彼女を殺してはいけません。

豆狸

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第十一話 悪魔の恋

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「ある魔術を試しましてね、それで魔力が自分で制御出来る量になったんです。……まあその前から、一日数時間ならば仮面を外しても平気だったのですがね……」

 ロドルフとアザール公爵は王宮の露台で会話をしていた。
 護衛騎士達はいつでも駆け寄れる位置にいるが、ふたりの会話は聞かないように努めてくれている。
 レアの瞳に光が戻ったのは一瞬で、彼女はいつもの死人の目でほかの客をもてなしている。祖国で冷遇されていたとはいえレアは正当な王女で、ロドルフに嫁ぐために妃教育を受けてきたのだ。

「魔術ですか……」

 客人を不快な気分にさせたくはないものの、今は魔術の時代ではない。
 魔術が身近にあったのは伝説の龍人族とやらが生きていたころだ。
 一部の人間が自分達だけで魔術の知識を独占していたせいで、それらのものは失われてしまった。

 魔力はわかる。
 だれもが持っている。
 しかし伝説の時代から伝わる魔道具や魔法の武具に流して発動させる以外のことは、だれにも出来ない。アザール公爵がずっとつけていた仮面も伝説の時代からあるものだ。魔術に造詣の深かった公爵家の先祖が、龍人族の妻から強過ぎる魔力を受け継いでしまった我が子のために作ったのだと伝えられている。

「使ってお見せすることが出来れば良いのですが、生憎と簡単には使えない魔術なのですよ」

 そう言って、アザール公爵は微笑みながら自分の胸に手を当てた。

「……ご存じだとは思いますけれど、私はレア様に求婚したことがあるのです。ロドルフ陛下と婚約しているからと、断られてしまいましたけれどね。彼女に振られるのは二回目でした」
「レアと面識がおありだったのですか?」
「ええ、幼いころに。陛下と彼女が婚約する前です。でも……レア様はたぶん覚えていらっしゃいません。一度目は告白もしませんでしたし」

 幼いころのアザール公爵は、ラブレー大公領に預けられていたのだと彼は言った。

「伝説の時代の魔術に関心の深かった父が、精霊に守護されたラブレー大公領に興味を持ったのが交友の始まりだったそうです」

 先代アザール公爵は健在で、当主の座を息子に譲った後は魔術研究に明け暮れているらしい。

「父が我が家の隠し部屋に保管されていた仮面を見つけるまで、私は魔力を糧に咲く白い花に、制御しきれない自分の魔力を与えることで生き長らえていました。母君を亡くし、その母君の死に不審な点があるということで、レア様がラブレー大公領に緊急避難してこられたのは、私が一日に数時間しか寝台を出られないでいたころでした」

 王妃殺しの実行犯が自殺するまで、レアはラブレー大公領で過ごした。
 黒幕は側妃だろうと大公は睨んでいたけれど、義弟である国王に聞く耳はなく、正当な王女を旗頭にして愚かな国王と側妃を討とう、などという風潮が広がり始めたのを鎮めるためには危険だとわかった上でレアを王宮に戻すしかなかった。
 仮面が見つかってアザール公爵が帝国へ戻るのと、レアが王宮へ戻ったのは同じころだったという。

「私はすぐにレア様を好きになりました。大公殿下のお子様方は私達よりも年上で、友達というより兄か姉という感じでしたので、余計に彼女と親しくなったのでしょう。最初は好きといっても友情だと思っていたのです。……陛下がいらっしゃるまでは」

 その日のアザール公爵はいつもより魔力の制御が難しく、一日中寝台から出られない状態だった。
 だから、ずっと窓から眺めるしかなかったのだ。
 突然現れた少年が、自分の大好きな少女と一緒にいる姿を。

「幸せそうに陛下に笑いかけるレア様を見て、私は心臓が潰れそうになりました。けれど、もう光らないのだと彼女が悲しげに言っていた、白い花の髪飾りが光り輝いていました。真実の愛を捧げたときにだけ光る髪飾りが」

 彼女は陛下に恋をしたのです、とアザール公爵は歌うように呟いた。
 きっと幼いながらも精霊にも祝福される真実の愛だったのです、とも。
 恋をした彼女の記憶からは、自分のことなど消え去ってしまったのでしょう、とも。私は自分の恋に気づくと同時に失恋したのです、と彼は笑う。

 ロドルフはアザール公爵の笑顔が妙に恐ろしく感じた。
 レアへの不義理を責められているような気がした。
 少なくともデスティネのことは知っているのだろう。偽りの恋に浮かれていたロドルフは隠してなどいなかったのだから、他国の密偵が少し調べればすぐにわかる。

「レア様にはあの白い花の髪飾りがとてもお似合いだったのに、どうして今夜はつけていらっしゃらないのでしょうか?」
「……」
「陛下は悪魔をご存じですか?」
「は、はあ。恋をして堕落した精霊が変じるという存在ですよね?」
「堕落……恋をするのは堕落なのでしょうか。悪魔というのは、恋が破れても諦めきれないもののことではないかと、私は思うのですよ」

 レアは自分の妻だとどんなに心の中で叫んでも、ロドルフは自身の不安を打ち消すことが出来なかった。
 ふたりはまだ白い結婚なのだ。
 ロドルフが今ごろになって彼女を愛しても、その瞳に光を取り戻すことは出来ていない。恋が破れても、自分自身で破り捨てても諦めきれないものが悪魔になるのなら、ロドルフもいつか悪魔になるのかもしれない。
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