隣の席のお殿さま

豆狸

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8・お殿さまは説明不足

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「……晴田、今日はいきなりゴメンね」
「今日?」
「ほら、授業中に言ったこと」

 言い出せないまま、チラチラと様子を窺っていたわたしに気づいたのか、九原くんのほうから話を振ってくれた。
 裏門を出て住宅街を歩きながら、夕焼けで赤く染まった彼の顔を見つめる。
 教室ではいつも眠っているし、体育の授業は男女別なので、こうして並んで歩くのは初めてかもしれない。
 九原くんは背が高くて、全体的にバランスの取れた体つきをしていた。
 細マッチョっていうのかな? 華奢ではないけど筋骨隆々ってほどでもない。

「う、うん。……驚いた。わたしたち、挨拶以上に話したことないよね?」

 私立泉下学園高等部に入学して隣の席になってから、たぶん今日が一番会話をしている。
 太った猫を抱っこして歩いている九原くんは、少し悲しそうな笑みを浮かべた。

「そっか。晴田はまだ、俺のこと思い出してないんだね」
「え?」
「思い出してないなら仕方ないけど、俺たち子どものころ会ったことがあるんだよ。小学校に上がってすぐ、俺に弟が生まれたころ」
「そうなの?」

 全然覚えていなかった。

「そうだよ。晴田はね、俺を助けてくれたんだ。いろいろ事情があって、それからはなるべく会わないようにしてたんだけどね。……この春再会したときは嬉しかったな。晴田があのときのこと覚えてないの察して黙ってたんだけど、今日あの勾玉持ってたの見て、思い出してくれたのかと思って調子に乗っちゃった」

 わたしは制服のポケットから、赤い勾玉を取り出して彼に尋ねた。

「これ、九原くんにもらったものだったの?」
「んー……ちょっと違う。俺と晴田の共同作業で加工したもの、って感じ」
「ガラス工房かどこかで会ったってこと?」
「ふふふ、ハズレ。全部話しちゃいたいけど、自分で思い出してくれるまで信じてもらえそうにないから、今は秘密」
「ふぎーっ!」
「ん? なぁに」
「なっなっ!」

 腕の中の猫と見つめ合った後で、九原くんは辺りを見回した。
 うちのアパートの裏にはマンションがあって、そのマンションの横には公園がある。
 話しながら歩いているうちに、わたしたちは公園の前まで来ていた。
 公園に目を止めて、九原くんが言う。

「晴田、公園寄ってっていい?」
「う、うん。わたしの家もうすぐだから」

 わたしが答えると、猫が満足そうに頷いた。
 ……べつにいいんだけど。
 わたしと九原くんが昔会っていたことと『俺の女』宣言に、どんな関係があるんだろう。
 前に助けてもらったから『俺の女』にしてやるぜ、とか?
 うーん、九原くんはそんな上から目線の俺様タイプには見えない。
 お殿さまだからか、無意識に尊大なところはある気がするんだけど。
 でも、うーん……公園に寄る前に、ちゃんと全部話してもらいたかったかな。
 小学校に上がってすぐのころに会って、それからずっとわたしを好きだったなんてこと、ないと思うんだよね。
 正直なところ、風見さんのほうが美人だし。
 風見さんと会話してたときの『つき合う』には、恋愛的な空気は感じなかった。
 だけど友達に対して『俺の女』はないよねえ?

「こんにちは」

 あれ、知り合いかな?
 公園に入った九原くんは、園内のスケートパークを見学していた少年に声をかけた。
 スケートパークではヘルメットをかぶった人々がハーフパイプ、弧を描いた斜面でスケートボードに興じている。
 わたしはスケートボードに詳しくはないのだけれど、登下校のときに前を通るので、たまに見学していた。よくわからなくても見てると面白い。
 九原くんが声をかけた少年は、小学校の高学年くらいだろうか。
 彼は振り向いて首を傾げた。

「……こんにちは」
「あはは、いきなりゴメン」

 知り合いではなかったようだ。
 少年は怪訝そうな顔をして、九原くんを見つめている。

「九原雷我さん、ですよね?」
「俺のこと知ってた?」
「このスケートパークができたときの式典に来てたの見ました。新聞にも載ってた」
「うん、父さんが東京のほうに行ってるから俺が代理で出たんだ。君のこと覚えてるよ。あのときプロスケートボーダーのサイン入りのボードを当てた子だろ? そういえば一緒にいた猫は? 今日はお留守番してるの?」
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