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第五話 カッサンドラ

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 カッサンドラは八歳のときに、同い年のヤニスと婚約した。
 ちょうど王妃が国王に嫁いで十年目のことだった。
 もう王妃には子どもが出来ないだろうと思われていたので、そのままヤニスが立太子して王妃の養子となった。

 しばらくすると、カッサンドラの兄やシミティス辺境伯子息ペリクレス、侯爵子息ロウバニス達がヤニスの側近候補となった。
 彼らの婚約者である令嬢達も交えて過ごした日々は光り輝いていた。
 幼いながらも王国の未来を夢見、希望を胸に語り合っていた。そのころのヤニスは恋愛感情こそないものの、婚約者として真摯にカッサンドラと接してくれていた。

 すべてがおかしくなったのは、王国の貴族子女が通う学園へ入学して、ヤニス達が男爵令嬢のイロイダと出会ってからだ。
 ヤニスを中心とする集まりに彼女を連れて来たのは侯爵子息ロウバニスだった、とカッサンドラは記憶している。
 ひとつ年上のカッサンドラの兄は最初から距離を置いてイロイダに接していたが、ヤニス達はどこか庇護欲を誘う儚げな見かけのイロイダに夢中になった。

 魅了でもかけられたのではないかと心配になって、留学生のグナエウスに魅了除けの呪香をわけて欲しいと頼んだこともあったのだけれど、今となってはカッサンドラも理解していた。
 ヤニスは単に、カッサンドラよりもイロイダのほうが好みだったのだ。
 父親である国王に似たのだろう。

 ヤニスの母親である愛妾は、イロイダと同じように庇護欲を誘う儚げな見かけの女性だ。
 国王は自分を支えてくれる有能な王妃よりも、自分がいなければなにも出来ないか弱い愛妾のほうが好みだったのだ。
 そして、それはヤニスも同じ。

 イロイダと愛妾がよく似ていたように、カッサンドラと王妃もよく似ていた。
 銀の髪に青い切れ長の目、整い過ぎた冷たい美貌は凍りついた仮面のようだと、よく陰口を叩かれていた。
 カンバネリス公爵家の忠誠と献身を受け継いだ、国と王家のためなら手を汚すことも辞さない苛烈な性格も──

(叔母様のように利用され続ける人生から解放されて良かった、と思うべきなのかしらね)

 ヌメリウス帝国の宮殿、自分に与えられた部屋の窓際でお茶を飲みながら、カッサンドラは思う。
 ここは後宮の一部だけれど、好色で知られた先代皇帝のときと違って自分の部屋以外は空っぽだ。
 これからもカッサンドラ以外の女性を入れる予定はないと、カッサンドラを帝国へ迎え入れてくれた青年は言った。あれから五年、彼はその言葉を守り続けてくれている。

(私のほうから婚約解消を申し出たほうが良かったのかしら)

 ヤニスが婚約破棄を目論んでいることは、かなり前から気づいていた。
 王妃に相談して何度も話し合って、カッサンドラはそれを受け入れることに決めたのだ。
 まさか冤罪を着せられて国外追放までされるとは思わなかったから。

(とはいえ王命の婚約だったし、こちらから解消を言い出して陛下が関わってきたら、もっと悪いことになっていたかもしれないし)

 心の中に浮かんだ『悪いこと』という言葉に、カッサンドラは兄のことを思い出す。
 カッサンドラの兄はイロイダとヤニスの距離が急激に縮まったころ、だれにも言わず王都のカンバネリス公爵邸を抜け出して行方不明になった。
 王都を流れる河で兄の靴と服の切れ端が見つかったので、事故で河に落ちて亡くなったのだろうと思われている。
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