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第六話 悪魔との契約書

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 我が国の国教は光の女神教です。
 光の女神様は愛を司り、慈悲と正義を尊びます。
 光の女神様を祭る神殿にはみっつの大きな禁忌がありました。

 ひとつ目は好色な貴族や豪商によって有名無実なものとなっている不貞の禁忌。
 ふたつ目は親子兄妹による近親婚の禁忌。それは愛ではなく、ケダモノと同じ欲望の産物に過ぎないと言われています。
 そして、最後のみっつ目は悪魔との契約の禁忌です。

 窃盗や殺人などの罪は宗教ではなく法律のほうで禁じられています。

 世界のほとんどのものは光の女神様によってつくられましたが、悪魔は違います。
 みっつの禁忌に限らず罪を犯した邪悪な人間の魂は死後、光の女神様のいらっしゃる天国ではなく地獄へ落ちて罰を受けます。罰を受けても反省しない悪人の魂が放つ邪気が凝固して生まれ出たのが悪魔なのです。
 悪魔は悪人の魂を利用して地獄を富ませ、自分達の生活を豊かにしているそうです。

 より多くの魂を地獄に集めるため、悪魔達は人間と契約して願いを叶える代わりに死後の魂を得ています。
 地獄に落ちた悪人の魂は罰を受けて反省すれば許されて、光の女神様の出す試練に耐えることで天国へ昇れる場合もあります。ですが自ら悪魔と契約して地獄へ連れて行かれた人間の魂は、永遠に許されることはないのです。
 それでも悪魔と契約しようとする人間は後を絶ちません。

 生きていくのが苦しいからでしょうか?
 それもあるでしょう。どんなに努力をしても報われるとは限りません。
 仕事や研究もそうですし、だれかへの愛情ならなおさらです。

 だけどそれ以上に、悪魔が美しいからだと言われています。
 いいえ、逆です。
 悪魔は人間を誘惑するために、だれよりもなによりも美しいのです。

 頭の片隅で学園の卒業パーティで出会った銀髪の青年のことを思い出しながら、私は日記帳の最後の一枚を見つめて震えていました。
 それは悪魔との契約書でした。契約者の名前はリンダ小母様です。
 リンダ小母様が生まれたばかりのデズモンド様の守護を悪魔に願ったのです。

 悪魔との契約は禁忌、大罪です。
 この契約書自体はニセモノでしょう。
 光の女神様はいらっしゃっても、悪魔なんて存在しないのです。すべてが叶うという悪魔との契約はとても魅力的ですけれど、だからこそおとぎ話に過ぎないのです。

 それでも神殿に見つかればリンダ小母様のお墓を暴かれて遺体が捨てられ、果てはデズモンド様とペッカートル侯爵家にまで累が及ぶかもしれないほどの罪なのです。
 にもかかわらず、そこまでするほど、そこまでしなくてはならないと思うほど、デズモンド様を生んだときのリンダ小母様は追い詰められていたのです。
 先々代の侯爵夫妻がお亡くなりになれば、温和な性格で優しくて、だれにでも良い顔をするご自分の夫が、愛人のフラウダを迎え入れてしまうと気づいていたのでしょう。

「……いっそ……」

 無意識に口から漏れた呟きに、私は苦笑しました。
 いっそこの契約書を神殿に突き出して、ペッカートル侯爵家を潰してしまおうかと思ったのです。
 その後の自分がどうなろうとかまいません。

 夫のデズモンド様は私を愛してくれていると思います。
 白い結婚は私の身を守るためです。
 でも彼がペルブラン様に惹かれているのも事実なのです。彼女はとても美しくて、悪魔のように美しくて、同じように美しいデズモンド様と卒業パーティで踊っていた姿はとてもお似合いでした。初めから結ばれることが決まっている運命のふたりであるかのように。

 この契約書を利用してデズモンド様を陥れれば、彼は永遠に私だけの──

「……」

 私は日記帳の最後の一枚を破りました。
 くだらないことを考えるのはやめて、さっさと暖炉で燃やしてしまいましょう。
 デズモンド様は引き出しの鍵を持っていらしたかもしれませんけれど、日記帳の鍵は私が託されていました。彼は日記帳の中身を知りません。リンダ小母様だってデズモンド様の不幸を望みはしないでしょう。

 リンダ小母様が本当に悪魔を呼び出して契約したなんてあり得ません。
 悪魔との契約は禁忌であると同時におとぎ話です。この世界には悪魔なんていません。いるのは私のように邪悪な人間だけなのです。
 そんなことを思いながら暖炉へ向かって歩き出したとき、部屋の扉が叩かれました。
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