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第十四話 貴方が真実を教えてくれても
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アカマースがすっかりスクリヴァ公爵邸に馴染み、そもそもどうしてここにいるようになったのかとみんなが考え始めたころ、ヨアニス殿下が我が家を訪れた。
以前いらして監視のアカマースを置いて行ってから、一ヶ月ほど経っただろうか。
その間殿下は、プセマ様の異母兄に会いに行ったりサマラス子爵令嬢に再度聞き取りをしたり、されていたらしい。
前にいらした日と同じように、応接室で向かい合う。
「……プセマは自殺だった、ということになる」
長い沈黙の後で、殿下はおっしゃった。
ことになる、ということは本当は違うのだろうか。
国家の機密に関わるというのなら教えてもらうわけにもいかないが、私への疑いが晴れないのは困ったものだ。私はスクリヴァ公爵家の当主となることが決まっている。私の悪評は公爵家の悪評になってしまうのだ。
「君への疑いは晴らす方向で動く。そもそも卒業パーティにいた私以外の人間は、君がプセマになにか出来るような状況ではなかったことを最初から理解していた」
「それなら良いのですが」
そう答えるしかなかった。
噂の鎮静は難しい。私は無実だと王家が圧力をかければ、そのことこそが無実ではない証拠であるかのように騒がれる可能性もある。
夢の中のように、殺人犯と決めつけられて投獄されなかっただけで良かったと思おう。
「……疑ってすまなかった……」
「プセマ様は殿下の運命でいらっしゃいましたもの。ご自分の運命を喪った方の心が騒ぐのは当たり前のことですわ」
「運命、か」
十四歳のあの日、プセマ様と一緒にいるところを見つかった貴方は、避暑地の別荘へ戻りながら私に言った。
すまない、私は運命を見つけてしまったんだ、と。
大切な運命を見つけてしまったから、泣いている彼女を追いかけずにはいられなかったのだと。
「リディア。私は……私は君のことも愛している」
「殿下?」
「身勝手なことを言っているのは自分でもわかっている。確かに私の運命はプセマだった。彼女を愛していた。でも……それが本当の彼女だったのか、わからなくなったんだ」
殿下はプセマ様が毒を飲んだのは私に罪を着せようとしてのことだったこと、元ハジダキス男爵夫人は厳しかったけれど苛めと言うほどのものではなかったかもしれないということを教えてくれた。
「プセマが毒を飲んでまで君に罪を着せようとしたのは、私の瞳がいつも君を追っていたからなのかもしれない」
「……」
「何度も思ったんだ。あの日、下町で潮風に吹かれて出会ったのが婚約者の君なら良かったのに、と。母上の好きな花を一緒に見たのが、花と同じ色の髪を持つ君なら良かったのにと……思っていたんだ」
殿下はちゃんと知っていてくれた。私がプセマ様を苛めてないことを。
私が婚約解消を言い出したりしなければ、いつか彼の中でプセマ様への気持ちは色褪せた想い出になって消えて行ったのだろうか。
婚約破棄された夢を思い出す。でも夢は夢だ。婚約を解消しなければ、私は国王となった殿下の隣にいたのかもしれない。
「……十四歳のとき、避暑地でのお祭りで、殿下は私の手を振りほどいて彼女を追いました」
「……」
「たとえ六歳のときの殿下にお会いしたのが私だったとしても、貴方はプセマ様を選びます。私は殿下の運命ではないのです」
そして、私の運命も殿下ではない。殿下だったとしても今は変わってしまった。
蜂蜜色と聞いたとき、頭に浮かぶのは殿下の金の髪ではない。
「貴方の運命になれなくて申し訳ありませんでした」
「いや、君が悪いわけじゃない。プセマを選んだのなら彼女を愛し続けなければいけなかったのに、君のことも忘れられなかった私が悪いんだ」
プセマ様の実家は、殿下とプセマ様の関係を言い触らすことで多額の借金をしていた。
彼女が亡くなった今、陞爵されて伯爵家となったといっても借金を返すすべはない。むしろ爵位が上がって領地も増えたことで、必要経費ばかりが増えている。
殿下は婿入りではなくハジダキス伯爵家を買い取るのだという。買い取った代金は借金と相殺されて、平民となるプセマ様の父親の懐には銅貨一枚も入らない。
「伯爵家はいずれプセマの異母兄に返せたら、と思っている。サマラス子爵令嬢の罪も軽減出来るよう努力してみる。私がプセマに夢中になっていたせいで運命を狂わされた人達に、少しでも償いがしたいんだ」
最後にそう言って、殿下はアカマースを連れて帰って行った。
以前いらして監視のアカマースを置いて行ってから、一ヶ月ほど経っただろうか。
その間殿下は、プセマ様の異母兄に会いに行ったりサマラス子爵令嬢に再度聞き取りをしたり、されていたらしい。
前にいらした日と同じように、応接室で向かい合う。
「……プセマは自殺だった、ということになる」
長い沈黙の後で、殿下はおっしゃった。
ことになる、ということは本当は違うのだろうか。
国家の機密に関わるというのなら教えてもらうわけにもいかないが、私への疑いが晴れないのは困ったものだ。私はスクリヴァ公爵家の当主となることが決まっている。私の悪評は公爵家の悪評になってしまうのだ。
「君への疑いは晴らす方向で動く。そもそも卒業パーティにいた私以外の人間は、君がプセマになにか出来るような状況ではなかったことを最初から理解していた」
「それなら良いのですが」
そう答えるしかなかった。
噂の鎮静は難しい。私は無実だと王家が圧力をかければ、そのことこそが無実ではない証拠であるかのように騒がれる可能性もある。
夢の中のように、殺人犯と決めつけられて投獄されなかっただけで良かったと思おう。
「……疑ってすまなかった……」
「プセマ様は殿下の運命でいらっしゃいましたもの。ご自分の運命を喪った方の心が騒ぐのは当たり前のことですわ」
「運命、か」
十四歳のあの日、プセマ様と一緒にいるところを見つかった貴方は、避暑地の別荘へ戻りながら私に言った。
すまない、私は運命を見つけてしまったんだ、と。
大切な運命を見つけてしまったから、泣いている彼女を追いかけずにはいられなかったのだと。
「リディア。私は……私は君のことも愛している」
「殿下?」
「身勝手なことを言っているのは自分でもわかっている。確かに私の運命はプセマだった。彼女を愛していた。でも……それが本当の彼女だったのか、わからなくなったんだ」
殿下はプセマ様が毒を飲んだのは私に罪を着せようとしてのことだったこと、元ハジダキス男爵夫人は厳しかったけれど苛めと言うほどのものではなかったかもしれないということを教えてくれた。
「プセマが毒を飲んでまで君に罪を着せようとしたのは、私の瞳がいつも君を追っていたからなのかもしれない」
「……」
「何度も思ったんだ。あの日、下町で潮風に吹かれて出会ったのが婚約者の君なら良かったのに、と。母上の好きな花を一緒に見たのが、花と同じ色の髪を持つ君なら良かったのにと……思っていたんだ」
殿下はちゃんと知っていてくれた。私がプセマ様を苛めてないことを。
私が婚約解消を言い出したりしなければ、いつか彼の中でプセマ様への気持ちは色褪せた想い出になって消えて行ったのだろうか。
婚約破棄された夢を思い出す。でも夢は夢だ。婚約を解消しなければ、私は国王となった殿下の隣にいたのかもしれない。
「……十四歳のとき、避暑地でのお祭りで、殿下は私の手を振りほどいて彼女を追いました」
「……」
「たとえ六歳のときの殿下にお会いしたのが私だったとしても、貴方はプセマ様を選びます。私は殿下の運命ではないのです」
そして、私の運命も殿下ではない。殿下だったとしても今は変わってしまった。
蜂蜜色と聞いたとき、頭に浮かぶのは殿下の金の髪ではない。
「貴方の運命になれなくて申し訳ありませんでした」
「いや、君が悪いわけじゃない。プセマを選んだのなら彼女を愛し続けなければいけなかったのに、君のことも忘れられなかった私が悪いんだ」
プセマ様の実家は、殿下とプセマ様の関係を言い触らすことで多額の借金をしていた。
彼女が亡くなった今、陞爵されて伯爵家となったといっても借金を返すすべはない。むしろ爵位が上がって領地も増えたことで、必要経費ばかりが増えている。
殿下は婿入りではなくハジダキス伯爵家を買い取るのだという。買い取った代金は借金と相殺されて、平民となるプセマ様の父親の懐には銅貨一枚も入らない。
「伯爵家はいずれプセマの異母兄に返せたら、と思っている。サマラス子爵令嬢の罪も軽減出来るよう努力してみる。私がプセマに夢中になっていたせいで運命を狂わされた人達に、少しでも償いがしたいんだ」
最後にそう言って、殿下はアカマースを連れて帰って行った。
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