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一匹目!
43・モフモフわんこと紺碧の海
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(海だよ、タロ君)
(海なのだ、マスター)
ダンジョンマスター生活九日目。
わたしとタロ君は船の甲板にいた。
昨日ヒーローショーから家に帰ってすぐ、実家の母から電話があったのだ。早く帰省しろと急かされて、翌朝(昼だったけど)大家さんとお隣さんに挨拶をしてから電車に飛び乗った次第である。
まあお盆前後に帰るよりは、のんびりできていいかな。
がら空きの船内で自由席に座ってても良かったんだけど、タロ君に海を見せたかったわたしは甲板のベンチにキャリーバッグを抱いて座っていた。後の荷物は肩にかけたショルダーバッグ(中にノーパソと財布)だけだ。
帰省する良さは、重い荷物を持って行かなくても実家には最初から着替えがあるってところだよね。
「あ」
昨夜ネットで見たシルエットが、海上に浮かび上がる。
(タロ君、あの島にもダンジョンがあるんだって。なにか感じる?)
(んー、マスターのダンジョンじゃないなら吾には関係ないのだ)
(それもそうだね。……ウメ子達は?)
「「……オォォ……」」
よくわからない、という感じの意識が返ってくる。
ゴーストはどうも念話が苦手なようだ。
ホラーではよく頭の中に呼びかけてくる気がするんだけど、あれはもっと力の強いモンスターじゃないと無理なのかな。
今日の同行ゴーストはウメ子とサクラ子。
動物動画や映画が好きなモモ子には乙女ちゃんを護衛してもらう予定でお留守番、サクラ子は……名前的に実家を護衛してもらおうと思っている。
ヒーロードラマ好きのウメ子は悩んだ末、帰郷したら会う予定の親友、雨崎玲奈ちゃんを護衛してもらうことにした。玲奈ちゃんはヒーロードラマに興味ないけど、FPS中毒のゲームジャンキーで銃撃戦が出てくるアクション映画が好きなのだ。
玲奈ちゃんへのお土産買ってないけど、なににしようかな。
FPS中毒になる前は洋ゲーのRPGにハマってたから、それっぽい武器のアイテムコアでも作ってあげたら大喜びしそう。……そのままダンジョンに突入しかねないから止めておこうか。
黙ってたら美少女なんだけどねえ。
「……電車に一時間も乗ってたから、なんか疲れたね」
「わふう」
アパートのある町から隣町の港まで、車なら三十分だが電車だと一時間だ。隣町というと近そうなんだけど、お互いの町の端から端までなのでかなり距離がある。
港は港で町の中心部からは外れているしね。
去年ヒーローショーに行ったときのハル君も半分寝てたっけ。
船の乗船時間は二時間。
家をでるのが遅かったのもあるが、船の便自体さほど多くはない。わたしが乗ったのは夕方近くの便だった。
いくら七月で日が落ちるのが遅くても故郷に着くころには辺りが暗くなっていそうだ。
潮の香りが鼻孔をくすぐる。
湿った風が心地良い。いや、ウメ子達の闇の魔気で涼しいからなんだけど。
とはいえ、さすがに二十歳ひとり旅のJDが甲板のベンチで寝ていたら、危機管理意識がないにもほどがあるよね。
「ダーリン撮って撮ってー」
「君は夕焼けに染まった海よりも綺麗だよ、僕のヴィーナス」
……あ、カップルだ。
こういうときは彼氏が欲しくなるよね。ベンチで寝ている間ガードしてくれる彼氏が。
タロ君やウメ子達が頼りにならないわけじゃないんだけどさ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──思った通り、故郷の港に着いたのは空で星が瞬き始めるころだった。
「ここから実家まで電車で一時間半だよ」
「わふう……」
「今日はお兄ちゃんが迎えに来てくれるから安心して。でもその前に家用のお土産買っとかなきゃね。船の中の売店で買っておけば良かったよ」
「わふわふ」
お土産にするつもりだった苺は昨日作って食べちゃったからね。
あの苺は我ながら上出来だ。実家でもこっそり作って振る舞いたいな。
その前に陶器の腕輪を作成しないといけないけど。
「帰りに忘れないよう大家さんや葉山さんとこへのお土産も先に買っておこうかな」
「……晴」
ターミナルのお土産物屋を見回っていたら、聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると懐かしき(ゴールデンウィークで帰ったときにも会ったけど)家族の顔。
両親と同居している兄一家だ。
「お兄ちゃん……と、お義姉さんと歌音」
「晴ちゃん、久しぶり」
「ハルちゃん、わんこはそのバッグの中? カノが持つの!」
「歌音、タロ君だよ。よろしくね。タロ君、歌音だよ」
「わふ」
「カワイー」
キャリーバッグの透明な窓(閉めてます)を中から鼻でつついたタロ君に、歌音が歓声を上げる。
モンスターのタロ君自体は軽いもののキャリーバッグは重いので、お兄ちゃんにお願いしてお土産選びに戻った。
バッグを持ちたかったらしい歌音に睨まれる。ヤダ、五歳児怖い。
(マスターの姪! マスターにそっくりなのだ!)
タロ君が嬉しそうな念話を送ってきた。
……そうかな? 歌音はお義姉さんにそっくりで、わたしより綺麗な美人顔だと思う。
十歳違いの老け顔で、たまにわたしのお父さんと間違われるお兄ちゃんが、キャリーバッグを手に尋ねてくる。
「晴、お前の配信動画見たんだが、登録者数がすごいことになってなかったか?」
「そうだった? 昨夜はお母さんから電話来て帰省の用意してたから、動画はチェックしてないんだよね」
往復一時間のドライブで心地良く疲れていたせいもあり、昨夜は早寝した。
ダンジョンへの訪問者通知にも気づかないくらい熟睡したよ。
ずっと運転してくれていた葉山さん(大人のほう・弟)には大変申し訳ないと思っている。ハル君ふー君は良い子だったから、結局苺しか貢献してない。
「動画の広告収入が入っても調子に乗って無駄遣いするなよ?」
「そのときはお兄ちゃん、税金のこととか教えてね」
「すぐ人に頼るんじゃない」
「はーい」
お土産物の賞味期限は長いけど、いつまで帰省しているかわからないし、アパートのほうのお土産を今日買うのはやめておくことにした。
……電車+船で昨日の二倍眠い。
結局わたしは、お兄ちゃんの車の中で熟睡してしまったのだった。なんか寝てばっかりだな、わたし。
(海なのだ、マスター)
ダンジョンマスター生活九日目。
わたしとタロ君は船の甲板にいた。
昨日ヒーローショーから家に帰ってすぐ、実家の母から電話があったのだ。早く帰省しろと急かされて、翌朝(昼だったけど)大家さんとお隣さんに挨拶をしてから電車に飛び乗った次第である。
まあお盆前後に帰るよりは、のんびりできていいかな。
がら空きの船内で自由席に座ってても良かったんだけど、タロ君に海を見せたかったわたしは甲板のベンチにキャリーバッグを抱いて座っていた。後の荷物は肩にかけたショルダーバッグ(中にノーパソと財布)だけだ。
帰省する良さは、重い荷物を持って行かなくても実家には最初から着替えがあるってところだよね。
「あ」
昨夜ネットで見たシルエットが、海上に浮かび上がる。
(タロ君、あの島にもダンジョンがあるんだって。なにか感じる?)
(んー、マスターのダンジョンじゃないなら吾には関係ないのだ)
(それもそうだね。……ウメ子達は?)
「「……オォォ……」」
よくわからない、という感じの意識が返ってくる。
ゴーストはどうも念話が苦手なようだ。
ホラーではよく頭の中に呼びかけてくる気がするんだけど、あれはもっと力の強いモンスターじゃないと無理なのかな。
今日の同行ゴーストはウメ子とサクラ子。
動物動画や映画が好きなモモ子には乙女ちゃんを護衛してもらう予定でお留守番、サクラ子は……名前的に実家を護衛してもらおうと思っている。
ヒーロードラマ好きのウメ子は悩んだ末、帰郷したら会う予定の親友、雨崎玲奈ちゃんを護衛してもらうことにした。玲奈ちゃんはヒーロードラマに興味ないけど、FPS中毒のゲームジャンキーで銃撃戦が出てくるアクション映画が好きなのだ。
玲奈ちゃんへのお土産買ってないけど、なににしようかな。
FPS中毒になる前は洋ゲーのRPGにハマってたから、それっぽい武器のアイテムコアでも作ってあげたら大喜びしそう。……そのままダンジョンに突入しかねないから止めておこうか。
黙ってたら美少女なんだけどねえ。
「……電車に一時間も乗ってたから、なんか疲れたね」
「わふう」
アパートのある町から隣町の港まで、車なら三十分だが電車だと一時間だ。隣町というと近そうなんだけど、お互いの町の端から端までなのでかなり距離がある。
港は港で町の中心部からは外れているしね。
去年ヒーローショーに行ったときのハル君も半分寝てたっけ。
船の乗船時間は二時間。
家をでるのが遅かったのもあるが、船の便自体さほど多くはない。わたしが乗ったのは夕方近くの便だった。
いくら七月で日が落ちるのが遅くても故郷に着くころには辺りが暗くなっていそうだ。
潮の香りが鼻孔をくすぐる。
湿った風が心地良い。いや、ウメ子達の闇の魔気で涼しいからなんだけど。
とはいえ、さすがに二十歳ひとり旅のJDが甲板のベンチで寝ていたら、危機管理意識がないにもほどがあるよね。
「ダーリン撮って撮ってー」
「君は夕焼けに染まった海よりも綺麗だよ、僕のヴィーナス」
……あ、カップルだ。
こういうときは彼氏が欲しくなるよね。ベンチで寝ている間ガードしてくれる彼氏が。
タロ君やウメ子達が頼りにならないわけじゃないんだけどさ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──思った通り、故郷の港に着いたのは空で星が瞬き始めるころだった。
「ここから実家まで電車で一時間半だよ」
「わふう……」
「今日はお兄ちゃんが迎えに来てくれるから安心して。でもその前に家用のお土産買っとかなきゃね。船の中の売店で買っておけば良かったよ」
「わふわふ」
お土産にするつもりだった苺は昨日作って食べちゃったからね。
あの苺は我ながら上出来だ。実家でもこっそり作って振る舞いたいな。
その前に陶器の腕輪を作成しないといけないけど。
「帰りに忘れないよう大家さんや葉山さんとこへのお土産も先に買っておこうかな」
「……晴」
ターミナルのお土産物屋を見回っていたら、聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると懐かしき(ゴールデンウィークで帰ったときにも会ったけど)家族の顔。
両親と同居している兄一家だ。
「お兄ちゃん……と、お義姉さんと歌音」
「晴ちゃん、久しぶり」
「ハルちゃん、わんこはそのバッグの中? カノが持つの!」
「歌音、タロ君だよ。よろしくね。タロ君、歌音だよ」
「わふ」
「カワイー」
キャリーバッグの透明な窓(閉めてます)を中から鼻でつついたタロ君に、歌音が歓声を上げる。
モンスターのタロ君自体は軽いもののキャリーバッグは重いので、お兄ちゃんにお願いしてお土産選びに戻った。
バッグを持ちたかったらしい歌音に睨まれる。ヤダ、五歳児怖い。
(マスターの姪! マスターにそっくりなのだ!)
タロ君が嬉しそうな念話を送ってきた。
……そうかな? 歌音はお義姉さんにそっくりで、わたしより綺麗な美人顔だと思う。
十歳違いの老け顔で、たまにわたしのお父さんと間違われるお兄ちゃんが、キャリーバッグを手に尋ねてくる。
「晴、お前の配信動画見たんだが、登録者数がすごいことになってなかったか?」
「そうだった? 昨夜はお母さんから電話来て帰省の用意してたから、動画はチェックしてないんだよね」
往復一時間のドライブで心地良く疲れていたせいもあり、昨夜は早寝した。
ダンジョンへの訪問者通知にも気づかないくらい熟睡したよ。
ずっと運転してくれていた葉山さん(大人のほう・弟)には大変申し訳ないと思っている。ハル君ふー君は良い子だったから、結局苺しか貢献してない。
「動画の広告収入が入っても調子に乗って無駄遣いするなよ?」
「そのときはお兄ちゃん、税金のこととか教えてね」
「すぐ人に頼るんじゃない」
「はーい」
お土産物の賞味期限は長いけど、いつまで帰省しているかわからないし、アパートのほうのお土産を今日買うのはやめておくことにした。
……電車+船で昨日の二倍眠い。
結局わたしは、お兄ちゃんの車の中で熟睡してしまったのだった。なんか寝てばっかりだな、わたし。
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