFOがもう一度大きく爆発した―
が、ヒマリがその閃光と轟音を味わったのは一瞬だけだった。
ヒマリの顔の前は壁のようなもので覆われ、ヒマリを危険から遮ってくれていた。
「やべええーー!
あ、これ手だ!でかい手だ!!ありがと、オークさん!」
「エウゲニイだ、異世界の娘」
緑がかった肌の大きな手の平で、ヒマリの顔に向かって飛んできてたUFOの破片をカバーしてくれた大男、エウゲニイ。オーク師団の師団長だ。
彼もドワーフの工場長も、ゆうべの宴会でヒマリは紹介されて顔見知りになっていた。
「異世界の娘。お前魔法使えたんだな。異世界人は魔法を使えないと聞いていたが」
「うん、ホントにね!使えないはずなんだけどね!ちょっと使えるようになっちゃったみたいでさ!びっくりだよね!」
なんだそれは、とオーク師団長は苦笑いしながら離れていく。
彼はそのまま周りにいた他のドワーフ達にUFO解体の指示を出し始めた。
ドワーフらはオークなんぞに言われんでもやるわい!と怒鳴り返していた。
「…シリアリス。それにしてもやっぱオークの手ってすごいな、プロレスラーのみたいにデカくて分厚い。プロレスラー見たことないけど。あんな手でビンタされたら山崎邦正なんか一発で吹っ飛ぶよ」
「ヒマリ、月亭方正です」
「またいらんデータメモリしてるなあ…」
「所有者の検索履歴のせいですね」
「ハイ」
「あらヒマリはん。ホンマに魔法使えはったんどすか?」
「え?エルマリさんなんで京都弁?
―そうだった、ボクが言ったんだ。似合うからそのままでいいや。
―いや、使えないけど使えたんだよ」
「あらあら。ヒマリはん。こちらの言葉がまだ苦手なんどすな。常識やのうて」
「…ほら見ろ、似合う」
「おい異世界人!ノームどももうバギーで去ってしもうたぞ!お前さんとワシらで一緒に調べるはずじゃろうが!どうすんじゃ!」
と、ドワーフの工房長が怒鳴り声をあげる。
「え?バギー?何それそんなのもあんの?」
「ああ、異世界人の娘、お前は知らないんだな。あいつらは変なものばかり作って―」
と、オークの兵士たちがしかめっ面を作る。
「あいつら良さそうな所全部持っていきよった」
と、ドワーフ。
「じゃあさっきのはUFOの襲撃じゃあなかったんだな?!」
と、駆け付けた砦の衛兵たち。
「異世界人、君魔法使えたのか?どこで覚えた?君の世界にも魔法体系が―」
と、人間の魔法使いも駆け寄ってきた。
「外装は壊れた辺りだけ持って行ってほとんど残していったがの。残りのはワシらが―」
「ちょちょちょ!!待って待って!散らかりすぎ!話!」
翻訳元の話し手の声質に似せるというシリアリスの気の利いた翻訳のおかげで理解はできるが、それでもあまりの騒動にヒマリが悲鳴を上げた。
その悲鳴に答えるように、パンパンと手を叩く大きな音が響いた。
「はいみなさん、お疲れ様です」
「―ヴァンデルベルトさん」
笑顔でその場の全員の顔を見ながら、騒動の中心へと、ヒマリのそばへと騎士が歩いてくる。後ろには昨日の女騎士ソフィエレも付き従っていた。
その様子を、騒いでいた誰もが口を閉じて黙って見つめる。
「えー、ざっと見た所。
まず、UFOの中身をノーム研が持って行ったのはわかりました。整理しますね」
ヴァンデルベルトは務めて冷静に、そしてにこりと笑って言葉を続ける。
「―ヒマリさん、ノームは異世界のカガクに似た技術を持った種族です。
昨夜相談したように落としたUFOはここでヒマリさんに見てもらいたかったのは間違いないですが、一旦彼らに預ける形でおいてください。
ドワーフ工房さんもそれでお願いします」
「いいけど、あれでも危ないよ?いきなりチェーンソーで切ってたけどそれこそガソリンタンクとかリチウムイオンバッテリー的なやつに当たってたら大爆発するし」
「…まぁ、正直、ノームはいつもなので…」
「ええ、触らぬノームに爆発無し、ですわ」
「ソフィエレさんまで」
「ノームばらの死因は大体が実験中の自爆だとか言われとるほどじゃからのお」
ドワーフ親方がそうぶつぶつ言いながら仲間を連れてUFOの様子を見に去って行った。
「こわ。要するにマッドサイエンティスト集団じゃんね、シリアリス」
「次に、ヒマリさん。―さっき魔法使ってませんでした?」
「あー、うん、まぁ要するに他の人が使ってた呪文を覚えて真似したら出た感じ」
その言葉を受けてヴァンデルベルトは目を丸くし、すぐに魔法使いたちの―特に、中心にいる魔導士アイマルの顔を見た。
ヒマリの言葉に硬直してしまっていたアイマルは、騎士の目線に我を取り戻したらしく、首を左右に振りながらヒマリに、ヴァンデルベルトに話しはじめる。
「―魔術詠唱はかなり特殊な音階を使うので身に着けるには長い練習が必要です。
―なるほど、ヒマリさんの魔力を使い、術式の発動については声帯の代わりだけをそのカガクの板で行うんですね」
「そうどすやろうなぁ。仮に魔法道具なんかで詠唱を再現したところで、本人以外の声では意味あらしまへん」
「ええ、エールマリルスュールさんの言う通り、詠唱と所作以外での魔法発動事例は聞いた事がありません」
「アイマルはん、たぶん詠唱所作の要らんタイプの術式だけどすやろな。
ああそうそう、あと高速詠唱にもなってて…」
魔導士アイマルとエルマリの二人が話す言葉を聞き、周りを取り囲む他の魔術師らがどよめく。
「シリアリス、君めっちゃ褒められてるよ。やっと異世界転生チート気分味わえたかも」
「はい。この様子を録画しておいて地球に戻った際に弊社製品のTVCMに使いたいですね」
「地球で魔法使えないのに何のアピだよ」
大勢の魔術師を指導するアイマルやエルマリすら見た事もない事態に、魔術師らは動揺を隠せずに喧々諤々の議論が始まった。
それを他所にヒマリはのんきにシリアリスに話しかけていたが―。
「じゃあ基本魔法や使えるやつを一通り、ヒマリさんのカガクの板に録音させてくれませんか?」
またヴァンデルベルトのよく通る声が、魔術師らを黙らせる。
だがそれはその言葉の内容ゆえだった。
一瞬の静寂の後、そこに集まっていた十数人の魔術師らが一斉に怒りの声を上げる。
「そんな、録音再生なんて魔術では無い!魔術を馬鹿にするのか!」
「我々の研究の成果を蔑ろにする発言は取り消してもらいましょう!!」
「異世界人にコピーで使わせて良い訳がないでしょうが!」
魔術の使えないヴァンデルベルトには、それがそんなに怒る事だと思っていなかったのか。目を丸くして彼は魔術師らを見まわしている。
「あー、これAI絵の議論で嫌悪感見せる側の口調だ。SNSで見たことある」
ヴァンデルベルトのついでに嫌悪感を込めた目で魔術師らに睨まれながら、ヒマリがシリアリスにつぶやく。
「ボクのために、それも自分が頑張って身に着けた魔法を録音して使いまわされたくないという気持ちはめっちゃわかる。わかるんだけど、ボクが睨まれるのはなんか違うってゆーか…。
学校思い出すね、シリアリス」
口々に不満をもらす若い魔術師らの様子を見ていたアイマルが咳払いを一つする。
気づいた魔術師から順に、みんな黙ってアイマルへと視線を集めた。
「―先ほどもヒマリさんはUFOの爆発を見越していたでしょう。昨日もそうです。
それは無論、彼女の住む異世界の知識あったればこそです。
彼女はカガクの知識を遠慮なく我々に共有しているのに、何故こちらの魔法を教えるのを嫌がるんですか。魔術師は常に知識の探究者でなければいけません。
何より異世界人だから何だと言うんですか。我々ヒューマン自身も古代にエルフから魔術を習った歴史を忘れてはいけません。お互いがお互いの出来る事を持ち寄る事で、新しい知識が生まれる事を忘れてはいけません」
魔導士アイマル。
転移火球も使いこなす上級魔術師であり、この国の魔術学院の教師の一人だと、ゆうべヴァンデルベルトからは紹介されていた。
幅広い魔術知識と、何よりもその魔術研究へのストイックさと垣根無く全員分け隔てなく教育する姿勢から魔術師以外からも慕われており、彼が来たおかげで大勢の魔術師がこの砦に参戦してくれたとヴァンデルベルトは説明していた。
魔導士アイマルの言葉に、ヒマリは騎士の説明が正しかった事をしっかり理解できた気がした。
「昨夜私はヒマリさんから伺いました。
彼女の世界はカガクを発達させ、魔法は存在しないそうです。魔法の代わりにカガクの道具を量産し、その道具を使う事で誰もが魔法の代わりに炎を操り、氷を生み出し、高速移動するそうです。
もしかしたら彼女はカガクを生かした魔法の道具を生み出すためにこちらに来たのかもしれない、と私は考えています」
アイマルの言葉で静まり返った魔術師たち。
魔導士アイマルのアイコンタクトを受け、黙って様子を見守っていたヴァンデルベルトが真面目な顔で一同を見回し、咳払いを一つすると口を開いた。
「みなさんの魔法の道を愛するお気持ちはよくわかりました。
―が、事態を考えてください。敵を考えてください。このままで一か月後どうなってるか想像してください。次に襲撃されたらどうなるかを考えてください。
―私からはそれだけです」
もう一度、場はしんと静かになる。
「そうですね、詠唱所作が無くてなるべく基礎系を録音してほしいんですが…。
そうなると私がやった方が良さそうですね」
と、アイマルが言うが、その言葉に他の若い魔術師らがざわめく。
「そんな、先生がわざわざやる必要ないですよ」
「だから、それが駄目なんですよ。今何が必要で適材適所かを見極める癖をつけてください」
「……」
「シリアリス。気まずい。正直気まずい。ボクは悪くないんだけど」
「はい、人間は実に非合理的ですね。私達AIの判断に全て任せればいいと思います」
「君、その可愛く明るい声でハキハキと人類支配しようとするのやめて。怖い」
「アイマルはん。ほな、ウチ引き受けまひょ。しがらみもあらしまへんし」
「エルマリさん、いいんですか?」
「ええ。異世界人の知識で魔法がどう使われるか、楽しみどす」
そう言ってヒマリににっこりとほほ笑むエルマリ。
美人の期待にプレッシャーしか感じないヒマリは引きつった笑顔をエヘヘと返した。
「そうそう」と、アイマル。
「ヒマリさん。時間が出来たらシールドの魔法だけは覚えた方がいいですよ。詠唱所作は複雑ですし詠唱制限時間も短いので練習が必要ですが、必要な魔力量はごくわずかです。
我が身の危険を守るために全ての魔術師がひと月かけて必ず覚える基本魔法です」
「なるほど、柔道の受け身みたいなもんだね、エルマリさん」
「……。そうどすえ」
「エルマリさん、よくわかんないめんどくさい事は露骨に流すよなぁ、笑顔で」
話がまとまった事を示すように、ヴァンデルベルトが口を開いた。
「でもちょうど良かった。じゃあ魔法習得が終わったらエルマリさん、すいませんがそのままヒマリさんに砦の案内をお願いできます?」
「え??」
と、今度はエルフが笑顔をひきつらせた。
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