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最終話 私は貴方を殺したくはないのです。
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私は帝国のアザール公爵家にいます。
きちんとロドルフ陛下に離縁を申し込んでいたほうが、三年間の白い結婚の後で別れていたほうが、と過去の選択を思い悩むこともあります。
けれどドゥモン王国先王の唯一の血筋である以上、正式な手続きでデュピュイ王国を離れていたら祖国へ連れ戻される道しかなかったでしょう。昔から私を旗頭にしてラブレー大公である伯父様を利用して、父を討とうという勢力はありましたから。
「ねえ、貴方」
「なんですか、レア」
「大精霊様方の罰だという結論に誘導して、侍女達に累が及ばないようにしてくださってありがとうございました」
「言ったでしょう? 貴女がお望みなら私はなんでもすると」
大精霊様方の罰としか思えない死に方をした私の遺体は、夫が前につけていた仮面と同じ隠し部屋に保管されていた、伝説の時代の魔術で作られた人形でした。
それ以外にもこちらには不思議なものがたくさんあります。
父と子の血縁関係を確認するための魔道具もあって、それは私の生まれ育ったドゥモン王国へ少し前まで貸し出されていました。ふと思い出したので、聞いてみます。
「……側妃様のお子様達は、本当に父の子どもではなかったのですか?」
前からあまり似てないとは思っていましたが、さすがにそこまでの嘘をつき通すとは思えません。
アザール公爵、今は私の夫となった悪魔ではない男性が微笑みます。
私はどこのだれでもないただのレアとなって彼に嫁いだのです。
「本当に不貞の子でしたよ。もっとも側妃という存在自体が不貞のようなものですけれどね。貴女の母君に子どもがいなかったのならともかく、貴女という立派な跡取りがいた以上側妃など娶る理由はありませんでした。そもそも、あのふたりは貴女の母君との結婚前からの仲だったのでしょう?」
「はい。だからこそ不思議に思うのです」
「最初から側妃は金と権力目当てだったのでしょう。だから先代ドゥモン国王ひとりでは国が立て直せないとなったとき、金目当てに貴女の母君を王妃とすることを受け入れたのですよ。ただ……あの時代に貴女の母君が先代ドゥモン国王に嫁いでいなかったら、国内外が大きく乱れたことは間違いありませんね。元ヴィダル侯爵一派のような輩が国境を無視して暴れ回っていたかもしれません」
「……お母様ご自身はお幸せだったのでしょうか」
「貴女の幸せが母君の幸せですよ」
「っ!」
「どうしました、レア?」
「貴方……貴女だったのですね!」
「レア?」
先ほどの言葉を聞いたとき、思い出したのです。
昔、母が亡くなったばかりのころ、私はラブレー大公領で伯父一家と暮らしていました。母の死に不審な点があり、私も狙われているのではないかと思った伯父が匿ってくれていたのです。
私はそのときロドルフ陛下とお会いして、でも──
「一日のほとんどを寝台で過ごしていらして、とても綺麗で優しくて、伝説の龍人族や魔術についてとても詳しいお友達が……」
「私のことを覚えていてくださったのですか?」
「はい。あの……私は貴方のことを女性だと思っていました」
アザール公爵の瞳が丸くなりました。
よく見ればあのころと変わらない面影です。
いいえ、やっぱり違います。どんなに美しくても今の彼を女性と間違うことはありません。やはり子どもだったから女性に思えたのでしょう。
「そうだったのですか。それは……」
そこまで言って彼はご自身の胸に手を当てました。
彼の先祖はご自分の心臓に時間を戻す魔術の術式を刻んだのです。
まさかご先祖様も子孫にまでその心臓の術式が受け継がれるとは思ってもみなかったでしょうね。
「あのころへ戻って貴女に男だと主張したら、私が貴女の初恋の相手になれるということでしょうか?」
そうそう。面影が似ているだけでなく、あのころから口調もこんな風に丁寧で大人びていましたっけ。
私は溜息をつきました。
「やめてください」
「私が初恋相手なら貴女に悲しい想いはさせませんよ?……母君を救うのは難しいかもしれませんが」
「一度時間を戻してもらった身で言うのもおかしいかもしれませんけれど、悲しいことも苦しいことも私の一部なので失いたくありません。今の私が愛している今の貴方のこともです」
「レア……ふふ、冗談ですよ。私の魔力は使い果たしましたので、もう時間を戻す魔術を発動させることはありません」
「貴方のご先祖様はどうしてそんな魔術を作ったのでしょう」
「苦しんでいた愛する人を救うためですよ」
「そうですか……」
私は夫に寄り添いました。
先ほどの言葉に嘘はありません。私は夫を愛しています。
壊れた心に開いた穴は、彼の愛でしか塞がらなかったのです。
彼は悪魔ではありませんでしたが、約束通り私の望みを叶えてくれました。
半分だけだったのは私自身の問題です。
だから私も約束通り彼にこの身を捧げました。
もしもう一度望みを叶えてもらえるならば、私は彼とずっと一緒にいたいと告げるでしょう。
夫が私の心を殺すことはありません。
そして私も貴方を傷つけて心を殺したりしたくはありません。それが愛しいということなのかもしれません。
きちんとロドルフ陛下に離縁を申し込んでいたほうが、三年間の白い結婚の後で別れていたほうが、と過去の選択を思い悩むこともあります。
けれどドゥモン王国先王の唯一の血筋である以上、正式な手続きでデュピュイ王国を離れていたら祖国へ連れ戻される道しかなかったでしょう。昔から私を旗頭にしてラブレー大公である伯父様を利用して、父を討とうという勢力はありましたから。
「ねえ、貴方」
「なんですか、レア」
「大精霊様方の罰だという結論に誘導して、侍女達に累が及ばないようにしてくださってありがとうございました」
「言ったでしょう? 貴女がお望みなら私はなんでもすると」
大精霊様方の罰としか思えない死に方をした私の遺体は、夫が前につけていた仮面と同じ隠し部屋に保管されていた、伝説の時代の魔術で作られた人形でした。
それ以外にもこちらには不思議なものがたくさんあります。
父と子の血縁関係を確認するための魔道具もあって、それは私の生まれ育ったドゥモン王国へ少し前まで貸し出されていました。ふと思い出したので、聞いてみます。
「……側妃様のお子様達は、本当に父の子どもではなかったのですか?」
前からあまり似てないとは思っていましたが、さすがにそこまでの嘘をつき通すとは思えません。
アザール公爵、今は私の夫となった悪魔ではない男性が微笑みます。
私はどこのだれでもないただのレアとなって彼に嫁いだのです。
「本当に不貞の子でしたよ。もっとも側妃という存在自体が不貞のようなものですけれどね。貴女の母君に子どもがいなかったのならともかく、貴女という立派な跡取りがいた以上側妃など娶る理由はありませんでした。そもそも、あのふたりは貴女の母君との結婚前からの仲だったのでしょう?」
「はい。だからこそ不思議に思うのです」
「最初から側妃は金と権力目当てだったのでしょう。だから先代ドゥモン国王ひとりでは国が立て直せないとなったとき、金目当てに貴女の母君を王妃とすることを受け入れたのですよ。ただ……あの時代に貴女の母君が先代ドゥモン国王に嫁いでいなかったら、国内外が大きく乱れたことは間違いありませんね。元ヴィダル侯爵一派のような輩が国境を無視して暴れ回っていたかもしれません」
「……お母様ご自身はお幸せだったのでしょうか」
「貴女の幸せが母君の幸せですよ」
「っ!」
「どうしました、レア?」
「貴方……貴女だったのですね!」
「レア?」
先ほどの言葉を聞いたとき、思い出したのです。
昔、母が亡くなったばかりのころ、私はラブレー大公領で伯父一家と暮らしていました。母の死に不審な点があり、私も狙われているのではないかと思った伯父が匿ってくれていたのです。
私はそのときロドルフ陛下とお会いして、でも──
「一日のほとんどを寝台で過ごしていらして、とても綺麗で優しくて、伝説の龍人族や魔術についてとても詳しいお友達が……」
「私のことを覚えていてくださったのですか?」
「はい。あの……私は貴方のことを女性だと思っていました」
アザール公爵の瞳が丸くなりました。
よく見ればあのころと変わらない面影です。
いいえ、やっぱり違います。どんなに美しくても今の彼を女性と間違うことはありません。やはり子どもだったから女性に思えたのでしょう。
「そうだったのですか。それは……」
そこまで言って彼はご自身の胸に手を当てました。
彼の先祖はご自分の心臓に時間を戻す魔術の術式を刻んだのです。
まさかご先祖様も子孫にまでその心臓の術式が受け継がれるとは思ってもみなかったでしょうね。
「あのころへ戻って貴女に男だと主張したら、私が貴女の初恋の相手になれるということでしょうか?」
そうそう。面影が似ているだけでなく、あのころから口調もこんな風に丁寧で大人びていましたっけ。
私は溜息をつきました。
「やめてください」
「私が初恋相手なら貴女に悲しい想いはさせませんよ?……母君を救うのは難しいかもしれませんが」
「一度時間を戻してもらった身で言うのもおかしいかもしれませんけれど、悲しいことも苦しいことも私の一部なので失いたくありません。今の私が愛している今の貴方のこともです」
「レア……ふふ、冗談ですよ。私の魔力は使い果たしましたので、もう時間を戻す魔術を発動させることはありません」
「貴方のご先祖様はどうしてそんな魔術を作ったのでしょう」
「苦しんでいた愛する人を救うためですよ」
「そうですか……」
私は夫に寄り添いました。
先ほどの言葉に嘘はありません。私は夫を愛しています。
壊れた心に開いた穴は、彼の愛でしか塞がらなかったのです。
彼は悪魔ではありませんでしたが、約束通り私の望みを叶えてくれました。
半分だけだったのは私自身の問題です。
だから私も約束通り彼にこの身を捧げました。
もしもう一度望みを叶えてもらえるならば、私は彼とずっと一緒にいたいと告げるでしょう。
夫が私の心を殺すことはありません。
そして私も貴方を傷つけて心を殺したりしたくはありません。それが愛しいということなのかもしれません。
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