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第一話 屋根裏令嬢
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私は転生者です。
ここは少し古い少女漫画『それは美しい物語』の世界でした。
少し古い、というのは、前世の私が生きていたニホンという国での時代から見ての話です。
職場の近くにあった定食屋で、雑誌棚に置いてあった色褪せた単行本を読んだ記憶があります。
もっとも前世のことは、その単行本の内容以外はぼんやりしています。
『それは美しい物語』の主役は私、マレル伯爵家の令嬢パウリーナではありません。
私は主人公カラベラの同い年の異母姉で敵役です。
パウリーナは、父親のマレル伯爵に母親とともに引き取られたカラベラを執拗に虐める存在なのです。
……前世では悪役令嬢とか呼ばれていた役回りになりますね。
後妻となった愛人と異母妹を嫌って王都にある伯爵邸の屋根裏に閉じ籠り、毒の研究を続ける狂気に満ちたパウリーナからカラベラを守ってくれるのは、ムニョス子爵家のご次男フェルナンド様でした。
でもねえ、フェルナンド様はパウリーナの婚約者なのですよ。
ただの不貞じゃん。おっと、ほとんど現在のパウリーナの意識なのですが、たまに前世のノリが顔を出してしまいます。
そう、不貞なのです。
親娘揃って他人の男がお好きですこと。
たぶん漫画的には、盛り上がる禁断の恋、異母姉妹の悲しき確執、主人公の数奇な運命の顛末やいかに! みたいなつもりだったのでしょう。
残念ながら面白いところもあるものの、それが線でつながっていないという印象でした。一巻で終わっていたので、古い時代でも人気が出なくて打ち切られたんじゃないでしょうか。
そもそも漫画の中では嫉妬深い正妻のせいで父親と一緒に暮らせなかった風に描写されてましたけど、私の母である正妻が亡くなったのは私が六歳のとき、彼女達が王都の伯爵邸に引き取られたのは私が十二歳のときなのです。
祖母が亡くなるまで父の再婚を認めなかったのもあるのですが、父本人も没落貴族の令嬢に過ぎない愛人より高位貴族女性の後妻を求めて社交界に入り浸っていました。
最終的にカラベラ親娘を引き取ったのは祖母が亡くなって、母親の横やりがなくても自分は真面な貴族女性には相手にされないのだと、父が理解したからではないでしょうか。
後、正妻が愛人に嫉妬して嫌うのは当たり前のことだと思います。
私の母は平民の出でした。
豪商として名高いエレーラ商会の娘だったのです。
母の持参金とエレーラ商会からの援助で、母が嫁いで来る前に亡くなった先代伯爵が潰しかけていたマレル伯爵家は立ち直りました。母との縁談を決め、伯爵家の立て直しに尽力したのは祖母です。
とはいえ祖母も実の息子の性根は直せませんでした。
きっと父は女好きの浪費家として有名だった祖父に似たのでしょう。父は賭博が好きなので祖父以上の屑かもしれません。
自家の立て直しに力を貸してくれた正妻を平民だからと無下に扱い、どんなに母親に言われても愛人を囲い続けている男に嫁ぎたいと考える女性がどこにいるでしょう。
お金? 祖母が亡くなり愛人親娘がやって来てから、我が家の財政事情は急降下の一途です。
回復する見込みは皆無です。
私の婚約者フェルナンド様のムニョス子爵家も裕福なわけではありません。我が家に残ったわずかな資産を期待しての縁組です。
賃金不足で日に日に使用人が減っていくと、私付きの侍女のネレアが零していました。漫画では使用人が減っていくのは、私が毒の実験に利用しているからだと言われていましたっけ。
漫画の点と点が線でつながっていなかったのは、主人公に都合の悪いところは描写しなかったからですよね。
あるいは作者の方が事情まで考えずに、刺激的なエピソードを積み重ねていただけだったからかもしれません。
フェルナンド様とのキスシーンやパウリーナの暴れるシーンを入れるとアンケートの順位が上がったと、漫画の幕間に書いてありました。
前世の漫画ではいろいろあった末、最終的に学園の卒業式で婚約を破棄されたパウリーナが、呪いの短剣でカラベラを刺し殺そうとします。
カラベラを庇ったフェルナンドが襲い来るパウリーナを突き飛ばし、転んで頭を打った悪役令嬢が死んでしまってめでたしめでたしです。
少なくとも漫画では、抱き合うカラベラとフェルナンド様が美しい花に包まれて終わっていました。
……不貞の末に邪魔者を殺ッチャッタからって、めでたしめでたしになりますかねえ?
そんな疑問はさておき、今の私は『それは美しい物語』と同じように屋根裏に閉じ籠っています。
漫画と違って毒の研究などしていませんし、屋根裏を出て学園へ通うこともありません。
というか、漫画でも毒の研究はしていなかったような気がします。
パウリーナがカラベラを襲撃するときは、いつも物理攻撃でした。
血走った目で相棒を握って襲いかかっていました。彼女はいつも本気で殺ル気でした。
狂気に満ちた悪役令嬢にするために、毒の研究をしているという設定を生やしたのではないでしょうか。
この王国の貴族子女が通う学園の卒業証書は、貴族家の当主になるときに必須のものです。
父が学園に通わず屋根裏部屋に閉じ籠っている私を無理矢理引きずり出そうとしないのは、私がマレル伯爵家の跡取りに相応しくないとなれば、最愛のカラベラを次期当主に出来るからでしょう。
母の死後の社交界で高位で裕福な貴族女性を捕まえていたら、その瞬間にカラベラとその母親の愛人のことは忘れていたような気がしますが、今は最愛らしいですよ? 自分達のせいではなく、本人が自主的に閉じ籠って当主となる権利を失ったというほうが外聞も良いですしね。
なお私は学園には通っていませんが、屋根裏から一切出ないわけではありません。
数日置きにこっそり部屋から出て、ネレアに用意してもらったお風呂に入っています。
前世の記憶が戻ってから、お風呂に入らずにはいられなくなったのです。
ここは少し古い少女漫画『それは美しい物語』の世界でした。
少し古い、というのは、前世の私が生きていたニホンという国での時代から見ての話です。
職場の近くにあった定食屋で、雑誌棚に置いてあった色褪せた単行本を読んだ記憶があります。
もっとも前世のことは、その単行本の内容以外はぼんやりしています。
『それは美しい物語』の主役は私、マレル伯爵家の令嬢パウリーナではありません。
私は主人公カラベラの同い年の異母姉で敵役です。
パウリーナは、父親のマレル伯爵に母親とともに引き取られたカラベラを執拗に虐める存在なのです。
……前世では悪役令嬢とか呼ばれていた役回りになりますね。
後妻となった愛人と異母妹を嫌って王都にある伯爵邸の屋根裏に閉じ籠り、毒の研究を続ける狂気に満ちたパウリーナからカラベラを守ってくれるのは、ムニョス子爵家のご次男フェルナンド様でした。
でもねえ、フェルナンド様はパウリーナの婚約者なのですよ。
ただの不貞じゃん。おっと、ほとんど現在のパウリーナの意識なのですが、たまに前世のノリが顔を出してしまいます。
そう、不貞なのです。
親娘揃って他人の男がお好きですこと。
たぶん漫画的には、盛り上がる禁断の恋、異母姉妹の悲しき確執、主人公の数奇な運命の顛末やいかに! みたいなつもりだったのでしょう。
残念ながら面白いところもあるものの、それが線でつながっていないという印象でした。一巻で終わっていたので、古い時代でも人気が出なくて打ち切られたんじゃないでしょうか。
そもそも漫画の中では嫉妬深い正妻のせいで父親と一緒に暮らせなかった風に描写されてましたけど、私の母である正妻が亡くなったのは私が六歳のとき、彼女達が王都の伯爵邸に引き取られたのは私が十二歳のときなのです。
祖母が亡くなるまで父の再婚を認めなかったのもあるのですが、父本人も没落貴族の令嬢に過ぎない愛人より高位貴族女性の後妻を求めて社交界に入り浸っていました。
最終的にカラベラ親娘を引き取ったのは祖母が亡くなって、母親の横やりがなくても自分は真面な貴族女性には相手にされないのだと、父が理解したからではないでしょうか。
後、正妻が愛人に嫉妬して嫌うのは当たり前のことだと思います。
私の母は平民の出でした。
豪商として名高いエレーラ商会の娘だったのです。
母の持参金とエレーラ商会からの援助で、母が嫁いで来る前に亡くなった先代伯爵が潰しかけていたマレル伯爵家は立ち直りました。母との縁談を決め、伯爵家の立て直しに尽力したのは祖母です。
とはいえ祖母も実の息子の性根は直せませんでした。
きっと父は女好きの浪費家として有名だった祖父に似たのでしょう。父は賭博が好きなので祖父以上の屑かもしれません。
自家の立て直しに力を貸してくれた正妻を平民だからと無下に扱い、どんなに母親に言われても愛人を囲い続けている男に嫁ぎたいと考える女性がどこにいるでしょう。
お金? 祖母が亡くなり愛人親娘がやって来てから、我が家の財政事情は急降下の一途です。
回復する見込みは皆無です。
私の婚約者フェルナンド様のムニョス子爵家も裕福なわけではありません。我が家に残ったわずかな資産を期待しての縁組です。
賃金不足で日に日に使用人が減っていくと、私付きの侍女のネレアが零していました。漫画では使用人が減っていくのは、私が毒の実験に利用しているからだと言われていましたっけ。
漫画の点と点が線でつながっていなかったのは、主人公に都合の悪いところは描写しなかったからですよね。
あるいは作者の方が事情まで考えずに、刺激的なエピソードを積み重ねていただけだったからかもしれません。
フェルナンド様とのキスシーンやパウリーナの暴れるシーンを入れるとアンケートの順位が上がったと、漫画の幕間に書いてありました。
前世の漫画ではいろいろあった末、最終的に学園の卒業式で婚約を破棄されたパウリーナが、呪いの短剣でカラベラを刺し殺そうとします。
カラベラを庇ったフェルナンドが襲い来るパウリーナを突き飛ばし、転んで頭を打った悪役令嬢が死んでしまってめでたしめでたしです。
少なくとも漫画では、抱き合うカラベラとフェルナンド様が美しい花に包まれて終わっていました。
……不貞の末に邪魔者を殺ッチャッタからって、めでたしめでたしになりますかねえ?
そんな疑問はさておき、今の私は『それは美しい物語』と同じように屋根裏に閉じ籠っています。
漫画と違って毒の研究などしていませんし、屋根裏を出て学園へ通うこともありません。
というか、漫画でも毒の研究はしていなかったような気がします。
パウリーナがカラベラを襲撃するときは、いつも物理攻撃でした。
血走った目で相棒を握って襲いかかっていました。彼女はいつも本気で殺ル気でした。
狂気に満ちた悪役令嬢にするために、毒の研究をしているという設定を生やしたのではないでしょうか。
この王国の貴族子女が通う学園の卒業証書は、貴族家の当主になるときに必須のものです。
父が学園に通わず屋根裏部屋に閉じ籠っている私を無理矢理引きずり出そうとしないのは、私がマレル伯爵家の跡取りに相応しくないとなれば、最愛のカラベラを次期当主に出来るからでしょう。
母の死後の社交界で高位で裕福な貴族女性を捕まえていたら、その瞬間にカラベラとその母親の愛人のことは忘れていたような気がしますが、今は最愛らしいですよ? 自分達のせいではなく、本人が自主的に閉じ籠って当主となる権利を失ったというほうが外聞も良いですしね。
なお私は学園には通っていませんが、屋根裏から一切出ないわけではありません。
数日置きにこっそり部屋から出て、ネレアに用意してもらったお風呂に入っています。
前世の記憶が戻ってから、お風呂に入らずにはいられなくなったのです。
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