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第一話 番じゃない。①
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大魔境に囲まれたスフィーリス竜王国の竜都。
噴水広場は花に満ち、国民である竜人達が歓声を上げていた。
竜王ダミアンが大魔境から襲い来る魔獣達の大暴走を討伐した祝祭だが、それだけではない。ダミアンは今回の大暴走で番を見つけて連れ帰ったのだ。この祝祭は婚礼の式でもある。
竜人にとって番は特別な存在だった。
番は竜人の強過ぎる魔力を安定させ、巨竜に変じて空をも飛ぶ王族の暴走を抑える。番を見つけた竜人は激しい衝動を感じ、相手と結ばれるまでそれが収まることはない。
新郎であるダミアンは幸せそうな笑みを浮かべていたが、まだ不安なのか魔力を抑えきれず全身が黄金に輝く鱗に覆われた戦闘態勢になっている。初夜を待ちかねた尻尾が揺れるのを、民は微笑ましい気持ちで見守っていた。
竜王の番である花嫁は、友好国である人間の国クリストポロス王国のロウンドラス公爵家の令嬢だという。若々しい十八歳の少女だ。
薄いヴェールに覆われた素顔がどんな表情なのかはよくわからない。
魔力の薄い人間は番に出会っても激しい衝動を感じないと聞くし、突然の幸運に戸惑っているのかもしれない。スフィーリス竜王国の国民にとって竜王の番になることは、ほかにたとえようもない幸運だ。
竜人だけに従う幻獣に牽かせた車でもクリストポロス王国からスフィーリス竜王国までは半月かかる。人間の使う馬ならどれほどかかることか。途中ではぐれ魔獣に食われることもあるだろう。
巨竜に変じた竜王に、空を越えて一日で連れて来られた花嫁以外の人間は祝祭にいない。
若き竜王の微笑ましい不安が収まれば、もう一度正式な婚礼がおこなわれる。そのときはクリストポロス王国からも多くの客人が訪れるに違いない。
花嫁シンシアのヴェールを上げて、竜王は少し驚いたような顔になった。
結婚の誓いのキスを贈ろうと顔を近づけるが、途中で止まる。
やがて、彼はその場に膝をついた。絶望に染まった顔で竜王ダミアンは告げる。
「……番ではない。彼女は私の番ではない」
竜王の番を詐称するのは重罪だ。
近衛の騎士達が花嫁を取り囲む。
彼女は虚ろな瞳で竜王を見下ろし、だれにも聞こえないような小さな声で呟いた。
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
それはダミアンのせいだけではなかったが、止めを刺したのは竜王の所業だった。
弱い人間の国クリストポロス王国は、強大な竜人の国スフィーリス竜王国には逆らえない。大魔境から襲い来る魔獣達の大暴走は共同で討伐しなければ滅びるだけだし、竜人の強い魔力で作られる竜結晶は人間の弱い魔力で作る魔結晶とは比べ物にならないくらい優れた燃料だ。これがなければ魔道具が動かず、魔道具が動かなければ文化的な生活は出来ない。
どんなにシンシアが否定しようとも、竜王が彼女を番だと言い切って求めたならば、常に大暴走討伐の前線で活躍してきた救国の英雄ロウンドラス公爵であろうとも逆らえない。
巨竜に攫われるようにしてスフィーリス竜王国に連れて来られた花嫁は、婚礼が終わる前に投獄された。
噴水広場は花に満ち、国民である竜人達が歓声を上げていた。
竜王ダミアンが大魔境から襲い来る魔獣達の大暴走を討伐した祝祭だが、それだけではない。ダミアンは今回の大暴走で番を見つけて連れ帰ったのだ。この祝祭は婚礼の式でもある。
竜人にとって番は特別な存在だった。
番は竜人の強過ぎる魔力を安定させ、巨竜に変じて空をも飛ぶ王族の暴走を抑える。番を見つけた竜人は激しい衝動を感じ、相手と結ばれるまでそれが収まることはない。
新郎であるダミアンは幸せそうな笑みを浮かべていたが、まだ不安なのか魔力を抑えきれず全身が黄金に輝く鱗に覆われた戦闘態勢になっている。初夜を待ちかねた尻尾が揺れるのを、民は微笑ましい気持ちで見守っていた。
竜王の番である花嫁は、友好国である人間の国クリストポロス王国のロウンドラス公爵家の令嬢だという。若々しい十八歳の少女だ。
薄いヴェールに覆われた素顔がどんな表情なのかはよくわからない。
魔力の薄い人間は番に出会っても激しい衝動を感じないと聞くし、突然の幸運に戸惑っているのかもしれない。スフィーリス竜王国の国民にとって竜王の番になることは、ほかにたとえようもない幸運だ。
竜人だけに従う幻獣に牽かせた車でもクリストポロス王国からスフィーリス竜王国までは半月かかる。人間の使う馬ならどれほどかかることか。途中ではぐれ魔獣に食われることもあるだろう。
巨竜に変じた竜王に、空を越えて一日で連れて来られた花嫁以外の人間は祝祭にいない。
若き竜王の微笑ましい不安が収まれば、もう一度正式な婚礼がおこなわれる。そのときはクリストポロス王国からも多くの客人が訪れるに違いない。
花嫁シンシアのヴェールを上げて、竜王は少し驚いたような顔になった。
結婚の誓いのキスを贈ろうと顔を近づけるが、途中で止まる。
やがて、彼はその場に膝をついた。絶望に染まった顔で竜王ダミアンは告げる。
「……番ではない。彼女は私の番ではない」
竜王の番を詐称するのは重罪だ。
近衛の騎士達が花嫁を取り囲む。
彼女は虚ろな瞳で竜王を見下ろし、だれにも聞こえないような小さな声で呟いた。
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
それはダミアンのせいだけではなかったが、止めを刺したのは竜王の所業だった。
弱い人間の国クリストポロス王国は、強大な竜人の国スフィーリス竜王国には逆らえない。大魔境から襲い来る魔獣達の大暴走は共同で討伐しなければ滅びるだけだし、竜人の強い魔力で作られる竜結晶は人間の弱い魔力で作る魔結晶とは比べ物にならないくらい優れた燃料だ。これがなければ魔道具が動かず、魔道具が動かなければ文化的な生活は出来ない。
どんなにシンシアが否定しようとも、竜王が彼女を番だと言い切って求めたならば、常に大暴走討伐の前線で活躍してきた救国の英雄ロウンドラス公爵であろうとも逆らえない。
巨竜に攫われるようにしてスフィーリス竜王国に連れて来られた花嫁は、婚礼が終わる前に投獄された。
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