貴方の運命になれなくて

豆狸

文字の大きさ
上 下
12 / 15

第十二話 アナタの運命はあの女じゃない<二度目のプセマ視点>

しおりを挟む
 気がつくとアタシは五歳のときに戻っていた。
 母さんと暮らしていた下町の家だ。
 今見るとかなり贅沢な品が並んでいる。十四歳で母さんが死んだ後に引き取られた男爵邸よりも豪奢に見えた。まあ男爵邸のほうも、アタシを案じた王子様が訪ねてきた後は羽振りが良くなったけど。

 ううん、そんなことはどうでも良い。
 どうしてだかわからないけれど、せっかく時間が戻ったのだから、今度こそ王子様と結婚して幸せになってやる。

 あの女と王子様の運命を奪えば、もう彼があの女を見ることはないはずだ。
 アタシはその日を待って、貴族街をうろつき始めた。
 平民の子どもがこんなところにいるなんておかしいと声をかけてきた人間には、父さんの姿が見たくて来たと泣き真似をして見せた。

 そして六歳になってしばらくしたころ、その日が来た。
 ふたりが花屋で会うことは知っている。
 だから先回りして、あの女に野良猫をぶつけてやった。野良猫に引っ掻かれたあの女は、大泣きしながら帰って行ったわ。

 花の色とアタシの髪の色が違うから不安だったけど、綺麗な花だと褒めて、好きだと言えば簡単に王子様は笑顔になった。
 まだ男爵家に引き取られてなかったから、涙を見せる理由はたまにしか父さんに会えないことにした。本当は毎日のように父さんは下町の家へ来てたけど。
 アタシが泣くと、王子様は必死で慰めてくれたわ。

 これで大丈夫。アナタの運命はあの女じゃない。アタシよ!

 十四歳のとき母さんが死んだ。
 事故だったから、どうにかして防ぐことは出来たかもしれない。
 でも母さんが生きてたら男爵家に引き取られないし、避暑地の祭りで王子様と会うことも出来ない。母さんももう十分人生を楽しんだと思うし、べつにいいわよね? 娘のアタシが王子様と結婚して幸せになったら、きっと母さんも喜んでくれるわ。

 避暑地の祭りで王子様を見つけたら、彼の視線がこちらに向くのを待って泣き真似をして見せればいい。
 前のときと同じように、王子様はアタシのところへ駆け寄って来てくれた。
 あの女とつないでいた手なんか振りほどいて。

 王子様は前と同じように父さんの正妻と異母兄を追い出してくれたし、学園の入学式で再会することも出来た。
 今度は六歳のときにも会っているから、三度目の出会いだ。
 これはもう完全に運命でしょう?

 学園での王子様は少し前と違った。
 あまりアタシに話しかけて来なくなったのだ。前はアタシを見つけると自分から声をかけてきたのに。
 アタシとのことを運命だと信じているからこそ、目立つ真似をして止められたくないのかしら。そうね、きっとそうだわ。

 それにこれは都合が良いかもしれない。
 アナタのほうからアタシに近づいてきたときは、あの女が注意するのは婚約者のアナタだ。それにどうこう言える人間なんかいない。
 でもアタシのほうからアナタに近づいたときは、あの女はアタシに注意をする。そのとき大げさに泣き喚いて見せれば、学園の男達がアタシの味方をしてくれる。あの女の悪評が広がっていれば、学園の卒業パーティで婚約破棄をしても文句を言う人間は少なくなるものね。

「……殿下と男爵令嬢は真実の愛で結ばれているらしい」
「運命のふたりなのに見つめ合うだけで我慢している、可哀相に」
「公爵令嬢が邪魔をしているからだ」
「どうせ殿下との婚約もあの気が強くて毒舌な女が無理矢理捻じ込んだのだろう」
「あの女が男爵令嬢を苛めているところを見たぞ!」

 卒業前の学園にはそんな噂が流れるようになって──だけどアナタはあの女と婚約破棄しなかった。
 あの女のほうから婚約解消を言い出したからだ。
 なにかがおかしい? ううん、そんなことないわ。アタシはなにも間違ってない。あの女は自分が王子様の運命でないことに気づいて身を引いただけよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

【完結】誠意を見せることのなかった彼

野村にれ
恋愛
婚約者を愛していた侯爵令嬢。しかし、結婚できないと婚約を白紙にされてしまう。 無気力になってしまった彼女は消えた。 婚約者だった伯爵令息は、新たな愛を見付けたとされるが、それは新たな愛なのか?

【完結】後悔は、役に立たない

仲村 嘉高
恋愛
妻を愛していたのに、一切通じていなかった男の後悔。 いわゆる、自業自得です(笑) ※シリアスに見せかけたコメディですので、サラリと読んでください ↑ コメディではなく、ダークコメディになってしまいました……

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

処理中です...