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6・当事者(ヒロイン)置き去り
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泉門市に住む人間なら、九原家の鬼伝説を知らないものはいない。
──江戸時代の終わり、泉下城の美しいお姫さまが邪悪な鬼の頭領に恋されて攫われてしまった。
当時の九原家には、ほかに跡取りがいなかった。
お姫さまに婿を取って家督を継がせることで幕府に許可をもらっていたのだ。
妖怪話は多いものの、泉門藩は戦国時代も江戸時代も比較的平和な地域。
お姫さまが鬼に攫われたまま戻ってこなくて、べつの土地から新しい領主が来ても同じ平和が保たれるとは限らない。
なにより領民はお姫さまと九原家を慕っていた。
そこで──
「姫を慕っていた武士がそのストーカー鬼を退治した後で、復活できないよう封印したのが晴田神社の神主さまなんだよ」
「知りませんでしたわ!」
風見さんが叫ぶ。
わたしも知らなかった。
さっき九原くんが言っていた、大きな神社の前身の手柄かと思ってた。
その神社に行ったとき、鬼を封印した石碑を見たことあるし。
おばあちゃんは、余所の神社に氏子が流れて季節の行事を行う予算もなくなったから晴田神社は潰れたのだ、と教えてくれていた。
お正月やお盆には、わたしたちもその大きな神社にお参りしていたくらいだから、おばあちゃんの言葉は真実だと思う。
うちの神社が潰れたから、石碑だけ移動させたのかな。
「で、では、雷我さまはそのときの恩義で彼女と、晴田さんとおつき合いなさるとおっしゃるのですか?」
泣きそうな声で、風見さんが九原くんに詰め寄る。
……旧校舎の中にいる九原くんと外の裏庭にいる風見さんの間には、旧校舎の壁に背を当てて立っているわたしがいた。
ちょっと辛い。
「まさか。そんな理由で人とつき合うわけないだろ? 確かにきっかけはそうだったよ?晴田神社の末裔なんだ、と思って彼女を見てて、いいなと思ったからつき合おうと思ったんだ」
九原くんはサラッと言っているけれど、わたしの意向は無視なんですが。
つき合うとかつき合わないとか、『俺の女』がどうとか、まずは本人であるわたしに話してもらえないでしょうか。
って、九原くんには言えないなあ。
彼はお殿さまだし、わたしは男の子と話すの得意じゃないし。
「それと」
掠れた声はそのままなのに、九原くんの言葉の響きが変わった。
風見さんが後ずさる。
「ナナちゃん? 俺、言ったよね。俺がつき合う相手は俺が決める。いくら幼なじみでもナナちゃんの口出しするようなことじゃないって。仏の顔は三度までって言うよね? 幼稚舎のときに一回、小学部のときに一回で、中学部のときは未遂だったから見逃してあげたけど……これは三回目に数えてもいいのかな?」
「いえっ! あの、ゴメンなさい。だから、だから絶交だけはっ!」
「謝る相手が違うよね?」
「晴田さん、お忙しいところを引き止めてゴメンなさい!」
「あ……わたしは、べつに」
本当を言うと取り囲まれて怖かったし、おばあちゃんが亡くなったことを思い出して悲しい気持ちにもなった。大事な勾玉のブレスレットも踏み躙られてしまった。
でも、目の前で真っ青になって震える風見さんに怒りをぶつけることはできなかった。
おばあちゃんとのんびり暮らしてきたから、あんまり怒るのは得意じゃないのだ。
それに風見さんは反省してる、っていうかすごく、可愛そうなほど怯えてるし。
「みなさん、帰りますわよ。雷我さま、晴田さん、ごきげんよう!」
「「ごきげんよう!」」
勢い良くお辞儀をして、風見さんと取り巻きさんたちが去っていく。
思わずわたしもお辞儀を返した。
「さ、さようなら」
「はい、さようなら。後ね、君たちもナナちゃんの陰に隠れてたら気づかれないなんて思わないようにね。俺はちゃんと、君たちの存在もカウントしてるから」
九原くんのその言葉に、取り巻きさんたちが背筋を伸ばしたのが見えた気がした。
──江戸時代の終わり、泉下城の美しいお姫さまが邪悪な鬼の頭領に恋されて攫われてしまった。
当時の九原家には、ほかに跡取りがいなかった。
お姫さまに婿を取って家督を継がせることで幕府に許可をもらっていたのだ。
妖怪話は多いものの、泉門藩は戦国時代も江戸時代も比較的平和な地域。
お姫さまが鬼に攫われたまま戻ってこなくて、べつの土地から新しい領主が来ても同じ平和が保たれるとは限らない。
なにより領民はお姫さまと九原家を慕っていた。
そこで──
「姫を慕っていた武士がそのストーカー鬼を退治した後で、復活できないよう封印したのが晴田神社の神主さまなんだよ」
「知りませんでしたわ!」
風見さんが叫ぶ。
わたしも知らなかった。
さっき九原くんが言っていた、大きな神社の前身の手柄かと思ってた。
その神社に行ったとき、鬼を封印した石碑を見たことあるし。
おばあちゃんは、余所の神社に氏子が流れて季節の行事を行う予算もなくなったから晴田神社は潰れたのだ、と教えてくれていた。
お正月やお盆には、わたしたちもその大きな神社にお参りしていたくらいだから、おばあちゃんの言葉は真実だと思う。
うちの神社が潰れたから、石碑だけ移動させたのかな。
「で、では、雷我さまはそのときの恩義で彼女と、晴田さんとおつき合いなさるとおっしゃるのですか?」
泣きそうな声で、風見さんが九原くんに詰め寄る。
……旧校舎の中にいる九原くんと外の裏庭にいる風見さんの間には、旧校舎の壁に背を当てて立っているわたしがいた。
ちょっと辛い。
「まさか。そんな理由で人とつき合うわけないだろ? 確かにきっかけはそうだったよ?晴田神社の末裔なんだ、と思って彼女を見てて、いいなと思ったからつき合おうと思ったんだ」
九原くんはサラッと言っているけれど、わたしの意向は無視なんですが。
つき合うとかつき合わないとか、『俺の女』がどうとか、まずは本人であるわたしに話してもらえないでしょうか。
って、九原くんには言えないなあ。
彼はお殿さまだし、わたしは男の子と話すの得意じゃないし。
「それと」
掠れた声はそのままなのに、九原くんの言葉の響きが変わった。
風見さんが後ずさる。
「ナナちゃん? 俺、言ったよね。俺がつき合う相手は俺が決める。いくら幼なじみでもナナちゃんの口出しするようなことじゃないって。仏の顔は三度までって言うよね? 幼稚舎のときに一回、小学部のときに一回で、中学部のときは未遂だったから見逃してあげたけど……これは三回目に数えてもいいのかな?」
「いえっ! あの、ゴメンなさい。だから、だから絶交だけはっ!」
「謝る相手が違うよね?」
「晴田さん、お忙しいところを引き止めてゴメンなさい!」
「あ……わたしは、べつに」
本当を言うと取り囲まれて怖かったし、おばあちゃんが亡くなったことを思い出して悲しい気持ちにもなった。大事な勾玉のブレスレットも踏み躙られてしまった。
でも、目の前で真っ青になって震える風見さんに怒りをぶつけることはできなかった。
おばあちゃんとのんびり暮らしてきたから、あんまり怒るのは得意じゃないのだ。
それに風見さんは反省してる、っていうかすごく、可愛そうなほど怯えてるし。
「みなさん、帰りますわよ。雷我さま、晴田さん、ごきげんよう!」
「「ごきげんよう!」」
勢い良くお辞儀をして、風見さんと取り巻きさんたちが去っていく。
思わずわたしもお辞儀を返した。
「さ、さようなら」
「はい、さようなら。後ね、君たちもナナちゃんの陰に隠れてたら気づかれないなんて思わないようにね。俺はちゃんと、君たちの存在もカウントしてるから」
九原くんのその言葉に、取り巻きさんたちが背筋を伸ばしたのが見えた気がした。
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