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第九話 残滓
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「レアがデスティネを殺すなと言うのは、余への復讐なのだろうか」
「……」
新しい側近はすぐには答えなかった。
かつての忠臣に紹介されたこの男は少し喋るのが苦手だ。考えて結論を出すのにも時間がかかる。
しかしその言葉に嘘はなく、彼が出す結論は独創的ながらも納得出来るものであることが多かった。
「……復讐ならば良かったですね」
「なに?」
首を傾げたロドルフに側近はゆっくりと言葉を返す。
「復讐ならば生きる希望になります。異教の民に売られる前に元ヴィダル侯爵一派に弄ばれ、彼らの処刑を待ち望んでいる女性達のように」
異教の民にとって奴隷は財産だ。
だからこそ大切に扱う。
借金奴隷や犯罪奴隷でないことを知られないように、領民達の言葉を奪っていたのは元ヴィダル侯爵一派だ。南の山岳地帯まで運ばれる前に、彼らの気まぐれで殺されてしまった人間もいた。最近は異教の民が女性や子どもの奴隷を求めていないことに気づき、近隣の若い男を攫おうとしていたことが調査で判明していた。
処刑の後で生きる気力を失わなければ良いのですが、と小さく呟いて側近は言葉を続ける。
「妃殿下には生きる希望がないように思われます。ご自身がもうすぐお亡くなりになることをご存じであるかのように」
「……ああ」
ロドルフにもわかる。
レアは死人の目をしている。なんの希望も光もない瞳だ。
大精霊とやらが本当に罰を与えるのか、それともレアにほかの心当たりがあるのか、ロドルフにはわからない。わかるのは彼女の発言がこの国を救ったということだけだ。気づかぬまま元ヴィダル侯爵一派を野放しにしていたら、どんなにロドルフが尽力しても小さな匙で桶に水を汲むような果てしない状況に陥っていただろう。
(レアの言った通り、彼女の死とともに東の帝国が攻め込んできたかも知れない)
帝国や大公からの苦情が奸臣に握り潰されていたなんて、言い訳にならないのだ。
どんなに元ヴィダル侯爵の所業に怒っていても、国王のロドルフが動かなければ他国にはなにも出来ない。
レアへの求婚を戦争の理由にするのも無理があるものの、帝国は彼女が王妃として大切に扱われていれば、ラブレー大公の協力を得てデュピュイ王国が浄化されるかもしれないと期待したのだろう。
「デスティネ嬢を殺させないのは、妃殿下の残滓のように私は思います」
「……残滓?」
「妃殿下は陛下とのご結婚をとてもお喜びでした。私は家族と妃殿下の花嫁行列を見たのです。遠目から妃殿下のお顔を拝見するだけでも、妃殿下がどれだけ陛下を愛しく思われているのかがわかりました」
「……」
「今の妃殿下からは、その……」
「わかっている。彼女はもう余を愛していない」
ロドルフがあの髪飾りを砕いた瞬間に、レアの瞳からは光が消えた。
「それでも残滓は残っているのではないでしょうか。かつて陛下を愛していた妃殿下のお気持ちの残滓が、陛下のお幸せを祈っていらっしゃるのです」
「デスティネと幸せになど……」
レアとの結婚前、彼女との婚約を破棄してデスティネを王妃にしたいと何度言っても、ほかならぬデスティネの父や元ヴィダル侯爵に止められていた。
国際問題だから、と言われたが、実際はレアを人質にして彼女の後見人であるラブレー大公を搾り上げたかっただけだろう。
デスティネ自身にも愛人で良いと言われた。今にして思えば、彼女の瞳に輝いていたのはロドルフへの愛ではなかった。
(残滓なら良いな。ほんのひとかけらでも余への想いを彼女が持っていてくれるのなら、いつか……)
ロドルフがわずかな希望を抱いたとき、べつの側近が真っ青な顔で飛び込んできて、デスティネが牢へ侵入して自分の父を殺したという話を告げた。
衛兵を脅して奪った剣で駆け寄ってきた父を鉄格子越しに殴り、体勢を崩したところを繰り返し殴りつけたのだという。
彼女の父、元リッシュ伯爵の頭は血塗れになり、顔も酷い有様になっているらしい。
「……」
新しい側近はすぐには答えなかった。
かつての忠臣に紹介されたこの男は少し喋るのが苦手だ。考えて結論を出すのにも時間がかかる。
しかしその言葉に嘘はなく、彼が出す結論は独創的ながらも納得出来るものであることが多かった。
「……復讐ならば良かったですね」
「なに?」
首を傾げたロドルフに側近はゆっくりと言葉を返す。
「復讐ならば生きる希望になります。異教の民に売られる前に元ヴィダル侯爵一派に弄ばれ、彼らの処刑を待ち望んでいる女性達のように」
異教の民にとって奴隷は財産だ。
だからこそ大切に扱う。
借金奴隷や犯罪奴隷でないことを知られないように、領民達の言葉を奪っていたのは元ヴィダル侯爵一派だ。南の山岳地帯まで運ばれる前に、彼らの気まぐれで殺されてしまった人間もいた。最近は異教の民が女性や子どもの奴隷を求めていないことに気づき、近隣の若い男を攫おうとしていたことが調査で判明していた。
処刑の後で生きる気力を失わなければ良いのですが、と小さく呟いて側近は言葉を続ける。
「妃殿下には生きる希望がないように思われます。ご自身がもうすぐお亡くなりになることをご存じであるかのように」
「……ああ」
ロドルフにもわかる。
レアは死人の目をしている。なんの希望も光もない瞳だ。
大精霊とやらが本当に罰を与えるのか、それともレアにほかの心当たりがあるのか、ロドルフにはわからない。わかるのは彼女の発言がこの国を救ったということだけだ。気づかぬまま元ヴィダル侯爵一派を野放しにしていたら、どんなにロドルフが尽力しても小さな匙で桶に水を汲むような果てしない状況に陥っていただろう。
(レアの言った通り、彼女の死とともに東の帝国が攻め込んできたかも知れない)
帝国や大公からの苦情が奸臣に握り潰されていたなんて、言い訳にならないのだ。
どんなに元ヴィダル侯爵の所業に怒っていても、国王のロドルフが動かなければ他国にはなにも出来ない。
レアへの求婚を戦争の理由にするのも無理があるものの、帝国は彼女が王妃として大切に扱われていれば、ラブレー大公の協力を得てデュピュイ王国が浄化されるかもしれないと期待したのだろう。
「デスティネ嬢を殺させないのは、妃殿下の残滓のように私は思います」
「……残滓?」
「妃殿下は陛下とのご結婚をとてもお喜びでした。私は家族と妃殿下の花嫁行列を見たのです。遠目から妃殿下のお顔を拝見するだけでも、妃殿下がどれだけ陛下を愛しく思われているのかがわかりました」
「……」
「今の妃殿下からは、その……」
「わかっている。彼女はもう余を愛していない」
ロドルフがあの髪飾りを砕いた瞬間に、レアの瞳からは光が消えた。
「それでも残滓は残っているのではないでしょうか。かつて陛下を愛していた妃殿下のお気持ちの残滓が、陛下のお幸せを祈っていらっしゃるのです」
「デスティネと幸せになど……」
レアとの結婚前、彼女との婚約を破棄してデスティネを王妃にしたいと何度言っても、ほかならぬデスティネの父や元ヴィダル侯爵に止められていた。
国際問題だから、と言われたが、実際はレアを人質にして彼女の後見人であるラブレー大公を搾り上げたかっただけだろう。
デスティネ自身にも愛人で良いと言われた。今にして思えば、彼女の瞳に輝いていたのはロドルフへの愛ではなかった。
(残滓なら良いな。ほんのひとかけらでも余への想いを彼女が持っていてくれるのなら、いつか……)
ロドルフがわずかな希望を抱いたとき、べつの側近が真っ青な顔で飛び込んできて、デスティネが牢へ侵入して自分の父を殺したという話を告げた。
衛兵を脅して奪った剣で駆け寄ってきた父を鉄格子越しに殴り、体勢を崩したところを繰り返し殴りつけたのだという。
彼女の父、元リッシュ伯爵の頭は血塗れになり、顔も酷い有様になっているらしい。
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