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16・彼は『カラス』ともしゃべれない。
しおりを挟む……ギイイィィィッ。
軋む音を立てて重たい金属の扉を開けると、一斉にカラスが飛び立った。
舞い散る黒い羽の向こうに、コンクリートの床に胡坐をかいている九原くんの姿が見える。彼の前には、少し大きなカラスが立っていた。
「晴田、どうしたの?」
周囲のカラスたちが姿を消すと、九原くんは立ち上がった。
わたしを見つめて首を傾げる。
一羽だけ残った大きめのカラスが翼を広げ、近くの手すりに飛び上がった。
丸い目をクリクリと動かして、わたしを見つめている。
「えっと……」
わたしはポケットからクッキーの袋を取り出した。
透明のナイロン袋が光を反射したのか、手すりのカラスが気がついて、興味深そうな面持ちで首を揺らす。
「昨日のお礼に作ってきたんだけど……九原くんが甘いもの嫌いじゃなかったら、もらってくれる?」
「昨日のお礼? 俺、なんかしたっけ?」
「風見さんたちから助けてくれたし、家まで送ってくれたから」
「あはは、気にするようなことじゃないのに。でも、ありがとう」
差し出された手にクッキーの袋を載せた瞬間、カラスが手すりから飛び降りた。
ぴょんぴょん、と跳ねて九原くんに近寄り、
「クワア!」
と鳴く。
九原くんは眉間に皺を寄せ、振り向かずに言う。
「やんないよ。これ、俺がもらったんだから」
「クワアクワア!」
「そりゃ昨日は助かったけど……」
「クワア!」
「……はあ」
溜息をついて、九原くんがわたしを見る。
「ゴメン、晴田。一枚だけ、コイツにやってもいい?」
「クッキーを? あげたものだから、九原くんの好きにしてもらっていいんだけど……野生の動物に人間の食べ物を与えても大丈夫? 体に悪いものは入れてないと思うけど」
「大丈夫大丈夫。コイツ、ちょっと特殊なカラスだから」
「クワアーア」
カラスはどこか自慢げに胸を張る。
「ふうん……」
なんだか、九原くんとカラスの間で会話が成立しているみたい。
「じゃあ遠慮なく。……一枚だけだからな」
「クワア?」
「あ、きな粉のイイ匂い」
猫又柄のマスキングテープを丁寧に剥がして、九原くんは袋の口を開けた。
いくら透明の袋でも、クッキーが普通より黄色いというだけではきな粉のクッキーだとまではわかっていなかったようだ。わたしも言わなかったし。
自分がきな粉好きだから、なにも考えずにきな粉クッキーにしちゃったけど──
わたしは九原くんを見つめた。
「きな粉嫌いじゃなかった?」
「うん、好き♪」
「クワア♪」
無邪気な笑顔を向けられて、なんだか胸が、トゥクン、と高鳴る。
いけないいけない。
わたしはこっそりと首を横に振った。
九原くんのように特別な男の子と、わたしみたいに普通の……地味な女の子が釣り合うはずがない。
『俺の女』発言にだって、きっとなにか意味があるのだろう。
ほわほわしちゃう頭の中を切り替えるために、わたしはクッキーを頬張る九原くんに尋ねた。美味しそうに食べてくれてるのは嬉しいな。
「ねえ九原くん」
「なぁに?」
「九原くんは、カラスとしゃべれるの?」
「……」
「……」
昨日猫としゃべれるのかについて聞いたときのように、九原くんはカラスと見つめ合った。それから、ふっと微笑む。
含みを帯びた、どこかイタズラな笑みだ。
「俺は『カラス』とはしゃべれないよ、晴田」
……嘘だあ。
どう見ても意思疎通できてる。
まあ、しゃべらなくても意思疎通はできるのかもしれないけど。
「クワア!」
「一枚だけって言っただろ?」
鳴き声を上げたカラスの目の前で、九原くんは袋に残っていたきな粉クッキーを一気に頬張った。小さな袋だったので、彼一枚、カラス一枚で残った最後の一枚だ。
彼が大きく口を開けると、尖った犬歯が目に入った。
「クワア……」
不満げに九原くんを睨みつけて、カラスは飛び立った。
口の中のクッキーを飲み込んだ九原くんが、カラスの背中に呼びかける。
「またな」
「クワアー」
カラスが答える。
「晴田、ごちそーさま。美味しかったよ。ホントはもっと味わって食べたかったんだけど、なんかかっ込んじゃってゴメンな」
「ううん、美味しく食べてもらえたんならいいの」
「うん、すっげー美味かった。俺、甘いもの好きなんだけど両角がうるさくて」
「理事長が? もしかしてなにか食事制限でもあるの?」
「ないない。だから気にしないで、明日も差し入れしてくれたら嬉しいな」
「明日?」
「うん。だってさっきのきな粉クッキー、昨日家まで送って行ったことのお返しなんだろ?……今日も一緒に帰るだろ?」
「え、あ、うん……」
なんだか顔が熱い。
九原くんから見て、赤くなってないといいんだけど。
「あ、でも毎日お菓子作らせるのは悪いか。晴田にも用事があるだろうし、材料費もいるもんな」
「それは、べつに。お菓子作るのは好きだから……」
彼の態度と自分の気持ちがわからなくて、頭の中がグルグルしている。
だからきっとそのせいだろう、屋上の出口へ向かう背中に聞いてしまったのは。
「ねえ九原くん、『俺の女』ってどういう意味? もしかして……もしかしてわたしのこと、好き……なの?」
あああああ!
言葉を口に出した瞬間、後悔した。
こんなこと聞いてどうするの。
好きだと言ってもらえたって、どうしたらいいかわからない。
風見さんとやり合えるとも思えないし。
うろたえるわたしに、九原くんは口角を上げた。
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