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第五話 リンダ小母様の日記帳
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私はペッカートル侯爵邸の女主人の部屋へ入りました。
扉の鍵をかけて、窓を開けます。
扉の鍵をかけるのは私がこの家の人間を信用していないから、窓を開けたのは部屋を閉め切って暖炉を焚いたら、先代侯爵のように室内に充満した悪い空気で意識が朦朧となってしまうかもしれないからです。
まだ冬は終わっていません。
冷え切った部屋を暖めるため暖炉に火を点けて、執務机に向かいます。この部屋には入れていませんが、私を認めてくれている使用人達から当主夫人の仕事を受け取っているのです。
いいように使われているだけかもしれません。でも実家でもお母様を手伝ってやっていたことですし、少しでもデズモンド様の役に立ちたいのです。
私の初恋はデズモンド様です。
八歳のあの日、ふたりで並んで鳥の声を聞いたときから、私は彼を愛しています。
私と同じように父親の浮気で辛い思いをしている彼を救いたいと思ったのです。隣で支え続けたいと願ったのです。……お母様達のことは、残念ながら子どもの私達にはどうしようもありませんでした。
机の引き出しに入れておいた書類を取り出す前に、私は机上に置かれたものに気づきました。
小さな鍵です。
私がいないときにこの部屋へ入れるのは、合鍵を持っている当主のデズモンド様しかいません。彼が置いたのでしょうか。
「もしかして……」
思った通りその小さな鍵は、執務机にいくつかある引き出しの中で唯一鍵がかかる引き出しのものでした。
カチャリと音を立てて引き出しが開いた後で、私はいつも首から提げているペンダントを外しました。
留め金を外して、引き出しの鍵に開いている穴に鎖を通します。
これでペンダントの鎖に通している鍵はふたつです。リンダ小母様がお元気だったころに渡された、引き出しのものよりも小さな鍵は、引き出しの中にあった日記帳の鍵穴と同じ大きさに見えました。
「どうして今引き出しの鍵をくださったのかしら?」
首を傾げながら日記を取り出して鍵を開けます。
表紙をめくり、書かれた文字を追います。
日記帳はリンダ小母様のものでした。何度かいただいたお手紙と同じ、懐かしい筆跡が遺されています。
リンダ小母様は、デズモンド様を身籠ったのを機に日記を書き始めたようです。
そこに書かれていることは、初夜の晩にデズモンド様から聞いたことと同じでした。
妊娠中のリンダ小母様はフラウダに嫌がらせをされていたのです。子どもがいなくなると言われているお茶を飲まされそうになったり、階段から突き落とされそうになったり──当時はご存命だった先々代の侯爵夫妻がフラウダを追い出さなければ、デズモンド様はこの世に生まれて来ていなかったかもしれません。
日記はフラウダが追い出されたところで終わっていましたが、私はその先のことも知っていました。
先々代の侯爵夫妻がお亡くなりになった後、当主となった先代侯爵はフラウダを呼び戻したのです。厳密に言えば、呼び戻したというよりも彼女が無理矢理帰って来たのです。
フラウダは証拠を残していませんでしたし、先代侯爵は愛人に泣きつかれれば言いなりになってしまう方でした。
デズモンド様はフラウダを憎んでいます。
ずっと彼女からリンダ小母様を守ってきたのです。
とはいえ当主になったばかりの彼の力は弱く、今はまだ彼女を追い出そうとしてもほかの使用人達に反対されてしまいます。だから彼女が可愛がっているペルブラン様と一緒に追い出そうと計画しているのです。ペルブラン様に優しくしているのはフラウダを押し付けるため……のはずです。
「……」
フラウダは自分がペッカートル侯爵家の女主人になりたいのでしょう。
女主人になることで、リンダ小母様よりも自分のほうが先代に愛されていたのだと言い張りたいのでしょう。
私が子どもを生んだりしたら、私もデズモンド様も殺した後で、傀儡にした私達の子どもを操って侯爵家に君臨することでしょう。
私達の白い結婚は、ペルブラン様とフラウダを追い出したら終わる予定です。
あのふたりが協力して身籠った私を傷つけようとしたら、新米当主としてペッカートル侯爵の仕事に励まなくてはいけない多忙な自分では守り切れないから、しばらくは白い結婚にしようとおっしゃったのです。
ぼんやりと彼の言葉を思い出しながら、私はデズモンド様の誕生で終わった日記の続きの白紙をめくっていました。
めくり続けて、最後の一枚を目にしたところで私は凍りつきました。
扉の鍵をかけて、窓を開けます。
扉の鍵をかけるのは私がこの家の人間を信用していないから、窓を開けたのは部屋を閉め切って暖炉を焚いたら、先代侯爵のように室内に充満した悪い空気で意識が朦朧となってしまうかもしれないからです。
まだ冬は終わっていません。
冷え切った部屋を暖めるため暖炉に火を点けて、執務机に向かいます。この部屋には入れていませんが、私を認めてくれている使用人達から当主夫人の仕事を受け取っているのです。
いいように使われているだけかもしれません。でも実家でもお母様を手伝ってやっていたことですし、少しでもデズモンド様の役に立ちたいのです。
私の初恋はデズモンド様です。
八歳のあの日、ふたりで並んで鳥の声を聞いたときから、私は彼を愛しています。
私と同じように父親の浮気で辛い思いをしている彼を救いたいと思ったのです。隣で支え続けたいと願ったのです。……お母様達のことは、残念ながら子どもの私達にはどうしようもありませんでした。
机の引き出しに入れておいた書類を取り出す前に、私は机上に置かれたものに気づきました。
小さな鍵です。
私がいないときにこの部屋へ入れるのは、合鍵を持っている当主のデズモンド様しかいません。彼が置いたのでしょうか。
「もしかして……」
思った通りその小さな鍵は、執務机にいくつかある引き出しの中で唯一鍵がかかる引き出しのものでした。
カチャリと音を立てて引き出しが開いた後で、私はいつも首から提げているペンダントを外しました。
留め金を外して、引き出しの鍵に開いている穴に鎖を通します。
これでペンダントの鎖に通している鍵はふたつです。リンダ小母様がお元気だったころに渡された、引き出しのものよりも小さな鍵は、引き出しの中にあった日記帳の鍵穴と同じ大きさに見えました。
「どうして今引き出しの鍵をくださったのかしら?」
首を傾げながら日記を取り出して鍵を開けます。
表紙をめくり、書かれた文字を追います。
日記帳はリンダ小母様のものでした。何度かいただいたお手紙と同じ、懐かしい筆跡が遺されています。
リンダ小母様は、デズモンド様を身籠ったのを機に日記を書き始めたようです。
そこに書かれていることは、初夜の晩にデズモンド様から聞いたことと同じでした。
妊娠中のリンダ小母様はフラウダに嫌がらせをされていたのです。子どもがいなくなると言われているお茶を飲まされそうになったり、階段から突き落とされそうになったり──当時はご存命だった先々代の侯爵夫妻がフラウダを追い出さなければ、デズモンド様はこの世に生まれて来ていなかったかもしれません。
日記はフラウダが追い出されたところで終わっていましたが、私はその先のことも知っていました。
先々代の侯爵夫妻がお亡くなりになった後、当主となった先代侯爵はフラウダを呼び戻したのです。厳密に言えば、呼び戻したというよりも彼女が無理矢理帰って来たのです。
フラウダは証拠を残していませんでしたし、先代侯爵は愛人に泣きつかれれば言いなりになってしまう方でした。
デズモンド様はフラウダを憎んでいます。
ずっと彼女からリンダ小母様を守ってきたのです。
とはいえ当主になったばかりの彼の力は弱く、今はまだ彼女を追い出そうとしてもほかの使用人達に反対されてしまいます。だから彼女が可愛がっているペルブラン様と一緒に追い出そうと計画しているのです。ペルブラン様に優しくしているのはフラウダを押し付けるため……のはずです。
「……」
フラウダは自分がペッカートル侯爵家の女主人になりたいのでしょう。
女主人になることで、リンダ小母様よりも自分のほうが先代に愛されていたのだと言い張りたいのでしょう。
私が子どもを生んだりしたら、私もデズモンド様も殺した後で、傀儡にした私達の子どもを操って侯爵家に君臨することでしょう。
私達の白い結婚は、ペルブラン様とフラウダを追い出したら終わる予定です。
あのふたりが協力して身籠った私を傷つけようとしたら、新米当主としてペッカートル侯爵の仕事に励まなくてはいけない多忙な自分では守り切れないから、しばらくは白い結婚にしようとおっしゃったのです。
ぼんやりと彼の言葉を思い出しながら、私はデズモンド様の誕生で終わった日記の続きの白紙をめくっていました。
めくり続けて、最後の一枚を目にしたところで私は凍りつきました。
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