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第九話A 大公は窮地に現れる
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ボリス様との婚約解消が公表されてしばらく経ちますが、私の新しい婚約者は決まっていません。
まあそれは仕方がないことでしょう。
どちらに問題があったとしても私が傷物令嬢扱いされるのは免れませんし、今回の件には王族も関係しています。父や兄は、王家が私を悪者にして収めようとするなら反乱も辞さないと公言していますが、さすがにそうなるのは避けたいものです。
ボリス様は私が婚約解消を決意して、前々からそうしたいと考えていた父がその日のうちに手早く手続きを終えた日の翌日から学園にいらっしゃいません。
数日経ってギリオチーナ王女殿下もいらっしゃらなくなったので、隣国の大公家との婚約を白紙撤回して、想い合うおふたりを婚約させようという計画が水面下で動いているのかもしれません。
王女殿下がボリス様に近寄って来たのは、私と仲睦まじく過ごしている姿に嫉妬したのだとポリーナ様やヴィーク様はおっしゃるのですけれど、嫉妬したというのは気づかなかった想いに気づいたということでしょう。悲しい思いをする方が減って、少しでも多くの方が幸せになれば良いのにと思います。
イヴァン様に私の婚約解消を伝えるお手紙を出した後、丁寧なお返事が届きました。
お礼にと隣国で流行っている甘味を教えてくださったので、代わりにこちらの新しい甘味を教えて差し上げました。そんなことを繰り返してしまい、ついつい文通が続いています。
イヴァン様とは甘味好きが共通していて話が合うのです。
彼も婚約者と婚約解消間近だとおっしゃるのですが、どうにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
次のお手紙を出すときには、もうお返事は結構ですと書きましょう。
寂しいですけれどね。
そんなことを考えながら、私は裏庭にある噴水のところへ来ていました。
今は放課後。今日も騎士科の特別訓練にヴィーク様が参加する日です。
訓練後の水桶を浴びたヴィーク様の髪をポリーナ様が拭いて差し上げている間はふたりっきりにしてあげるのが私の流儀です。幸せなおふたりには、ずっと幸せでいていただきたいものです。
裏庭の噴水は、実はボリス様との思い出の場所でもありました。
ボリス様がギリオチーナ王女殿下に心を戻す前は四人で過ごしていましたが、ポリーナ様達がふたりきりになりたいとお思いのとき、私達もふたりきりになることがあったのです。
特に恋人めいたことはしていませんけれど、噴水のほとりに腰かけて水面を覗き込んでいるだけで幸せな気持ちになれました。空を映した水面の青が私の瞳の色だと言って、ボリス様が微笑んでくださったときもあったのです。
普段は結構人が集まる場所なのですが、放課後なので私以外だれもいません。
もっと人の多い場所にいたほうが良かったかしらと思い始めたとき、水面に映る私の姿を影が覆いました。だれかが後ろに立っています。
そのだれかの手が私の首に伸ばされました。細い指が首に食い込みます。
「“白薔薇”のレナート様?……ぐっ! ど、どうしてこんなことを?」
「うるさいっ! 貴様がボリスなんかの婚約者にならなければ、ギリオチーナとふたりで隣国の大公家に行って幸せに過ごせたんだ!」
わけがわかりません。
いいえ、先ほど考えていたように、私への嫉妬で王女殿下がボリス様への想いに気づいてしまったということでしょうか。
だからといって私が殺される謂れはありません。どうにかして逃げようと思うのですが、王女殿下の護衛なだけあって指は細くても力は強く振りほどけません。
「これはこれは」
そのとき初めて聞く低い声が響いて、首からレナート様の指が外れました。
解放された私は、思わずその場に座り込んでしまいました。
低い声が言葉を続けます。
「愛人と一緒に嫁ぐつもりだったなんて、我がアダモフ大公家も舐められたものですねえ」
まあそれは仕方がないことでしょう。
どちらに問題があったとしても私が傷物令嬢扱いされるのは免れませんし、今回の件には王族も関係しています。父や兄は、王家が私を悪者にして収めようとするなら反乱も辞さないと公言していますが、さすがにそうなるのは避けたいものです。
ボリス様は私が婚約解消を決意して、前々からそうしたいと考えていた父がその日のうちに手早く手続きを終えた日の翌日から学園にいらっしゃいません。
数日経ってギリオチーナ王女殿下もいらっしゃらなくなったので、隣国の大公家との婚約を白紙撤回して、想い合うおふたりを婚約させようという計画が水面下で動いているのかもしれません。
王女殿下がボリス様に近寄って来たのは、私と仲睦まじく過ごしている姿に嫉妬したのだとポリーナ様やヴィーク様はおっしゃるのですけれど、嫉妬したというのは気づかなかった想いに気づいたということでしょう。悲しい思いをする方が減って、少しでも多くの方が幸せになれば良いのにと思います。
イヴァン様に私の婚約解消を伝えるお手紙を出した後、丁寧なお返事が届きました。
お礼にと隣国で流行っている甘味を教えてくださったので、代わりにこちらの新しい甘味を教えて差し上げました。そんなことを繰り返してしまい、ついつい文通が続いています。
イヴァン様とは甘味好きが共通していて話が合うのです。
彼も婚約者と婚約解消間近だとおっしゃるのですが、どうにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
次のお手紙を出すときには、もうお返事は結構ですと書きましょう。
寂しいですけれどね。
そんなことを考えながら、私は裏庭にある噴水のところへ来ていました。
今は放課後。今日も騎士科の特別訓練にヴィーク様が参加する日です。
訓練後の水桶を浴びたヴィーク様の髪をポリーナ様が拭いて差し上げている間はふたりっきりにしてあげるのが私の流儀です。幸せなおふたりには、ずっと幸せでいていただきたいものです。
裏庭の噴水は、実はボリス様との思い出の場所でもありました。
ボリス様がギリオチーナ王女殿下に心を戻す前は四人で過ごしていましたが、ポリーナ様達がふたりきりになりたいとお思いのとき、私達もふたりきりになることがあったのです。
特に恋人めいたことはしていませんけれど、噴水のほとりに腰かけて水面を覗き込んでいるだけで幸せな気持ちになれました。空を映した水面の青が私の瞳の色だと言って、ボリス様が微笑んでくださったときもあったのです。
普段は結構人が集まる場所なのですが、放課後なので私以外だれもいません。
もっと人の多い場所にいたほうが良かったかしらと思い始めたとき、水面に映る私の姿を影が覆いました。だれかが後ろに立っています。
そのだれかの手が私の首に伸ばされました。細い指が首に食い込みます。
「“白薔薇”のレナート様?……ぐっ! ど、どうしてこんなことを?」
「うるさいっ! 貴様がボリスなんかの婚約者にならなければ、ギリオチーナとふたりで隣国の大公家に行って幸せに過ごせたんだ!」
わけがわかりません。
いいえ、先ほど考えていたように、私への嫉妬で王女殿下がボリス様への想いに気づいてしまったということでしょうか。
だからといって私が殺される謂れはありません。どうにかして逃げようと思うのですが、王女殿下の護衛なだけあって指は細くても力は強く振りほどけません。
「これはこれは」
そのとき初めて聞く低い声が響いて、首からレナート様の指が外れました。
解放された私は、思わずその場に座り込んでしまいました。
低い声が言葉を続けます。
「愛人と一緒に嫁ぐつもりだったなんて、我がアダモフ大公家も舐められたものですねえ」
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