捨てられた妻は悪魔と旅立ちます。

豆狸

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第十一話 悪魔に望むもの

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  悪魔と契約するとどんな望みでも叶うと聞きますが、悪魔によって得意な分野が違うとも聞いています。

「貴方は……悪魔さんはなにが出来ますの?」
「ハンナ様、私のことはガーヴィンとお呼びください」
「ガーヴィンさんですか?」
「はい」

 悪魔にも名前があるのですね、驚きました。
 いいえ、これは私が見ている夢です。なにがあってもおかしくはありません。
 悪魔に契約を頼まれるだなんて、まるでおとぎ話のようです。

「それでは改めて、ガーヴィンさんはなにが出来ますの?」
「なんでも、と言いたいところなのですけれど、私はまだ生まれて三百年ほどの若輩です。地獄を出たのもこれが初めてでして……貴女が憎んでいる人間を殺す程度のことしか出来ません」
「私が憎んでいる人間?」
「貴女を裏切った夫のデズモンド」
「……」
「ペルブランと関係を持ったのは貴女が眠っていた間ですが、それ以前から彼は貴女を冷遇していましたよね? リンダ様との契約で、私は彼に宿ってずっと守護してきました。だから、彼がしてきたことはすべて知っているのですよ」

 それから、と言って悪魔のガーヴィンさんは言葉を続けます。

「貴女が死ぬと脅してデズモンドを怯えさせ、まんまと寝取ったペルブラン。貴女が嫁ぐ前は味方のような振りをして、嫁いで持参金を出した後は追い出そうとしているフラウダ。彼女はリンダ様の仇でもあります」
「……」
「ご実家の方々はいかがでしょう? ハンナ様のお母上はリンダ様のように殺されたのではありませんが、お亡くなりになってもおかしくないくらい疲れ果てていたのはアウィス伯爵のせいでしょう? そして伯爵を操っていたのはあの愛人ではありませんか。貴女を離れに押し込めて、お母上が稼いだお金を浪費して、自分こそが正当な跡取りであるかのように好き勝手をしていた異母弟のことも憎いのではないですか?」
「……お母様を」
「はい?」
「お母様やリンダ小母様を生き返らせることは出来ませんか?」

 ガーヴィンさんは青紫の瞳に長いまつ毛を伏せて、首を横に振りました。

「申し訳ありません。私にはそのようなことを出来る力はありません。……でも、私が口にしたすべての人間を殺すことは出来ますよ?」

 私は首を横に振りました。

「……デズモンドに愛されたいですか? 残念ながら私にはそちらの力もないのですが、同じように地獄から締め出されている悪魔に声をかけて、惚れ薬を作ってもらうことなら出来ますよ」

 一瞬心が動いたものの、私は再び首を横に振りました。
 自分でももうわからないのです。デズモンド様を愛しているのか、彼に愛して欲しいのか。
 本当に私が愛していたのは、八歳のあの日、お母様とリンダ小母様がお元気だったとき、一緒に鳥の声を聞いて手をつないだ瞬間のデズモンド様だけだったのかもしれません。

 今の私は、もう知っています。
 浮気する鳥もいることを、仲睦まじいつがいに見えても翌年は互いにほかの相手とつがっている鳥もいることを。
 皮肉なことに、デズモンド様に貸していただいた本に書いてあったのです。

『この前本で読んだんだけど、あの鳥は遠い海の向こうから来ているらしいよ』

 デズモンド様の言葉が耳に蘇ります。
 あのときの私は幸せだったのでしょうか。幸せだったと思っていたのですけれど、今はあのときの自分の感情を思い出すことが出来ません。
 私の口から、ぽろりと言葉が零れ落ちました。

「……海」
「ハンナ様?」
「海が見たい、気がします。海と、もっと遠い海の向こうが……」
「かしこまりました。……ハンナ様、貴女の旅には私も同行いたします。リンダ様の件で学習したのです。契約者と離れてはいけないと」

 ガーヴィンさんはとても美しい悪魔です。
 とてもとても美しいのに、妙に真剣な表情でそんなことを言うので、私はなんだか楽しくなって笑ってしまいました。
 これで契約が結ばれてしまったのでしょうか。いいえ、契約書に署名をしていません。これは夢、ただの夢です。

 夢の中のはずなのに瞼を閉じた私は、悪魔ガーヴィンさんの優しい視線を感じながら眠りに就きました。
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