婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸

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後日談A 大公は見えないところで動いている

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「と、いうことだから彼らの現状は返事に書かないほうが良いわね」

 リュドミーラからの手紙を読み終えたポリーナに言われて、ヴィークは頷いた。

「下手に知らせたら自分のせいだと気に病むかも知れないからな。そんなことになったら伯父上に殺される」

 ボリスとギリオチーナは幸せとは言い難い生活を送っている。
 クズネツォフ侯爵家は分家の人間が継ぐことになり、跡取りの座から放り出されたボリスは王都の侯爵邸の一室に閉じ籠って出てこない。
 親友だったヴィークとしては思うところがないでもないが、王女の愚行を止められなかった時点でボリスには貴族としての能力なしと見做されたので仕方がない。

 リュドミーラとの婚約解消に衝撃を受けていたのは事実なものの、ボリスが完全に引き籠ったのはアダモフ大公がクズネツォフ侯爵家を訪ねた後だった。
 なにがあったのかは想像できるけれど、ヴィークは深く考えるつもりはなかった。
 ヴィークの伯父であるアダモフ大公が隣国の女王にとりなしてくれたから、戦争にならずに済んだのだ。

 ──愛人付きで王女を嫁がせて、我がアダモフ大公家の血筋を絶やすおつもりだったのですか?

 にこやかにそう問われて以来、この国の国王は怯えて寝込んでいる。
 まつりごとは王太子が代行しているため大きな問題は起きていない。

「伯父上は見えないところに攻撃するから怖いんだよ」
「あら。“白薔薇”ちゃんを痛めつけたのはあの方ではないの?」
「証拠を探そうなんてしないでくれよ、ポリーナ。俺の婚約者でも消されるぞ」

 大公がリュドミーラと出会ったあのときは、彼は彼女の言う通りにレナートの治療の手配をした。
 しかしその後レナートはなにものかに攫われ、喉を潰されて鼻の骨を砕かれた、かつての美貌が見る影もない姿になって戻って来た。
 大公は愛し合うふたりを引き離すのは忍びないから、とギリオチーナ王女とともにレナートも北の塔で生活させて欲しいと望んだ。

 もちろん、彼の言葉を聞かなければ隣国との戦争が待っている。
 この国は強くも大きくもないし、今回の件は完全にこちらの王族に問題がある。
 もっとも国王が寝込んだ後に実権を握っている王太子は実の妹を蛇蝎のごとく、むしろ蛇蝎よりも嫌っていたので喜々としてその要求を呑んだ。

 レナートの食事には媚薬が混ぜられていて北の塔からは王女の悲鳴が聞こえてくるという噂もあるが、ヴィークもポリーナも追及する気はない。
 ヴィークは伯父の愛しい息子を莫迦にしておいて、そのくらいで済んでいるのは幸運だと思っている。
 あの伯父も二度目の恋に浮かれていたのだろうか。

「もともと伯父上は、イヴァンみたく身分を隠してこの国に短期留学してたとき伯母上にひと目惚れしたんだよ。当時の王太子の婚約者だからと諦めたものの、ソイツ現国王は学園にやって来た平民の娘に夢中になって婚約を破棄するわ、伯母上に冤罪を被せて両国の境にある森に捨てるわで……急いで助けて妻にしたのは良かったものの、森での極限生活で体が弱っていた伯母上は冤罪を晴らす前にイヴァンを残してお亡くなりになるし」

 そもそもの問題は簒奪者が平民だったことではない。
 他者の婚約者を奪っても反省せず償いもせず、それどころか相手に冤罪を被せて捨てさせた。高い地位に就いても責任を果たすのではなく、都合の良い部分だけを独占していた。
 それが問題だったのだ。

 平民王妃が思い付きで作り上げた法や体制は彼女を利用していた『オトモダチ』にとってのみ都合の良いものだった。
 王太子とギリオチーナの父親が、学園時代から彼女と仲の良かった『オトモダチ』のだれかでないかと疑うものは多い。
 母親そっくりのギリオチーナを王太子が嫌うのは、そのせいもあるだろう。もちろんギリオチーナが王女に相応しい言動を取っていなかったからでもあろう。

「愛した方の冤罪を晴らすためとはいえ、最愛の息子と憎い男女の娘の婚約を結ぶことになるしで、かなり煮詰まっていらしたのね」
「煮詰まってたのは確かだけど」

 どちらかと言えばそれは、復讐によって幸せにしたかった相手と復讐の対象者がすでにこの世を去っていることへのやり切れなさからに違いない。

「婚約が解消になるのは予想してたんじゃないかな。伯母上の血を引いた可愛い息子が不幸になるのは望んでなかったと思う」
「……」
「うん、まあ、今は可愛い息子を恋敵と認定して、大量の仕事を与えてリュドミーラ嬢から引き離しているみたいだけどな」

 ポリーナにリュドミーラから手紙が来るように、ヴィークにはイヴァンからの手紙が届く。
 イヴァンが直接リュドミーラに手紙を出すと父に邪魔されて届かないので、ポリーナが出す返事に同封してもらえないかと頼まれているのだが、伯父が怖いヴィークは断っている。

「大公殿下はリュドミーラにイヴァン様のお母様を重ねていらっしゃるの? リュドミーラがだれかの身代わりにされるのは嫌よ」
「それは違うと思う。リュドミーラ嬢と伯母上は髪色以外似てないよ。というか髪色も伯母上のほうが濃かったし、瞳の色なんかまるで違う。伯父上の好みなのは間違いないけど……自分を襲った“白薔薇”を助けてくれと言ったときの怯えてない理由に毒気を抜かれて惚れちまったらしい」
「恋に年齢は関係ないものねえ。まあ本気なら良いの。リュドミーラがイヴァン様と結婚するにしろ大公殿下と結婚するにしろ、幸せになってくれるのなら私はかまわなくてよ。隣国の大公領は、私が嫁ぐヴィークのご実家のすぐ近くだものね」
「そうだな」

 と言ってはみたものの、ヴィークは従弟イヴァンの勝ち目はまるでないと思っていた。
 伯父は怖い。本当に怖いのだ。
 伯母の冤罪の件だって、伯母がもっと早く息子を残さずに亡くなっていたら憎いこの国自体を滅ぼすくらいやっていたに違いない。女王である彼の姉も本気になった大公は止められないと聞く。

 とはいえ怖い部分はリュドミーラに対しては隠し通すだろうし、彼女を幸せにしようと努力するのは間違いない。
 もう少し違う出会い方をしていたら、息子の想い人としてしかリュドミーラを見なかっただろうに、イヴァンは本当に運が悪い。
 イヴァンの失恋が確定したら慰めてやろうと考えながら、ヴィークは親友の幸せを願う愛しい婚約者に微笑んだのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ヴィクタル「ヴィーク。貴方は『伯父』をなんだと思っているのですか?」
ヴィーク「『伯父』とは父母の兄、もしくは父母の姉の夫です!」

ヴィクタル(口の減らない甥ですね……)
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