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第七話 運命の恋の前に<二度目の王子>
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プロスティトゥタに出会えるのは、まだ先の話だ。
私はその前に、王子としてなすべきことをなそうと考えた。
前のときもおこなった王国に流れる大河の整備だ。今の状態では豊かな実りと同時に恐ろしい氾濫をもたらす危険な存在だが、きちんと整備をして船の運航が可能になれば、この国の流通を支える大切な存在になる。
「よく考えたね、マルクス。とても十歳とは思えない慧眼だよ」
私の提案を聞いて笑顔で頭を撫でてくれた後で、父王は表情を曇らせた。
「でも無理なんだ。この国にも王家にもお金がないからね」
「貴族達に出させれば良いではないですか」
父王は苦笑を漏らす。
「マルクス。貴族は王家に忠誠を誓っているが、なんでも言いなりになる存在ではないんだよ。彼らが私達に従っているのは彼らの領地を守るためだ。自分達の領地が得をしない、それどころか損をするようなことを押し付けたのでは離反されて終わりさ」
「大河が整備されれば貴族達にも利があると思うのですが」
「どんな事業でも利益が出るまでは時間がかかる。今の状態で王家が命令しても、自費で工事を始める貴族はいないだろうね。金がかかる上に、工事の人足として農村の働き手が奪われる。危険な河川工事では人足が怪我をしたり命を喪ったりすることも珍しくはないしね」
でも前のときは出来ていた! 心の中で叫んで気づく。
「……侯爵家は? ガレアーノ侯爵家なら金があるのではないですか?」
「確かにガレアーノ侯爵家はお金持ちだよ。でもそれは、ガレアーノ侯爵家の人間と領民が稼いだお金なんだ。それにね、国境に面したガレアーノ侯爵領は複数の国と対峙している。あそこには諸外国の人と物が集まる。大河を整備して国内の流通を活発にしなくても、欲しいものは手に入るし売りたいものを売ることが出来るんだ」
マルクスはガレアーノ侯爵領に行ったことはなかったっけ、と父王が苦笑する。
ロゼットを嫌っていた私は、前のとき、どんなに誘われてもガレアーノ侯爵領へは行かなかった。今はまだ十歳なので、そもそも王都から出たこともない。
ガレアーノ侯爵領の領都は王都よりも華やかで、手に入らないものはない場所と言われているのだと、父王は悲し気に話し続ける。
「……父上。もし私がガレアーノ侯爵令嬢と婚約していたら、どうだったのでしょう?」
「それなら国と王家に支援して、大河の工事にも協力してくれていただろうね。ロゼット嬢が未来の国母になるのだから」
さまざまな想いがこみ上げて来て、私は俯いた。
父王は優しく頭を撫でてくれる。
「私はマルクスに幸せになって欲しいと思っている。マルクスがロゼット嬢を好きになったというのならガレアーノ侯爵を説得して会う機会を作ってあげるけれど、お金のためならやめておきなさい。王妃になにか言われても、気にすることはないよ」
「え?」
ガレアーノ侯爵を説得、という父王の言葉に首を傾げる。それに、母上?
父王は身分や財力を鑑みて、私とロゼットの婚約を以前からガレアーノ侯爵に打診していたのだと言った。侯爵はロゼットが私と会い、人となりを知って判断するまで待って欲しいと答えたのだという。
そして十歳の誕生パーティで私と会ったロゼットは、私との婚約を拒んだ──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
母上になにか言われても気にするな、という父王の言葉の意味はすぐにわかった。
彼女はいつまでも私とロゼットの婚約にこだわり続けたのだ。
ロゼットはすでにグスマン公爵家のミゲルと婚約を結んでいるというのに、王命で婚約を解消させて私と婚約させろとまで言い出す始末だ。考えてみれば前のときも、母上が父王の名を出して私を説得したのであって、父王ご自身が私に婚約を押し付けたのではなかった気がする。
私は混乱した。
ガレアーノ侯爵家のほうが権力目当てで婚約を押し付けてきたのではなかったのか?
前のときの真実は、今となってはもうわからない。しかし、王家として最低限の基準は満たしているものの、前と比べれば明らかに貧相になった母上のドレスとアクセサリーを思えば、前のときにロゼットの実家であるガレアーノ侯爵家からの支援を一番享受していたのがだれなのかがわかるような気がした。
王家が財力目当てでガレアーノ侯爵家の令嬢を求めたのではなく、ガレアーノ侯爵家が権力目当てで王家を求めたと考えるほうが、誇り高い母上は幸せになれたのだろう。
ロゼットが妃教育を受けても一向に成長しない無能だったというのも、果たして真実だったのだろうか。
父王は前と変わらず優しいし、私の能力も認めてくださっているけれど、学園に入学する前の年になっても私を王太子に選ぶことはなかった。
私はその前に、王子としてなすべきことをなそうと考えた。
前のときもおこなった王国に流れる大河の整備だ。今の状態では豊かな実りと同時に恐ろしい氾濫をもたらす危険な存在だが、きちんと整備をして船の運航が可能になれば、この国の流通を支える大切な存在になる。
「よく考えたね、マルクス。とても十歳とは思えない慧眼だよ」
私の提案を聞いて笑顔で頭を撫でてくれた後で、父王は表情を曇らせた。
「でも無理なんだ。この国にも王家にもお金がないからね」
「貴族達に出させれば良いではないですか」
父王は苦笑を漏らす。
「マルクス。貴族は王家に忠誠を誓っているが、なんでも言いなりになる存在ではないんだよ。彼らが私達に従っているのは彼らの領地を守るためだ。自分達の領地が得をしない、それどころか損をするようなことを押し付けたのでは離反されて終わりさ」
「大河が整備されれば貴族達にも利があると思うのですが」
「どんな事業でも利益が出るまでは時間がかかる。今の状態で王家が命令しても、自費で工事を始める貴族はいないだろうね。金がかかる上に、工事の人足として農村の働き手が奪われる。危険な河川工事では人足が怪我をしたり命を喪ったりすることも珍しくはないしね」
でも前のときは出来ていた! 心の中で叫んで気づく。
「……侯爵家は? ガレアーノ侯爵家なら金があるのではないですか?」
「確かにガレアーノ侯爵家はお金持ちだよ。でもそれは、ガレアーノ侯爵家の人間と領民が稼いだお金なんだ。それにね、国境に面したガレアーノ侯爵領は複数の国と対峙している。あそこには諸外国の人と物が集まる。大河を整備して国内の流通を活発にしなくても、欲しいものは手に入るし売りたいものを売ることが出来るんだ」
マルクスはガレアーノ侯爵領に行ったことはなかったっけ、と父王が苦笑する。
ロゼットを嫌っていた私は、前のとき、どんなに誘われてもガレアーノ侯爵領へは行かなかった。今はまだ十歳なので、そもそも王都から出たこともない。
ガレアーノ侯爵領の領都は王都よりも華やかで、手に入らないものはない場所と言われているのだと、父王は悲し気に話し続ける。
「……父上。もし私がガレアーノ侯爵令嬢と婚約していたら、どうだったのでしょう?」
「それなら国と王家に支援して、大河の工事にも協力してくれていただろうね。ロゼット嬢が未来の国母になるのだから」
さまざまな想いがこみ上げて来て、私は俯いた。
父王は優しく頭を撫でてくれる。
「私はマルクスに幸せになって欲しいと思っている。マルクスがロゼット嬢を好きになったというのならガレアーノ侯爵を説得して会う機会を作ってあげるけれど、お金のためならやめておきなさい。王妃になにか言われても、気にすることはないよ」
「え?」
ガレアーノ侯爵を説得、という父王の言葉に首を傾げる。それに、母上?
父王は身分や財力を鑑みて、私とロゼットの婚約を以前からガレアーノ侯爵に打診していたのだと言った。侯爵はロゼットが私と会い、人となりを知って判断するまで待って欲しいと答えたのだという。
そして十歳の誕生パーティで私と会ったロゼットは、私との婚約を拒んだ──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
母上になにか言われても気にするな、という父王の言葉の意味はすぐにわかった。
彼女はいつまでも私とロゼットの婚約にこだわり続けたのだ。
ロゼットはすでにグスマン公爵家のミゲルと婚約を結んでいるというのに、王命で婚約を解消させて私と婚約させろとまで言い出す始末だ。考えてみれば前のときも、母上が父王の名を出して私を説得したのであって、父王ご自身が私に婚約を押し付けたのではなかった気がする。
私は混乱した。
ガレアーノ侯爵家のほうが権力目当てで婚約を押し付けてきたのではなかったのか?
前のときの真実は、今となってはもうわからない。しかし、王家として最低限の基準は満たしているものの、前と比べれば明らかに貧相になった母上のドレスとアクセサリーを思えば、前のときにロゼットの実家であるガレアーノ侯爵家からの支援を一番享受していたのがだれなのかがわかるような気がした。
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ロゼットが妃教育を受けても一向に成長しない無能だったというのも、果たして真実だったのだろうか。
父王は前と変わらず優しいし、私の能力も認めてくださっているけれど、学園に入学する前の年になっても私を王太子に選ぶことはなかった。
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