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24・明日からのわたしたち
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「……俺、鬼なんだ」
満を持しての放課後、緊張で口から心臓が飛び出しそうなわたしに、隣を歩く九原くんが言った。
あまりになんてことない調子で言われたので、かえって反応に困ってしまう。
「あれ? 気づいてなかった? ほら、昨日は角まで出てただろ? あそこまで先祖返りしたのは久しぶりだったけど」
しゃべりながら、彼は自分の頭の横で角の形に手を動かした。
やっぱりあれは角だったんだ。
驚くことしかできないわたしに、九原くんが残念そうに微笑む。
「鬼って気づいてなかったってことは、一日経っても勾玉を作ったときのことは思い出してないんだ……」
「う、うん。ゴメンね」
「まあ、いいよ。それにホッとした」
「ホッと?」
「お弁当に豆腐ハンバーグ入ってただろ? 昔のことを思い出して、俺が鬼だとわかった上でのおかずだとしたら、殺意があるのかなって心配だったから」
「え! 豆腐ハンバーグ嫌いだった?」
昔会ったとき、そんな話をしたのだろうか。
下校に誘われた際に返してもらったお弁当箱は空っぽで、綺麗に洗ってあったのだけれど──
「無理して食べてくれたの? 体は大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ただの迷信の話だから」
「迷信?」
「晴田の家は節分してた? 鬼は外、福は内って言いながら炒った豆を投げるヤツ」
「そういう季節の行事は結構ちゃんとやってたよ。……雛祭りとかも」
我が家のお内裏さまの顔には油性ペンでメガネが描かれている。
両親が行方不明になったころ、わたしが描いたのだ。
……いなくなった父を重ねて。
母を重ねたお雛さまの髪を切ろうとしたときは、さすがにおばあちゃんに止められた。
「そっか。雛人形は早く仕舞った? 俺、早く結婚したいほうだから、晴田の婚期が遅くなると困っちゃう」
「っ! 九原くん?」
「ふふふっ。話を戻そうか。五行っていう占いみたいなのがあるんだけど、それで言うと白くて丸い炒り大豆は金気の象徴で、木気の象徴である鬼を退治する力があるんだ。だから節分で豆を撒いて鬼を追い出す」
「うん……」
「あ、晴田わかってない顔してるね。クイズ、豆腐はなにからできているでしょう?」
言われて気づいた。
「豆腐って……大豆?」
「そ。晴田が五行を信じて、大豆からできた豆腐で俺を退治しようとしてるのかと思った」
「違うよ! そんなことない! というか、九原くん本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。さっき迷信って言っただろ? 俺、きな粉も好きだし」
「それならいいんだけど」
そういえば、きな粉も大豆でできていた。
きな粉クッキーを渡したとき、九原くんはどんな気持ちだったのかな。
嫌な思いをさせてなかったよう祈るばかりだ。
「お弁当箱返すときも言ったけど、すっごく美味しかったよ。……ありがとう」
「だったら良かった。あの……鬼って、どういうこと?」
「鬼は鬼だよ。泉門市に伝わる九原家の鬼伝説は知ってるだろ?」
「う、うん」
「実はあれ、脚色済みなんだよね。本当は鬼とお姫さまは両想い、晴田のご先祖さまが封印してくれたのは鬼の力だけ、人間になった鬼は九原家の家臣の家に養子に入って武士となりお姫さまと結ばれたの。そして俺は人間よりも鬼に近い、先祖返り」
「なんかゴメンね。うちのご先祖さまの力が足りなくて」
「んー、晴田のご先祖さまのせいじゃないよ。本当はもっとがっつり封印するはずだったのに、聞き耳と怪力だけは残すように両角が言ったせいで封印が脆くなったんだから」
「両角理事長が?」
「そ。両角は俺みたいな先祖返りと違って生粋の鬼。そのとき口出ししたのも本人……本鬼。九原家の先祖の鬼は鬼の頭領で、両角はその部下だったんだ」
わたしは言葉を失った。
昨日の九原くんを見ているから疑う気はないが、それにしても壮大な話だ。
聞き耳、か。考えてみれば昨日も、耳がいいって話をしてたっけ。
「聞き耳って……昔話に出てくる聞き耳頭巾みたいな力? 前に違うって言ってたけど、本当は九原くん、猫やカラスとおしゃべりできるの?」
「できないよ。前に聞かれたときも言ったじゃん、俺は猫やカラスとは話せないって。鬼の聞き耳はね、動物じゃなくって妖怪と話す力」
「……妖怪? え、それじゃあ?」
「うん、アイツらは猫とカラスじゃなくて、猫又とカラス天狗。もっとも鬼と大豆の迷信と一緒で、昔話に出てくるようなのとは違うけどね」
九原くんが足を止めた。
話をしながら歩いていたら、いつの間にかうちのアパートの裏にある公園の前まで来ている。
あまり人とすれ違った覚えはないものの、会話を聞かれて不審に思われてはいないだろうか。……って、九原家のお殿さま(若さま?)に不審な目を向けるような人、この町にはいそうにないか。
昨日事件が起こった道とはアパートを挟んで逆方向なので、園内のスケートパークではヘルメットをかぶった人々が楽しげにスケートボードに興じている。
「晴田、あれ」
「あ」
スケートパークの端にあるベンチに、中華鍋みたいなエリザベスカラーをつけた猫がいる。
猫の視線の先には、ハーフパイプを楽しんでいる少年の姿があった。
先日会った男の子だ。
「猫又経由であの猫に依頼されたんだ。自分たちを襲った犯人を捕まえて、弟分の宝物を取り返してくれって」
「弟分?」
「普通の猫は人間より大人になるのが早いからね。……はあ」
溜息をついて、九原くんは言葉を続けた。
「犯人は捕まえたけど正直宝物は難しいんだ。ネットオークションの落札者は盗品だと知らなかったわけだから。両角に交渉させてはいるものの、どうなることやら」
「ふうーっ!」
大きな鳴き声に背筋を正した九原くんにつられて振り向くと、民家の塀に猫がいた。
太った体の端から覗いているフサフサした尻尾の先が割れている──猫又だ。
「わかってるよ。九原雷我の名にかけて善処いたします」
「なっなっ!」
「仰せのままに」
「ふなっ!」
猫又が悠々と立ち去るのを見送って、九原くんはもう一度溜息をついた。
眉間に皺が寄っている。
「……新しいボード買ってプレゼントするんじゃ駄目かなあ……」
「なんだか大変だねえ」
「うん。そもそも泉門の鬼の頭領は、この地に巣食う妖怪たちのまとめ役だったんだ。内情は単なる御用聞き兼雑用係だけど。両角が九原家の血筋に聞き耳と怪力を残すよう言い張ったのは、自分にその役目が回ってくるのが嫌だったからなんだよねー」
九原家の当主は泉門市における人間社会の仕事を受け持ち、跡取りは妖怪社会の仕事を受け持つ。つまり九原くんは妖怪を統べる鬼のお殿さまなのだ。
両角理事長は鬼の頭領の血を引く九原家に忠誠を誓い、どちらの仕事も手伝ってはいるのだが、基本的にはなにもしたくないらしい。
毎日九原くんに昼食を用意しているのも、妖力を高める料理で彼の先祖返りを強めて、自分が楽隠居するために違いないという。
「最近は血が薄まってて、父さんなんか満足に聞き耳もできないからね。妖怪のまとめ役の仕事はほとんどアイツがしてたんだ。俺が先祖返りだってわかったとき、両角は大喜びだったよ。もっとも弟へのヤキモチで力を暴走させてたから、晴田に鎮めてもらえなかったら、俺は制御できるようになる前に死んでただろうけど」
ピンクの糸でスマホのストラップにした、あの赤い勾玉は、暴走する彼の力をわたしが鎮めて封じたものだった。
全然過去の記憶がないので、九原くんに言われても実感がない。
でも、わたしが彼の力になれたのなら良かった。……うん、良かった。
猫又がいなくなった民家の塀に、九原くんが背中をつける。
わたしも隣で塀に背中を預けた。
道を行く人影はない。
公園でスケートボードを楽しんでいた人たちも、少しずつ数を減らしていく。
日が沈み始めたのだ。
鬼だと打ち明けてくれたときと同じように、なんてことない調子で掠れた声が言う。
「ところで晴田。この前の告白の答え、聞いてもいい?」
「え? わ、わたしが昔のこと思い出してからでいいんじゃなかった?」
「あのときはそう言ったけど、昨日鬼の姿見られちゃったし今日は事情も説明したから、もういいかな、と思って。怖かったのは一度返事をもらった後で、鬼だと知られて態度を変えられることだったから」
わたしは俯いた。
とんでもない話ではあるけれど、九原くんの言うことは嘘ではないと思う。
驚きや戸惑いはあるものの、九原くんが鬼でも怖いとは感じない。
……だけど……
「ゴメンなさい」
「……そっか。じゃあ、今日はこれで。隣の席だと気まずいだろうから、後で担任に連絡して、明日席替えするように言っておくよ」
「待って」
わたしは、踵を返して立ち去ろうとする彼の腕をつかんだ。
「ち、違うの。謝ったのは告白を断るって意味じゃなくて、あの、昔のことを思い出すまで待ってほしいって意味だったの」
「一生思い出さないかもしれないよ?」
「思い出すよ、きっと!」
「……そっか」
九原くんが笑う。
「わかった。そういうことなら待つよ。……それはそれとして、明日もお弁当作って来てもらえないかな。いや、材料費も出すし、正式にお弁当作りのアルバイトとして雇われてくれないか」
「え……?」
「実は今日の豆腐ハンバーグ、半分両角に取られたんだ。アイツ、晴田の料理が気に入ったらしい。昨日カラス天狗が逃げようとした佐藤を止めたのも俺が頼んだからじゃなくて、屋上で食べたきな粉クッキーが気に入って自主的に晴田を守護していたからなんだ。……アイツらに手伝いを頼むの、いつもすっごく難航するから、晴田の料理に助けてもらえると嬉しい」
「う、うん、いいよ。ちょうどバイトを探そうと思ってたところだし。あ、そうだ。モヨちゃんが妖怪に詳しいから、猫又の好物を聞いて作ってみようか? 気に入ってくれたら、代わりのスケートボードでも許してくれるかもしれないよね」
「ありがとう。それと……」
「なぁに?」
「明日から、十花、って呼んでもいいか?」
「う……ええっ?」
あまり部下に恵まれてなさそうな鬼のお殿さまは、真っ赤になっているわたしの顔を瞳に映して、イタズラな笑みを浮かべた。
耳のいい彼に聞こえていないか心配になるほど、心臓が高鳴っている。
昔のことを思い出せても出せなくも、答えはもう決まっているのかもしれない。
そんな気が、した。
満を持しての放課後、緊張で口から心臓が飛び出しそうなわたしに、隣を歩く九原くんが言った。
あまりになんてことない調子で言われたので、かえって反応に困ってしまう。
「あれ? 気づいてなかった? ほら、昨日は角まで出てただろ? あそこまで先祖返りしたのは久しぶりだったけど」
しゃべりながら、彼は自分の頭の横で角の形に手を動かした。
やっぱりあれは角だったんだ。
驚くことしかできないわたしに、九原くんが残念そうに微笑む。
「鬼って気づいてなかったってことは、一日経っても勾玉を作ったときのことは思い出してないんだ……」
「う、うん。ゴメンね」
「まあ、いいよ。それにホッとした」
「ホッと?」
「お弁当に豆腐ハンバーグ入ってただろ? 昔のことを思い出して、俺が鬼だとわかった上でのおかずだとしたら、殺意があるのかなって心配だったから」
「え! 豆腐ハンバーグ嫌いだった?」
昔会ったとき、そんな話をしたのだろうか。
下校に誘われた際に返してもらったお弁当箱は空っぽで、綺麗に洗ってあったのだけれど──
「無理して食べてくれたの? 体は大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ただの迷信の話だから」
「迷信?」
「晴田の家は節分してた? 鬼は外、福は内って言いながら炒った豆を投げるヤツ」
「そういう季節の行事は結構ちゃんとやってたよ。……雛祭りとかも」
我が家のお内裏さまの顔には油性ペンでメガネが描かれている。
両親が行方不明になったころ、わたしが描いたのだ。
……いなくなった父を重ねて。
母を重ねたお雛さまの髪を切ろうとしたときは、さすがにおばあちゃんに止められた。
「そっか。雛人形は早く仕舞った? 俺、早く結婚したいほうだから、晴田の婚期が遅くなると困っちゃう」
「っ! 九原くん?」
「ふふふっ。話を戻そうか。五行っていう占いみたいなのがあるんだけど、それで言うと白くて丸い炒り大豆は金気の象徴で、木気の象徴である鬼を退治する力があるんだ。だから節分で豆を撒いて鬼を追い出す」
「うん……」
「あ、晴田わかってない顔してるね。クイズ、豆腐はなにからできているでしょう?」
言われて気づいた。
「豆腐って……大豆?」
「そ。晴田が五行を信じて、大豆からできた豆腐で俺を退治しようとしてるのかと思った」
「違うよ! そんなことない! というか、九原くん本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。さっき迷信って言っただろ? 俺、きな粉も好きだし」
「それならいいんだけど」
そういえば、きな粉も大豆でできていた。
きな粉クッキーを渡したとき、九原くんはどんな気持ちだったのかな。
嫌な思いをさせてなかったよう祈るばかりだ。
「お弁当箱返すときも言ったけど、すっごく美味しかったよ。……ありがとう」
「だったら良かった。あの……鬼って、どういうこと?」
「鬼は鬼だよ。泉門市に伝わる九原家の鬼伝説は知ってるだろ?」
「う、うん」
「実はあれ、脚色済みなんだよね。本当は鬼とお姫さまは両想い、晴田のご先祖さまが封印してくれたのは鬼の力だけ、人間になった鬼は九原家の家臣の家に養子に入って武士となりお姫さまと結ばれたの。そして俺は人間よりも鬼に近い、先祖返り」
「なんかゴメンね。うちのご先祖さまの力が足りなくて」
「んー、晴田のご先祖さまのせいじゃないよ。本当はもっとがっつり封印するはずだったのに、聞き耳と怪力だけは残すように両角が言ったせいで封印が脆くなったんだから」
「両角理事長が?」
「そ。両角は俺みたいな先祖返りと違って生粋の鬼。そのとき口出ししたのも本人……本鬼。九原家の先祖の鬼は鬼の頭領で、両角はその部下だったんだ」
わたしは言葉を失った。
昨日の九原くんを見ているから疑う気はないが、それにしても壮大な話だ。
聞き耳、か。考えてみれば昨日も、耳がいいって話をしてたっけ。
「聞き耳って……昔話に出てくる聞き耳頭巾みたいな力? 前に違うって言ってたけど、本当は九原くん、猫やカラスとおしゃべりできるの?」
「できないよ。前に聞かれたときも言ったじゃん、俺は猫やカラスとは話せないって。鬼の聞き耳はね、動物じゃなくって妖怪と話す力」
「……妖怪? え、それじゃあ?」
「うん、アイツらは猫とカラスじゃなくて、猫又とカラス天狗。もっとも鬼と大豆の迷信と一緒で、昔話に出てくるようなのとは違うけどね」
九原くんが足を止めた。
話をしながら歩いていたら、いつの間にかうちのアパートの裏にある公園の前まで来ている。
あまり人とすれ違った覚えはないものの、会話を聞かれて不審に思われてはいないだろうか。……って、九原家のお殿さま(若さま?)に不審な目を向けるような人、この町にはいそうにないか。
昨日事件が起こった道とはアパートを挟んで逆方向なので、園内のスケートパークではヘルメットをかぶった人々が楽しげにスケートボードに興じている。
「晴田、あれ」
「あ」
スケートパークの端にあるベンチに、中華鍋みたいなエリザベスカラーをつけた猫がいる。
猫の視線の先には、ハーフパイプを楽しんでいる少年の姿があった。
先日会った男の子だ。
「猫又経由であの猫に依頼されたんだ。自分たちを襲った犯人を捕まえて、弟分の宝物を取り返してくれって」
「弟分?」
「普通の猫は人間より大人になるのが早いからね。……はあ」
溜息をついて、九原くんは言葉を続けた。
「犯人は捕まえたけど正直宝物は難しいんだ。ネットオークションの落札者は盗品だと知らなかったわけだから。両角に交渉させてはいるものの、どうなることやら」
「ふうーっ!」
大きな鳴き声に背筋を正した九原くんにつられて振り向くと、民家の塀に猫がいた。
太った体の端から覗いているフサフサした尻尾の先が割れている──猫又だ。
「わかってるよ。九原雷我の名にかけて善処いたします」
「なっなっ!」
「仰せのままに」
「ふなっ!」
猫又が悠々と立ち去るのを見送って、九原くんはもう一度溜息をついた。
眉間に皺が寄っている。
「……新しいボード買ってプレゼントするんじゃ駄目かなあ……」
「なんだか大変だねえ」
「うん。そもそも泉門の鬼の頭領は、この地に巣食う妖怪たちのまとめ役だったんだ。内情は単なる御用聞き兼雑用係だけど。両角が九原家の血筋に聞き耳と怪力を残すよう言い張ったのは、自分にその役目が回ってくるのが嫌だったからなんだよねー」
九原家の当主は泉門市における人間社会の仕事を受け持ち、跡取りは妖怪社会の仕事を受け持つ。つまり九原くんは妖怪を統べる鬼のお殿さまなのだ。
両角理事長は鬼の頭領の血を引く九原家に忠誠を誓い、どちらの仕事も手伝ってはいるのだが、基本的にはなにもしたくないらしい。
毎日九原くんに昼食を用意しているのも、妖力を高める料理で彼の先祖返りを強めて、自分が楽隠居するために違いないという。
「最近は血が薄まってて、父さんなんか満足に聞き耳もできないからね。妖怪のまとめ役の仕事はほとんどアイツがしてたんだ。俺が先祖返りだってわかったとき、両角は大喜びだったよ。もっとも弟へのヤキモチで力を暴走させてたから、晴田に鎮めてもらえなかったら、俺は制御できるようになる前に死んでただろうけど」
ピンクの糸でスマホのストラップにした、あの赤い勾玉は、暴走する彼の力をわたしが鎮めて封じたものだった。
全然過去の記憶がないので、九原くんに言われても実感がない。
でも、わたしが彼の力になれたのなら良かった。……うん、良かった。
猫又がいなくなった民家の塀に、九原くんが背中をつける。
わたしも隣で塀に背中を預けた。
道を行く人影はない。
公園でスケートボードを楽しんでいた人たちも、少しずつ数を減らしていく。
日が沈み始めたのだ。
鬼だと打ち明けてくれたときと同じように、なんてことない調子で掠れた声が言う。
「ところで晴田。この前の告白の答え、聞いてもいい?」
「え? わ、わたしが昔のこと思い出してからでいいんじゃなかった?」
「あのときはそう言ったけど、昨日鬼の姿見られちゃったし今日は事情も説明したから、もういいかな、と思って。怖かったのは一度返事をもらった後で、鬼だと知られて態度を変えられることだったから」
わたしは俯いた。
とんでもない話ではあるけれど、九原くんの言うことは嘘ではないと思う。
驚きや戸惑いはあるものの、九原くんが鬼でも怖いとは感じない。
……だけど……
「ゴメンなさい」
「……そっか。じゃあ、今日はこれで。隣の席だと気まずいだろうから、後で担任に連絡して、明日席替えするように言っておくよ」
「待って」
わたしは、踵を返して立ち去ろうとする彼の腕をつかんだ。
「ち、違うの。謝ったのは告白を断るって意味じゃなくて、あの、昔のことを思い出すまで待ってほしいって意味だったの」
「一生思い出さないかもしれないよ?」
「思い出すよ、きっと!」
「……そっか」
九原くんが笑う。
「わかった。そういうことなら待つよ。……それはそれとして、明日もお弁当作って来てもらえないかな。いや、材料費も出すし、正式にお弁当作りのアルバイトとして雇われてくれないか」
「え……?」
「実は今日の豆腐ハンバーグ、半分両角に取られたんだ。アイツ、晴田の料理が気に入ったらしい。昨日カラス天狗が逃げようとした佐藤を止めたのも俺が頼んだからじゃなくて、屋上で食べたきな粉クッキーが気に入って自主的に晴田を守護していたからなんだ。……アイツらに手伝いを頼むの、いつもすっごく難航するから、晴田の料理に助けてもらえると嬉しい」
「う、うん、いいよ。ちょうどバイトを探そうと思ってたところだし。あ、そうだ。モヨちゃんが妖怪に詳しいから、猫又の好物を聞いて作ってみようか? 気に入ってくれたら、代わりのスケートボードでも許してくれるかもしれないよね」
「ありがとう。それと……」
「なぁに?」
「明日から、十花、って呼んでもいいか?」
「う……ええっ?」
あまり部下に恵まれてなさそうな鬼のお殿さまは、真っ赤になっているわたしの顔を瞳に映して、イタズラな笑みを浮かべた。
耳のいい彼に聞こえていないか心配になるほど、心臓が高鳴っている。
昔のことを思い出せても出せなくも、答えはもう決まっているのかもしれない。
そんな気が、した。
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