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第十四話 彼は彼女を殺さない。
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『私がお守りします。ずっとずっと、ロドルフ様のことを愛します』
『僕も君を守るね! 僕もずっとずっと、レアのことを愛するよ!』
アザール公爵の話を聞いたせいか、夜会の夜ロドルフは、長い間忘れていた過去を夢に見た。
今さら思い出しても遅いという気持ちともっと早く見ていたかったという想いが、夢の中のロドルフの胸を駆け巡る。
だが、この夢を見なければ良かったとは感じない。レアの頭の白い花の髪飾りは光り輝いていて、この瞬間だけはふたりの間に真実の愛があったことを証明してくれていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(……違う……)
夜会の翌日、昨夜アザール公爵に聞いた話で不安を煽られていたロドルフは、朝からレアの部屋を訪ねた。
王妃が挨拶とともに浮かべた笑みを見て、なぜかそう思ったのだ。違う、と。
死人の目が変わっているわけでもなく、形だけの笑顔ならこれまでも見てきたのに。
「……陛下? どうなさいました?」
「あ、ああ、いや、なんでも……」
そんなことがあるはずない。
いくらアザール公爵の素顔を見たとき瞳に光が戻っていたからといっても、それで妻が別人になるはずがないと思いながら、ロドルフはレアに手を差し伸べた。
彼女の手がロドルフの手に重なる。
その瞬間──
「レア……っ!」
彼女の体は崩れ落ちた。
まるで風の刃で切り裂かれたように四肢が落ち、転がる頭は炎に包まれ、ドレスの中の胴体は泥水と化した。
風と炎、大地と水……四柱の大精霊がレアを罰したかのように。
「違う、レアじゃない。髪飾りを壊したのは余だ、レアじゃない! 幼いころの約束を破って、他人に心を移したのも余のほうだ!」
どんなにロドルフが叫んでも、だれも答えなかった。
レアを取り巻いていた侍女達の仕業でないことははっきりしている。彼女達は目の前で起こったことが理解出来ずに呆然としている。
護衛騎士達は命令を待ってロドルフを見つめていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アザール公爵は元ヴィダル侯爵の処刑を確認して、東の帝国へ戻った。
レアの死は大精霊からの罰だろうと、魔術に詳しい彼は言った。
だがレアのせいでもロドルフのせいでもなく、罪を犯したのはドゥモン王国の国王だろうと。姿形も寿命もない精霊達は血に含まれる魔力で人間を判別する。罪を犯したドゥモン国王の血筋はレアだけで、髪飾りも彼女の近くにあったから、こんなことになったのだろうと。
アザール公爵の言葉は公的なものではなかったけれど、それを裏付けるかのように数か月後、側妃の子ども達がドゥモン国王の子どもではなかったという発表がされた。
前から疑いはあったのだが、今回はドゥモン国王が側妃の浮気現場を目撃して、怒りのままに調査をして判明したらしい。
唯一の跡取りであるレアの死のことでデュピュイ王国が責められるのではないかとロドルフは不安を覚えた。そうでなくても元ヴィダル侯爵一派の件でデュピュイ王国は疲弊しているのだ。
しかし幸いなことにデュピュイ王国にまで問題が飛び火することはなく、側妃とその子ども達が王族詐称の罪で処刑された後、ドゥモン国王は玉座を退いた。
新しい国王は数代前に王家から分かれた公爵家の人間で、先王とのつながりは薄かった。
大きな騒動にならずに収まったのは、ラブレー大公の尽力によるものだろう。
デスティネは今もデュピュイ王国の北の塔にいる。
レアがいなくなった以上殺しても良いのだが、ロドルフは彼女を殺せなかった。
愛しているからではない。むしろこうなっても消えないくらい強い愛を抱いていたのなら、レアにも申し訳が立ったのではないかと思っている。ひとときだけの熱に浮かされていたのが間違いだったのだ。
ロドルフがデスティネを殺せないのは、彼女が生きている限り、レアもどこかで生きているような気がするからだ。
それに──彼女を殺してはいけません、と王妃は言った。
王妃の心を殺してしまった国王に出来るのは、最後の約束を守り続けることだけだ。
『僕も君を守るね! 僕もずっとずっと、レアのことを愛するよ!』
アザール公爵の話を聞いたせいか、夜会の夜ロドルフは、長い間忘れていた過去を夢に見た。
今さら思い出しても遅いという気持ちともっと早く見ていたかったという想いが、夢の中のロドルフの胸を駆け巡る。
だが、この夢を見なければ良かったとは感じない。レアの頭の白い花の髪飾りは光り輝いていて、この瞬間だけはふたりの間に真実の愛があったことを証明してくれていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(……違う……)
夜会の翌日、昨夜アザール公爵に聞いた話で不安を煽られていたロドルフは、朝からレアの部屋を訪ねた。
王妃が挨拶とともに浮かべた笑みを見て、なぜかそう思ったのだ。違う、と。
死人の目が変わっているわけでもなく、形だけの笑顔ならこれまでも見てきたのに。
「……陛下? どうなさいました?」
「あ、ああ、いや、なんでも……」
そんなことがあるはずない。
いくらアザール公爵の素顔を見たとき瞳に光が戻っていたからといっても、それで妻が別人になるはずがないと思いながら、ロドルフはレアに手を差し伸べた。
彼女の手がロドルフの手に重なる。
その瞬間──
「レア……っ!」
彼女の体は崩れ落ちた。
まるで風の刃で切り裂かれたように四肢が落ち、転がる頭は炎に包まれ、ドレスの中の胴体は泥水と化した。
風と炎、大地と水……四柱の大精霊がレアを罰したかのように。
「違う、レアじゃない。髪飾りを壊したのは余だ、レアじゃない! 幼いころの約束を破って、他人に心を移したのも余のほうだ!」
どんなにロドルフが叫んでも、だれも答えなかった。
レアを取り巻いていた侍女達の仕業でないことははっきりしている。彼女達は目の前で起こったことが理解出来ずに呆然としている。
護衛騎士達は命令を待ってロドルフを見つめていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アザール公爵は元ヴィダル侯爵の処刑を確認して、東の帝国へ戻った。
レアの死は大精霊からの罰だろうと、魔術に詳しい彼は言った。
だがレアのせいでもロドルフのせいでもなく、罪を犯したのはドゥモン王国の国王だろうと。姿形も寿命もない精霊達は血に含まれる魔力で人間を判別する。罪を犯したドゥモン国王の血筋はレアだけで、髪飾りも彼女の近くにあったから、こんなことになったのだろうと。
アザール公爵の言葉は公的なものではなかったけれど、それを裏付けるかのように数か月後、側妃の子ども達がドゥモン国王の子どもではなかったという発表がされた。
前から疑いはあったのだが、今回はドゥモン国王が側妃の浮気現場を目撃して、怒りのままに調査をして判明したらしい。
唯一の跡取りであるレアの死のことでデュピュイ王国が責められるのではないかとロドルフは不安を覚えた。そうでなくても元ヴィダル侯爵一派の件でデュピュイ王国は疲弊しているのだ。
しかし幸いなことにデュピュイ王国にまで問題が飛び火することはなく、側妃とその子ども達が王族詐称の罪で処刑された後、ドゥモン国王は玉座を退いた。
新しい国王は数代前に王家から分かれた公爵家の人間で、先王とのつながりは薄かった。
大きな騒動にならずに収まったのは、ラブレー大公の尽力によるものだろう。
デスティネは今もデュピュイ王国の北の塔にいる。
レアがいなくなった以上殺しても良いのだが、ロドルフは彼女を殺せなかった。
愛しているからではない。むしろこうなっても消えないくらい強い愛を抱いていたのなら、レアにも申し訳が立ったのではないかと思っている。ひとときだけの熱に浮かされていたのが間違いだったのだ。
ロドルフがデスティネを殺せないのは、彼女が生きている限り、レアもどこかで生きているような気がするからだ。
それに──彼女を殺してはいけません、と王妃は言った。
王妃の心を殺してしまった国王に出来るのは、最後の約束を守り続けることだけだ。
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