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二匹目!+一羽目
15・モフモフわんこ、僕っ娘と会う。
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ダンジョンマスター生活三十五日目。
掃除をして、料理やお菓子(この前のクッキーの残り)を用意して、ドキドキしながら待っていると、外で車の停まる音がした。
タロ君を抱っこして玄関の扉から顔を出す。アパート横の道路に見覚えのある車が停まっていた。
「……卯月さん。今日は八雲がお世話になります」
迎えに行ったわたしに車から出てきてお辞儀をしたのは、わたし達の親世代よりも少し若い女性。
真朝ちゃんの才能を見抜いて強化選手に抜擢した、元アスリート現コーチだった。
彼女もオリンピック直前で怪我をして現役を退いた過去がある。師弟で同じ運命を辿ることになるのだろうか。
「こ、こちらこそ。いつも真朝ちゃ……八雲さんがお世話になってます」
コーチに支えられて、松葉杖の真朝ちゃんが後部座席から降りてくる。
ギプスに包まれた右足が痛々しく見えて、わたしは言葉を失った。
彼女がわたしに微笑む。
「やあ晴、元気そうだね。その子が噂のタロ君かい?」
「う、うん、そうだよ。可愛いでしょ?」
「……卯月さん、それでは八雲をお願いします。八雲、私はほかの用事を済ませてくるわ。二時間後に迎えに来たのでいいわね。短いとか言わないでね。あなたはまだ無理ができる体ではないのよ?」
「わかってます。わざわざ送り迎えしてくださってありがとうございます」
「これくらいなんでもないわよ。……じゃあ失礼するわね」
コーチの車が走り去り、わたし達は家庭菜園の世話をしている大家さんに軽く挨拶してから部屋に入った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「椅子のない部屋でごめんね」
「いいよいいよ。この柱にもたれかからせてもらうから」
腰を下ろした真朝ちゃんの位置に合わせてちゃぶ台を設置する。
「お昼どうする? もう食べた?」
「まだ。晴のカレーを期待してきた」
「わふ?」
「ごめんよ、タロ君。犬にはカレーはあげられないんだ」
「わふう……」
タロ君は普通の犬っぽくがっかりして見せていた。
普通の犬じゃなくて犬型モンスターなので、真朝ちゃんが帰ったら味見させてあげる約束になっている。
「タロ君は賢いね。サクラちゃんは、そんなこと言わないで、って感じでグイグイ来てたのに、この子はちゃんと諦めた」
「うん。タロ君は賢いんだよ。はい、どうぞ」
ちゃぶ台の上に、真朝ちゃんと自分のカレーを置く。
ごはんは炊き立てだ。お茶は麦茶。
付け合せは茹でたブロッコリーとカリフラワーにマヨネーズをかけたもの。
「うわあ、美味しそうだね。いただきます」
「召し上がれ」
「わふわふ!」
どうぞどうぞ、と言うようにタロ君が吠える。
今日は接待犬に徹するつもりのようで、座った真朝ちゃんの足にそっと寄り添っていた。
後の影響が予測できないから、お願いするまで『大地の祝福』は使わないようにと言ってある。
「うん、美味しい。カレーってだれが作っても美味しいけど、晴のカレーってときどき無性に食べたくなる味なんだよね」
「高校時代の女子会の想い出と結びついてるからじゃない?」
わたしの家で、真朝ちゃんの家で、玲奈ちゃんの家で、泊りがけの女子会は何度もしたけれど、夕食はいつもわたしのカレーだった。
その代わりふたりはお菓子やジュースを買い込んできてくれてたんだけどね。
要するに、お小遣いの少ないヤツは労力を出せ、ということだったのだ。
「そうだね。晴は帰宅部だったけど、玲奈は生徒会やってたし僕も陸上部があったしで、一緒に過ごせるときは限られてたからね」
真朝ちゃんは僕っ娘だ。
もちろんコーチを初めとする大人の前では『私』を使っている。
大人……わたしはもう二十歳だけど、真朝ちゃんと玲奈ちゃんはまだ十代なんだよね。年齢を重ねれば重ねるほど、このわずかな差が気になるようになっていくのかなあ。
──カチャン。
スプーンがお皿に当たる音がして、わたしは真朝ちゃんを見つめた。
彼女は俯いて小刻みに震えている。
……こういうときって、なんて言ったらいいんだろう。
「やっぱり晴に会うのはもっと後にすれば良かった。玲奈がうるさいし、コーチにまで言われたから来たけど……晴の顔見てたら気が緩んじゃった。こんなことで泣いてちゃいけないのに」
「なんで?」
「わふ?」
「なんでって、もっと辛い状況で苦しんでる人はたくさんいるじゃん。僕はもうアスリートレベルで走れないかもしれないけど、命は助かったわけで……」
「真朝ちゃんが泣かなかったからって、だれかが助かるわけじゃないよ?」
「わふわふ」
真朝ちゃんは吹き出した。
「晴には敵わないなあ。君さ、自分を玲奈と比べて常識人だとか思ってるみたいだけどね、実はかなりの変人だからね?」
「失礼なー。僕っ娘王子様キャラの真朝ちゃんに言われたくありません」
真朝ちゃんはショートヘアで長身。中性的な印象のため『僕』という一人称を使っても違和感がない。
基本親切で優しい性格なのもあって、中高時代は共学校だったにもかかわらず女生徒の人気を独占していた。
でも……
「本当は少女漫画と恋愛映画が大好きなくせにー」
「晴と玲奈のほうが変わってるの。年ごろの女子は恋愛に憧れを持つものだよ」
「そんな真朝ちゃんのためにネットチャンネルで恋愛映画でも流そうか? すっごい悲恋ものだから、少女趣味な真朝ちゃんは泣いちゃうかもね」
「……うん、そうだね、泣いちゃうかもな」
記録が伸び悩んだり部活の人間関係で苦しんだりしていても、真朝ちゃんはわたしや玲奈ちゃんに相談して泣きついたりする子じゃなかった。
意地っ張りなのだ。王子様として慕ってくる女の子達のために虚勢を張っているのもあっただろう。
悪友であるわたしと玲奈ちゃんが彼女を素直にさせるためにおこなう最後の手段は、彼女の好きな少女漫画や恋愛映画の中から泣ける悲恋ものを選んで与えることだった。
「わふわふ(涙は心の汗なのだ)」
恋愛映画のオープニングが始まっただけで涙をこぼし始めた真朝ちゃんを見て、タロ君がドヤ顔で念話を送ってきた。
そんな言葉どこで覚えたんだろう。ヒーロードラマにでも出てきたのかな。
『大地の祝福』を使うかどうかは熟考してからになるけど、とりあえず真朝ちゃんが帰るときにはラブロマンス好きのフヨウを護衛につけようと、わたしは決めたのだった。
掃除をして、料理やお菓子(この前のクッキーの残り)を用意して、ドキドキしながら待っていると、外で車の停まる音がした。
タロ君を抱っこして玄関の扉から顔を出す。アパート横の道路に見覚えのある車が停まっていた。
「……卯月さん。今日は八雲がお世話になります」
迎えに行ったわたしに車から出てきてお辞儀をしたのは、わたし達の親世代よりも少し若い女性。
真朝ちゃんの才能を見抜いて強化選手に抜擢した、元アスリート現コーチだった。
彼女もオリンピック直前で怪我をして現役を退いた過去がある。師弟で同じ運命を辿ることになるのだろうか。
「こ、こちらこそ。いつも真朝ちゃ……八雲さんがお世話になってます」
コーチに支えられて、松葉杖の真朝ちゃんが後部座席から降りてくる。
ギプスに包まれた右足が痛々しく見えて、わたしは言葉を失った。
彼女がわたしに微笑む。
「やあ晴、元気そうだね。その子が噂のタロ君かい?」
「う、うん、そうだよ。可愛いでしょ?」
「……卯月さん、それでは八雲をお願いします。八雲、私はほかの用事を済ませてくるわ。二時間後に迎えに来たのでいいわね。短いとか言わないでね。あなたはまだ無理ができる体ではないのよ?」
「わかってます。わざわざ送り迎えしてくださってありがとうございます」
「これくらいなんでもないわよ。……じゃあ失礼するわね」
コーチの車が走り去り、わたし達は家庭菜園の世話をしている大家さんに軽く挨拶してから部屋に入った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「椅子のない部屋でごめんね」
「いいよいいよ。この柱にもたれかからせてもらうから」
腰を下ろした真朝ちゃんの位置に合わせてちゃぶ台を設置する。
「お昼どうする? もう食べた?」
「まだ。晴のカレーを期待してきた」
「わふ?」
「ごめんよ、タロ君。犬にはカレーはあげられないんだ」
「わふう……」
タロ君は普通の犬っぽくがっかりして見せていた。
普通の犬じゃなくて犬型モンスターなので、真朝ちゃんが帰ったら味見させてあげる約束になっている。
「タロ君は賢いね。サクラちゃんは、そんなこと言わないで、って感じでグイグイ来てたのに、この子はちゃんと諦めた」
「うん。タロ君は賢いんだよ。はい、どうぞ」
ちゃぶ台の上に、真朝ちゃんと自分のカレーを置く。
ごはんは炊き立てだ。お茶は麦茶。
付け合せは茹でたブロッコリーとカリフラワーにマヨネーズをかけたもの。
「うわあ、美味しそうだね。いただきます」
「召し上がれ」
「わふわふ!」
どうぞどうぞ、と言うようにタロ君が吠える。
今日は接待犬に徹するつもりのようで、座った真朝ちゃんの足にそっと寄り添っていた。
後の影響が予測できないから、お願いするまで『大地の祝福』は使わないようにと言ってある。
「うん、美味しい。カレーってだれが作っても美味しいけど、晴のカレーってときどき無性に食べたくなる味なんだよね」
「高校時代の女子会の想い出と結びついてるからじゃない?」
わたしの家で、真朝ちゃんの家で、玲奈ちゃんの家で、泊りがけの女子会は何度もしたけれど、夕食はいつもわたしのカレーだった。
その代わりふたりはお菓子やジュースを買い込んできてくれてたんだけどね。
要するに、お小遣いの少ないヤツは労力を出せ、ということだったのだ。
「そうだね。晴は帰宅部だったけど、玲奈は生徒会やってたし僕も陸上部があったしで、一緒に過ごせるときは限られてたからね」
真朝ちゃんは僕っ娘だ。
もちろんコーチを初めとする大人の前では『私』を使っている。
大人……わたしはもう二十歳だけど、真朝ちゃんと玲奈ちゃんはまだ十代なんだよね。年齢を重ねれば重ねるほど、このわずかな差が気になるようになっていくのかなあ。
──カチャン。
スプーンがお皿に当たる音がして、わたしは真朝ちゃんを見つめた。
彼女は俯いて小刻みに震えている。
……こういうときって、なんて言ったらいいんだろう。
「やっぱり晴に会うのはもっと後にすれば良かった。玲奈がうるさいし、コーチにまで言われたから来たけど……晴の顔見てたら気が緩んじゃった。こんなことで泣いてちゃいけないのに」
「なんで?」
「わふ?」
「なんでって、もっと辛い状況で苦しんでる人はたくさんいるじゃん。僕はもうアスリートレベルで走れないかもしれないけど、命は助かったわけで……」
「真朝ちゃんが泣かなかったからって、だれかが助かるわけじゃないよ?」
「わふわふ」
真朝ちゃんは吹き出した。
「晴には敵わないなあ。君さ、自分を玲奈と比べて常識人だとか思ってるみたいだけどね、実はかなりの変人だからね?」
「失礼なー。僕っ娘王子様キャラの真朝ちゃんに言われたくありません」
真朝ちゃんはショートヘアで長身。中性的な印象のため『僕』という一人称を使っても違和感がない。
基本親切で優しい性格なのもあって、中高時代は共学校だったにもかかわらず女生徒の人気を独占していた。
でも……
「本当は少女漫画と恋愛映画が大好きなくせにー」
「晴と玲奈のほうが変わってるの。年ごろの女子は恋愛に憧れを持つものだよ」
「そんな真朝ちゃんのためにネットチャンネルで恋愛映画でも流そうか? すっごい悲恋ものだから、少女趣味な真朝ちゃんは泣いちゃうかもね」
「……うん、そうだね、泣いちゃうかもな」
記録が伸び悩んだり部活の人間関係で苦しんだりしていても、真朝ちゃんはわたしや玲奈ちゃんに相談して泣きついたりする子じゃなかった。
意地っ張りなのだ。王子様として慕ってくる女の子達のために虚勢を張っているのもあっただろう。
悪友であるわたしと玲奈ちゃんが彼女を素直にさせるためにおこなう最後の手段は、彼女の好きな少女漫画や恋愛映画の中から泣ける悲恋ものを選んで与えることだった。
「わふわふ(涙は心の汗なのだ)」
恋愛映画のオープニングが始まっただけで涙をこぼし始めた真朝ちゃんを見て、タロ君がドヤ顔で念話を送ってきた。
そんな言葉どこで覚えたんだろう。ヒーロードラマにでも出てきたのかな。
『大地の祝福』を使うかどうかは熟考してからになるけど、とりあえず真朝ちゃんが帰るときにはラブロマンス好きのフヨウを護衛につけようと、わたしは決めたのだった。
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