彼女を殺してはいけません。

豆狸

文字の大きさ
上 下
13 / 15

第十三話 貴方は悪魔ではありません。

しおりを挟む
 だれかの気配を感じて、私は窓を見ました。
 侍女達には控えの間で休んでもらっています。
 部屋に自分以外の人間がいると、ときどき嘲笑されているように感じて苦しくなるのです。夜会までの日々で大切にしてもらえて、新しい侍女達は前の人達とは違うとわかっているのですけれど。

 寝台にいた私は、立ち上がって窓に近づきました。
 窓を覆う布を開くと、そこには露台に立つ悪魔の姿がありました。
 いいえ、彼は悪魔ではありません。アザール公爵です。仮面のないお顔を見たときは驚いてしまいました。

「……レア様……」

 月光に照らされて、彼が微笑みます。
 あの夜もこうして露台に立ち、私に契約を持ち掛けてきたのです。
 いつか私が不幸なまま死んだなら、時間を戻して望みを叶えさせてあげようと。ただしその代わり──

「望みは叶いましたか?」
「そうですね、半分だけ。私の気持ちを陛下に伝えることは出来ませんでしたし、昔の話も出来ませんでした。でも代わりにこの国を救えたのではないかと思います。今となっては、それで満足です。時間を戻していただいたことに、とても感謝をしています」

 悪魔ではなかった公爵は窓の透明な玻璃越しに、とてもお美しい顔を不安そうに歪めていらっしゃいます。

「そんな状態で約束を果たしていただいても良いのでしょうか? もしかしたら貴女は、今度こそロドルフ国王に愛されることが出来るかもしれませんよ?」
「約束は約束ですわ。……もうひとつの約束は髪飾りと一緒に砕けてしまいました。こちらの約束くらいは果たしたいと思うのです」

 最近の陛下は政略結婚の相手として、私を尊重してくださっているように感じます。
 私も政略結婚の相手として陛下を尊重すれば良いのかもしれません。もう一度愛すれば良いのかもしれません。
 ですが出来ないのです。

 あの髪飾りが元には戻らないように、砕けてしまった私の恋心を繋ぎ合わせることは不可能なのです。
 どんなに今のロドルフ陛下を見ようとしても、前のときの記憶と初夜の床で髪飾りを砕かれた光景が浮かんでくるのです。
 壊れた心には穴が開いたままで、陛下への想いでは直せないのです。

「侍女達には累が及ばないようにしていただけますか?」
「貴女がお望みなら私はなんでもいたしますよ。そのために命を賭して時間を戻したのですから」
「……はい?」
「アザール公爵家の人間が先祖から受け継ぐ時間魔術の術式は心臓に刻まれています。自分で心臓を刺して死ぬことでしか発動出来ないのです」
「え、あの……私のためにお亡くなりになったということですか?」
「はい。数ヶ月ほどかけてこの国デュピュイを滅ぼした後で。貴女の願いは時間を戻すことだけでしたが、貴女を苦しめたこの国をどうしても許せなくて。あ、ドゥモン王国のほうにも痛い目は見せましたよ?」

 私は溜息をつきました。
 この方は悪魔ではないけれど、とても困った方のようです。
 だけど、それだけ私を想ってくださっているということなのでしょう。どうしてそんなに好いてくださっているのか、私にはさっぱりわからないのですが。

 夜会の夜、私は約束に従って再会した彼にこの身を捧げたのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。

久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。  その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。  だったら良いでしょう。  私が綺麗に断罪して魅せますわ!  令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?

二人ともに愛している? ふざけているのですか?

ふまさ
恋愛
「きみに、是非とも紹介したい人がいるんだ」  婚約者のデレクにそう言われ、エセルが連れてこられたのは、王都にある街外れ。  馬車の中。エセルの向かい側に座るデレクと、身なりからして平民であろう女性が、そのデレクの横に座る。 「はじめまして。あたしは、ルイザと申します」 「彼女は、小さいころに父親を亡くしていてね。母親も、つい最近亡くなられたそうなんだ。むろん、暮らしに余裕なんかなくて、カフェだけでなく、夜は酒屋でも働いていて」 「それは……大変ですね」  気の毒だとは思う。だが、エセルはまるで話に入り込めずにいた。デレクはこの女性を自分に紹介して、どうしたいのだろう。そこが解決しなければ、いつまで経っても気持ちが追い付けない。    エセルは意を決し、話を断ち切るように口火を切った。 「あの、デレク。わたしに紹介したい人とは、この方なのですよね?」 「そうだよ」 「どうしてわたしに会わせようと思ったのですか?」  うん。  デレクは、姿勢をぴんと正した。 「ぼくときみは、半年後には王立学園を卒業する。それと同時に、結婚することになっているよね?」 「はい」 「結婚すれば、ぼくときみは一緒に暮らすことになる。そこに、彼女を迎えいれたいと思っているんだ」  エセルは「……え?」と、目をまん丸にした。 「迎えいれる、とは……使用人として雇うということですか?」  違うよ。  デレクは笑った。 「いわゆる、愛人として迎えいれたいと思っているんだ」

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

処理中です...