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第24章 匂いのする方へ

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 回廊では、相変わらず、住人が掌の箱を見ながらすれ違っている。

「歩く時は、同じ速度で歩いたほうがいい。
 急に止まったり駆け出してはいけない。
 特殊な行動は、感知され易いからな」
 響介からの注意だった。絢音と真琴が頷いた。

 真琴たちは、住人の歩く速度に合わせ回廊の奥へと進んでいった。
 だが、同じ風景が続くだけだった。

「これではだめだ、何かしない」と真琴たちは立ち止まった。
 真琴は、コロニクスから貰った翻訳機を起動させたが、これと言った情報は拾えなかった。

 急に、ウビークエが、クンクンと鼻を鳴らした。
 徐々に顎が上げて、鼻を鳴らしながら角度を変えている。
 その様子は、ハムスターやウサギが鼻を鳴らしているのと同じだ。
 ウビークエは、オピフ、真琴、絢音、響介を順に見ると、両手をあげて響介を見上げた。
 響介と目が合った時、両手を上げ背伸びをした。
 響介は、何をしてほしいのかわかったようで、ウビークエを抱き上げ肩に乗せた。
「高い、高い」とウビークエが喜ぶ。
 高いところに行きたかったのかと絢音が微笑んだ。

 響介に肩車されたウビークエは、先ほど少しだけ感じた甘い匂いを探していた。
 食いしん坊のウビークエの特技だ。

 ウビークエは、目をつぶって集中する、そして、思い浮かべた。

 チキンライス、
 ハンバーグ、
 うさぎりんご、
 シュークリーム、
 モンブラン、
 貝のマドレーヌ、
 粉砂糖がかかったミルフィーユ。

 違うぞ。

 チョコレート?
 ビターっぽい?
 紅茶の匂いも……。

 顎の下が痛い、唾液が口の中に押し出そうとしている。
 胃袋も動く、身体は、食べる準備をするものだ。

 匂いよ、おいらを連れて行ってくれ。
 案内しておくれ、
 楽しい食事のテーブルへ……

 ウビークエは、心に中で祈っていた。

 誰に?

 誰でもいい。僕の願いを叶えてくれるなら。

「こっち、こっちだ。甘い匂いがするよ」
 ウビークエが、匂いを探していた時間はほんの十秒ほどだった。
 それを見ていた真琴たちには、五分にも十分にも思えた。
 待たせる方と待たされる方との時間感覚は大きく異なるもの。
 ウビークエが指差す方向へと歩き出した。
 みんな、響介の後ろをゾロゾロと付いて行く。
 今はそれに従うほかなかったからだ。

 そんなウビークエを見ながら、真琴は考えていた。

 ここの住人は、機械なので食べ物を必要としないのだろう。
 ならば、食べ物の匂いの先に居るのは人間に違いないだろう。
 住人は、こんなに匂いに反応する人間と感覚がことなるのだろう。
 もし、食べ物に興味を示すとするならば、アートも何か感じるだろう。
 いや、アートも感じないかもしれない。
 目にしたり、耳にしたり、味わう事にワクワクがわかないのだ。
 ワクワクがない。それは、進歩を停滞させるというのに。
 僕は、ウビークエと同じようにワクワクを探す。
 変化を探す、探求心が見つけたものを調べろと要求する。
 細胞の欲求なのか?
 それは、たぶん人間だからだろう。

 すれ違う住人は、本当に真琴たちには興味がない様だ。
 ロボットのボディを付けているだけで、足首や関節の隙間に見える肌に関心がないようだ。
 住人は、掌サイズの小さな箱を覗き込み、画面に細い指を走らせる。
 スマホの明りに下から照らされた顔は、生気が無く怖い感じだ。
 肩が触れ合う程近くに居るのに、話をすることもない。
 一人ひとりが、透明な容器に入っていて、自分自身を隔離しているようだった。
 真琴たちは、様子が変わらない回廊を進んだ。
 もう、どのくらい歩いただろうか?

 早く見つけたいと焦っていたためだろうか、真琴は自分たちの動きがここの住人より早くなっているのがわかった。
 急いではいけない。
 住人と違う動きや違った速さでの移動は、目立ってしまう。
「響介、歩くのが早い」
 真琴が、前を行く響介に声を掛けた。響介は少し振り返ると分かったと左手を上げた。
 変化の無い回廊をただ、ただ進む。
「止まって!」と、ウビークエ。
 ウビークエは、カッと目を開き精一杯背伸びをしキョロキョロと周りを見渡した。
 真琴たちはその様子を見守る。
「どうしたんの?」
 我慢しきれずに、絢音がウビークエに訊いた。
「匂いが・・・・・・、匂いがしなくなったんだ」
 真琴たちに落胆した。

「どうしょう」絢音がしゃがみ込む。
「匂いをたどって来たんだから、この先のどこかの部屋に居るはずだ」
 真琴が、絢音を励ます。
「部屋を順番に開けてみる?」響助が呟く。
 真琴たちは、遠近法で描けるような直線的な回廊を見つめる。
 扉が、幾枚もの扉がずーっとずーっと続いている。
 そんなに残された時間はない、特に響介と絢音には。

「おい、ウビークエ。アレしかないんじゃないか?」
 響介の足元に居たオピフだった。
「アレ?」ウビークエが首をかしげる。
「そう、アレだよ、アレ」オピフがニヤニヤしながら答える。
「……アレかぁ。そうだな……アレしかないかぁ」
 真琴たちは、二人のやり取りにイラついていた。
「ちょっと、説明してよ。アレってなんなの?」
 ふくれ面をした絢音が、オピフを指で突いた。
「痛いなぁ。お嬢さん、力が強いね」と、オピフが眉間にシワを寄せた。
 そんなに力は入れてないのになぁ、ゴメンねとオピフに軽く頭を下げた。

「アレをするかぁ」
 相変わらず響介の肩の上で、ウビークエは得意そうに天井を見上げる。
「だから、アレって何よ」
 絢音は、ウビークエの足を引っ張った。危うく落ちそうになる。
「あぶねぇ」とウビークエは体制を立て直し、真琴たちを見下ろした。
 そして、右手の人差し指を立てた。
「アレとは、作戦Bだ。おいらとオピフが一緒に考えた作戦だ」
 オピフがきょとんとしている。という事は、作戦Bはウビークエが一人で考えたらしい。
「作戦B?」真琴たちが、口を揃える。
「君たちに、この作戦を実行できる度胸があるというなら、直ちに実行しよう」
 ウビークエは相変わらず偉そうに真琴たちを見下ろす。
「だから、作戦Bっていうのはなんだよ」
 ウビークエは、絢音に響介の肩から、引きずり降ろされた。

 その時、真琴たちは、カメラが追随していることに気付けなかった。
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