転生先は殺ル気の令嬢

豆狸

文字の大きさ
上 下
5 / 7

第五話 結婚式

しおりを挟む
 学園の卒業式から一年後、王都の下町にある神殿で、カラベラとフェルナンドの結婚式が開催されていた。
 マレル伯爵邸で開かれなかったのは招待に応じてくれた客が少な過ぎるからだ。
 使用人もいない。

 神殿なら神官や併設された孤児院の子ども達が手伝ってくれるし、酒を振る舞えば見知らぬ人間も参列してくれる。表面だけでも盛り上がっているように見せかけられるのだ。

 わずかな招待客の中にムニョス子爵家の人間はいない。
 フェルナンドはパウリーナがホセファと姿を消した直後に、実の両親から勘当されているからだ。
 理由はもちろん、正式な婚約者より愛人の娘を選んだ息子を認めることで、お家乗っ取りの嫌疑をかけられたくないからである。

(あの青年はだれだったんだ……)

 彼が美しかったことは覚えているのに、それ以外は一切思い出せない。
 四人で何度話し合っても、顔立ちどころか髪や瞳の色さえ定かでない。
 幻だったのではないかと思っては、パウリーナの署名入りの書類を確認して現実だったと確かめる日々だ。

 エレーラ商会には跡取りなどいない。
 嵐で貿易船団が沈んだ後、この王国の浜辺に会頭と子息の遺体が流れ着いている。
 多くの雇用人と船乗り、使い物にならなくなった商品も。

 そのときの貿易では運ぶ予定のなかった商品の入った倉庫は残りの雇用人を道連れにして全焼し、エレーラ商会は完全に消滅したのだ。

 しかし一年前、あのときのマレル伯爵はすっかりそのことを忘れていた。
 いや、忘れていたのとは少し違う。
 あのときのマレル伯爵はエレーラ商会が健在だったころの気持ちになっていたのだ。愛人を囲って賭博をし、好き勝手するためには正妻の実家の機嫌を取らなくてはいけない、という。

 マレル伯爵が思い出した──今の状態に意識が戻ったときは、もうパウリーナの姿はなかった。
 エレーラ商会の跡取りが彼女を迎えに来たという話を絶縁の書類の提出時に語ってしまった後だった。
 今王都では、マレル伯爵は愛人の娘に家を継がせるために正妻の産んだ正式な跡取りを殺したのではないか、そう噂されている。

 存在しないエレーラ商会の人間が迎えに来るはずがないのだから、と。

 カラベラは実家に勘当されて平民となったフェルナンドとは結婚したくないと言ったし、マレル伯爵も娘を金にならない相手と結婚させたくはなかったのだが、学園在学中にずっと異母姉の婚約者フェルナンドと睦み合っていたカラベラのもとへ婿入りしたいという人間はいなかった。
 マレル伯爵家には金銭的な魅力もない。
 伯爵は子爵家がフェルナンド次男への情に流されて、いつか勘当を解いて自家を援助してくれることを期待してカラベラとの結婚を強行したのだった。

 カラベラも伯爵もフェルナンドの意思は最初から気にしていない。
 気にする必要もない。
 パウリーナとの婚約を破棄し、家族に見限られた彼にはもう行けるところはないのだ。

 大神官の前で誓いを交わしたら、神殿の中庭で軽く酒宴を楽しんで終わりだ。
 人脈を作れるかもしれない貴族街の神殿ではなく、マレル伯爵家の得にはならない下町の神殿で結婚式をしているのは、寄進が少なくて貴族街の神殿には断られたからだった。
 本来なら酒宴は神殿から移動して伯爵邸でするものだ。その余裕のない伯爵家には、平民用に庭を貸してくれる下町の神殿で良かったのかもしれない。

 酒宴会場の庭へ出て、マレル伯爵は眉間に皺を寄せた。
 孤児院の子ども達がカラベラとフェルナンドを花で祝福しているのは良いけれど、いつの間にか入り込んだ貧民街の男達が飲み放題の酒樽にしがみ付いている。
 しかも何人もいる。この神殿は下町の中でも貧民街に近い場所にあった。

 目配せをすると、結婚式の警備をしてくれている神殿兵が男達に近寄っていく。
 伯爵と同じくらいの年ごろの男と伯爵の父親くらいの年ごろの老人が、酒樽から顔を上げた。
 同年代の男は帽子を深く被っていて顔はわからない。老人はすでに赤ら顔だったものの、若いころは女性にモテたのではないかと思わせるような端正な顔だった。

 老人が伯爵のほうを向いて、ニタリと笑った。
 不快に感じると同時に、隣にいる後妻が息を呑むのに気づいた。老人が見たのは伯爵ではなく後妻だったようだ。
 老人の視線が花嫁に移動する。

「俺の孫が伯爵家の当主かあ。父親のピラールも冥府で喜んでるだろうなあ」
「なにを……」

 言っているんだと口にしようとして、伯爵は気づいた。
 確かに老人はカラベラと似ている。
 これまでは髪と瞳の色で誤魔化されていたけれど、よく見ればカラベラは伯爵にも後妻にも似ていない。隣の後妻が真っ青になって俯いている。

(……ピラールだと? どこかで聞いたことがあるぞ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】思い込みの激しい方ですね

仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。 私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。 家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか? タウンハウスが小さいからでしょうか? うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。 それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。 この方、大丈夫なのでしょうか? ※HOT最高4位!ありがとうございます!

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

処理中です...