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第四話 恋の終わり
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「……不貞という罪から始まった関係が『めでたしめでたし』で終わるだなんて、本気で信じていらっしゃったのですか?」
一年ぶりで王宮に招かれたスサナの父の公爵は、パブロの謝罪と魅了の話を聞いて嘲笑を浮かべた。
エスタトゥアの実家の件はまだ公表されていない。
それでも公爵は独自の情報網で真実に辿り着いていたようだ。
彼が当主を務める公爵家は、数代前に王家から分かれた。
当時の国王が正妃の子どもを追い出して、愛人の子どもを王位に就けたのだ。
公爵家の祖は追い出された嫡子である。最初はもっと低い身分の貴族家だったのだが、実績を重ねて能力を示すことで隣国に勧誘されるほどとなった。そこでそのとき王位を継いでいた愛人の孫が、慌てて公爵位を与えて待遇を改めたのだった。
この国の守護女神は真実の愛を祝福し、結婚や婚約の誓いを加護してくれる。
そんな女神だから、結婚の誓いを無視した不貞の子どもが継いだ王家を見捨てて、正当な血筋である公爵家のほうを寵愛しているだろうと噂されている。
パブロとスサナの婚約には、正しい血筋を王家に戻すという目的もあったのだ。
「公爵、私は……」
「もう謝罪は結構です、陛下。貴方が魅了されていたとしても、今は魅了から解き放たれていたとしても、死んでしまったスサナは生き返らないのですから」
「……」
「それに私にも罪がないわけではありません。スサナが側妃入りすることを許してしまいました。あの男爵令嬢は王妃の器ではない。優しく穏やかだと見せかけているのではなく、本当に優しく穏やかな上に身を守る知恵も力も持ち合わせていないのだから悪党どもの良い獲物に過ぎない。スサナが側妃となって国政に関われば、あの男爵令嬢の取り巻き達を駆逐して国が乱れるのを防げるかもしれない……そんなことを考えてしまったのです」
パブロはなにも言葉を発せなかった。
スサナは側妃として国政に関わるどころか、使用人ひとりもいない状態で離れに閉じ込められて凍死したのだ。
公爵が溜息を漏らす。
「私は愚かでした。いつまでも王太子殿下の婚約者の父親の心積もりでいたのですから。スサナと貴方の婚約が解消された時点で、私にとっての一番は公爵領でした。領地を守り、家臣と領民を大切にするのが私の役目です。国政を司るのは私ではない。陛下、貴方のお役目です。貴方の号令があって、初めて動けば良かったのです。そして、その命が公爵家を害するものであれば拒むべきでした」
自分が娘に送った手紙の返事が来なくても、娘からの手紙が送られてこなくても、公爵はスサナの生存を信じていた。
冷遇されていたとしても根は気丈で厳しい性格の彼女なら上手くやると信じて、王宮に入ることさえ出来なくても支援を続けていたのである。
──いや、娘を側妃として王宮という名の密室へ送った以上、後は信じ続けるしかなかったのだ。
スサナの遺体は公爵領へ帰される。
彼女は身籠っていなかった。
王の子を身籠っていない側妃の遺体を王宮の霊廟に納めることは出来ない決まりなのだ。
「恋は三年から五年で終わるという話を聞いたことがあります。終わった後で愛が残るかどうかは、それまでの間どれだけ相手を思いやり大切に出来たかで決まるとか。……スサナと陛下の間には幼いころのような淡い恋心はなくなっていたのでしょう。でもそれまでの間に育んだ愛情は確かにあると感じていました。だから終わった後に残るもののない男爵令嬢との遊びの恋など見逃していたのです」
息子が学園に入学してから急に体調を崩した先王に、少しだけパブロの思い通りにさせてやって欲しいと頼まれたのもある、と公爵は言った。
実際のところ、学園の三年間でパブロとエスタトゥアの恋は終わるはずだった。
卒業を間近に控えたパブロは、これからの人生をともにするのはエスタトゥアではなくスサナだと感じていた。それを望んでいたのだ。しかし、別れるのならその前に、一度だけで良いからと縋られてエスタトゥアを抱いてしまった。
「貴族令嬢にとって純潔は大切なものです。まさか学園を卒業もしていない陛下が男爵令嬢の純潔を奪うとは思ってもみませんでしたよ」
公爵の言葉は事実だった。
いや、貴族令嬢でなかったとしても純潔は気軽に奪って良いものではない。
あのときのパブロは欲望に浮かされて、愛しているはずのエスタトゥアのその後の人生すら考えていなかったのだ。彼女がすでに悪魔魔術師と関係を持っていたというのは、今だから言えることだ。言い訳にもならない。
「王子殿下が陛下のお子であることは間違いありません。正式に婚姻なさった王妃殿下のお産みになられたお子でもあります。子どもに罪はありません。大切にして差し上げてください」
──公爵は娘の遺体とともに自領へと戻っていった。
もうこれまでのように王家を支援してくれることはないだろう。こちらから要求出来る立場でもない。
エスタトゥアの実家は適当な理由をつけて潰す予定だし、そもそもあの家の繁栄は砂上の楼閣に過ぎなかった。
王家の未来は暗く、この事態を招いたのは王であるパブロ自身であった。
胸の中からエスタトゥアへの愛が消えているのは当然だ、とパブロは思う。
彼女への恋心は公爵の言う通り、学園の三年で潰えるものだった。
魅了されていなければ、ひとかけらの愛も芽生えてはいなかっただろう。ただの自己満足に満ちた美しい想い出で終わる程度のものに過ぎなかったのだ。
一年ぶりで王宮に招かれたスサナの父の公爵は、パブロの謝罪と魅了の話を聞いて嘲笑を浮かべた。
エスタトゥアの実家の件はまだ公表されていない。
それでも公爵は独自の情報網で真実に辿り着いていたようだ。
彼が当主を務める公爵家は、数代前に王家から分かれた。
当時の国王が正妃の子どもを追い出して、愛人の子どもを王位に就けたのだ。
公爵家の祖は追い出された嫡子である。最初はもっと低い身分の貴族家だったのだが、実績を重ねて能力を示すことで隣国に勧誘されるほどとなった。そこでそのとき王位を継いでいた愛人の孫が、慌てて公爵位を与えて待遇を改めたのだった。
この国の守護女神は真実の愛を祝福し、結婚や婚約の誓いを加護してくれる。
そんな女神だから、結婚の誓いを無視した不貞の子どもが継いだ王家を見捨てて、正当な血筋である公爵家のほうを寵愛しているだろうと噂されている。
パブロとスサナの婚約には、正しい血筋を王家に戻すという目的もあったのだ。
「公爵、私は……」
「もう謝罪は結構です、陛下。貴方が魅了されていたとしても、今は魅了から解き放たれていたとしても、死んでしまったスサナは生き返らないのですから」
「……」
「それに私にも罪がないわけではありません。スサナが側妃入りすることを許してしまいました。あの男爵令嬢は王妃の器ではない。優しく穏やかだと見せかけているのではなく、本当に優しく穏やかな上に身を守る知恵も力も持ち合わせていないのだから悪党どもの良い獲物に過ぎない。スサナが側妃となって国政に関われば、あの男爵令嬢の取り巻き達を駆逐して国が乱れるのを防げるかもしれない……そんなことを考えてしまったのです」
パブロはなにも言葉を発せなかった。
スサナは側妃として国政に関わるどころか、使用人ひとりもいない状態で離れに閉じ込められて凍死したのだ。
公爵が溜息を漏らす。
「私は愚かでした。いつまでも王太子殿下の婚約者の父親の心積もりでいたのですから。スサナと貴方の婚約が解消された時点で、私にとっての一番は公爵領でした。領地を守り、家臣と領民を大切にするのが私の役目です。国政を司るのは私ではない。陛下、貴方のお役目です。貴方の号令があって、初めて動けば良かったのです。そして、その命が公爵家を害するものであれば拒むべきでした」
自分が娘に送った手紙の返事が来なくても、娘からの手紙が送られてこなくても、公爵はスサナの生存を信じていた。
冷遇されていたとしても根は気丈で厳しい性格の彼女なら上手くやると信じて、王宮に入ることさえ出来なくても支援を続けていたのである。
──いや、娘を側妃として王宮という名の密室へ送った以上、後は信じ続けるしかなかったのだ。
スサナの遺体は公爵領へ帰される。
彼女は身籠っていなかった。
王の子を身籠っていない側妃の遺体を王宮の霊廟に納めることは出来ない決まりなのだ。
「恋は三年から五年で終わるという話を聞いたことがあります。終わった後で愛が残るかどうかは、それまでの間どれだけ相手を思いやり大切に出来たかで決まるとか。……スサナと陛下の間には幼いころのような淡い恋心はなくなっていたのでしょう。でもそれまでの間に育んだ愛情は確かにあると感じていました。だから終わった後に残るもののない男爵令嬢との遊びの恋など見逃していたのです」
息子が学園に入学してから急に体調を崩した先王に、少しだけパブロの思い通りにさせてやって欲しいと頼まれたのもある、と公爵は言った。
実際のところ、学園の三年間でパブロとエスタトゥアの恋は終わるはずだった。
卒業を間近に控えたパブロは、これからの人生をともにするのはエスタトゥアではなくスサナだと感じていた。それを望んでいたのだ。しかし、別れるのならその前に、一度だけで良いからと縋られてエスタトゥアを抱いてしまった。
「貴族令嬢にとって純潔は大切なものです。まさか学園を卒業もしていない陛下が男爵令嬢の純潔を奪うとは思ってもみませんでしたよ」
公爵の言葉は事実だった。
いや、貴族令嬢でなかったとしても純潔は気軽に奪って良いものではない。
あのときのパブロは欲望に浮かされて、愛しているはずのエスタトゥアのその後の人生すら考えていなかったのだ。彼女がすでに悪魔魔術師と関係を持っていたというのは、今だから言えることだ。言い訳にもならない。
「王子殿下が陛下のお子であることは間違いありません。正式に婚姻なさった王妃殿下のお産みになられたお子でもあります。子どもに罪はありません。大切にして差し上げてください」
──公爵は娘の遺体とともに自領へと戻っていった。
もうこれまでのように王家を支援してくれることはないだろう。こちらから要求出来る立場でもない。
エスタトゥアの実家は適当な理由をつけて潰す予定だし、そもそもあの家の繁栄は砂上の楼閣に過ぎなかった。
王家の未来は暗く、この事態を招いたのは王であるパブロ自身であった。
胸の中からエスタトゥアへの愛が消えているのは当然だ、とパブロは思う。
彼女への恋心は公爵の言う通り、学園の三年で潰えるものだった。
魅了されていなければ、ひとかけらの愛も芽生えてはいなかっただろう。ただの自己満足に満ちた美しい想い出で終わる程度のものに過ぎなかったのだ。
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