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一匹目!
31・モフモフわんことポーションと
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……はあ。
眠りの中、わたしは溜息をついた。
なんというか、いっぱいいっぱいなのだ。
二十歳の女子大生に過ぎないわたしにとって『死』は遠いものだった。
コンビニの店長さんの死はショックだったものの、バイトの先輩から連絡があっただけでご遺体は見ていない。
サクラのときもペット霊園での葬儀には立ち会えなかった。わたしが戻ったときはもう、すべてが終わっていた。
ましてや自分が死ぬなんて、ありえないような気がしていた。
今だってDPが0になったら死ぬなんて信じ切れてない。
でもこのダンジョンや『転移』の力が、わたしの中にダンジョンコアがあることを思い知らせてくる。
DP0で死ぬ、なんてことさえなかったら、結構悪くない状況だと思う。
タロ君は可愛いし、MPを調整してアイテムコアを作成するのは楽しいし、作ったアイテムコアで魔法を使うのも面白いし、タロ君は可愛いし(大事なことなので二回言う)。
せっかくすごいことができるんだから社会に貢献すべきじゃないのか、なんて考えたりもする。もっとポーションをドロップするモンスターを増やしたり、困っている人のためになる魔法を付与したアイテムコアを作ったり、とかね。
まあ世間知らずでお花畑のわたしでも、さすがにこの秘密をだれかに知られたら取り返しがつかないってことはわかってる。
自国に利用されるならまだいいほうで、タチの悪い国や組織に家族や友達、ご近所さんを人質に取られて悪用されかねない。
秘密はだれにも明かさないつもりだけど、将来なにが起こるかなんてだれにもわからない。タロ君がゴーストの護衛をつけるなんてことを思いついてくれて良かったよ。
タロ君……うん、タロ君と会えたのは良かったな。
ひとりだったら自暴自棄になるか、変な選民思想に憑りつかれてたかもしれない。
タロ君がいるから頑張ろうと思えるし、タロ君がいるから安らげる。
──ツンツン。
なにかがわたしをつついている。
──ツンツンツン。
少し湿ったそれは柔らかくて小さくて、犬の鼻だとわかった。
タロ君だ。タロ君の鼻につつかれて目覚めてから、ダンジョンマスター生活が始まったんだよね。
一週間も経ってないのに随分前な気がすると思いながら、わたしは目を開けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「マスター」
「タロ君」
昼寝のときはオルトロスモードでソファ代わりをしてくれていたタロ君が、黒い豆柴モードでわたしをつついていた。
嬉しそうに迎えてくれたのは嬉しかったが……なんなんだろう、これは。
まるで怪しい儀式でもするかのように、わたしの周りに転々とモンスターコアが置かれていた。
「えっと……これなぁに?」
「影のコアだぞ。マスターの腕輪は後一回しか使えないから、新しいのを作らなくてはいけないのだ」
「そっか。ありがとう」
ドヤ顔のタロ君は可愛い。
きっと苺が気に入ったんだろう。
わたしはモンスターコアを拾い集めた。そのままドロップ品リストに登録しておけば荷物にならないかな。
「九個?」
「ん。吾のMPを全部使ってしまうと、なにかあったときに困るからな。1000MPだけ残して、後は影に使ったのだ」
「なるほど」
ボス部屋のステージに目をやる。
そこはもう苺畑ではなかった。
スライムのアジサイ達が茎や葉っぱも全部食べてくれている。
「そういえばモンスターコアってポーションの材料になるんだよね」
「ん。下級モンスターのコアなら十瓶だが、吾の影のコアなら千瓶は作れるな」
「そんなに? でも薬草もたくさん必要になるんじゃない? というか……薬草使ったらスライムはどうなるの?」
声を潜めて聞いたのだが、
(((薬草をお求めですか、マスター!)))
わたしの質問を耳にしたアジサイ達がステージを降りて、ぽんぽんと飛び跳ねながら近づいてきた。
「え、ちょっと気になっただけよ。あなた達の命を奪うつもりはないわ」
とか言いつつ、マッドゴーレムとゴーストが人間に倒されてもなにもしない偽善者なんですがね。
ゲームみたいだから気にならないけど、よく考えるとなんか複雑な気分になるんだよねえ。
人間を呼び寄せなくちゃDPを稼げないから仕方ないとはいえ、なんかさ。
(((私どもは感覚を共有しておりますし、死んだら繋がっている親株か子株が知識を受け継ぐので大丈夫ですよ)))
「吾もリポップするから倒されてもマスターのことは忘れないのだ。でもでも! そこらの人間に倒されるような吾ではないのだ!」
わたしと違い、タロ君達はそういうことを気にしてはいないようだ。
いや、多少は気にしようよ。
タロ君が倒されたら、リポップするってわかってても悲しいよ?
(((それに薬草をお渡ししても私どもは死にませんよ)))
「そうなの?」
「薬草はスライムが吸収した魔力の余剰で生じたものだから、なくなってもスライム本体に問題は起こらない。ただ……」
「ただ?」
「モンスターコアよりも繊細な魔力の結晶なので、スライムから出すと溶けて消えてしまうのだ」
「じゃあどうやってポーションを作るの?」
「異世界の魔法使い達は、自分達の持つモンスターコアにスライムの中の薬草を『転移』させてポーションを作るのだ」
ああ、それでスライムを倒してもドロップ品がなかったんだ。
じゃあこの世界の人間にはポーションは作成できないなあ。わたしの『転移』はホームとダンジョン限定だしね。
とか考えていたら、
「……うわ! 急にどうしたの?」
目の前でいきなりアジサイ達が合体し始めた。
はわー、ゲームみたい。
天井からも数対落ちてくる。落ちてくるのはどれも体内に花が咲いている個体だ。
呑気に眺めているうちに、アジサイはオルトロスモードのタロ君を飲み込めそうなくらい巨大なスライムになった。
心なしかボス部屋が狭い。
白いのも緑のも入り混じった半透明の、スーパーやデパートにある子どもが入ってボールで遊ぶヤツみたいなスライムの中には、たくさんの花が浮かんでいる。
(((タロ様のシャドウコアでポーションを作るとなりますと、マスターがおっしゃる通り薬草も大量に必要となりますし、できるポーションも大量になりますので)))
「そう。……って、ポーションを作る気?」
(((お任せください。マスター、シャドウコアを)))
「う、うん。どうぞ?」
ちょっとした疑問を口にしただけだったんだけど、なぜかそういうことになった。
ダンジョンマスターって気が抜けない。
タロ君達が妙なことしないよう発言には気をつけなくちゃね。
眠りの中、わたしは溜息をついた。
なんというか、いっぱいいっぱいなのだ。
二十歳の女子大生に過ぎないわたしにとって『死』は遠いものだった。
コンビニの店長さんの死はショックだったものの、バイトの先輩から連絡があっただけでご遺体は見ていない。
サクラのときもペット霊園での葬儀には立ち会えなかった。わたしが戻ったときはもう、すべてが終わっていた。
ましてや自分が死ぬなんて、ありえないような気がしていた。
今だってDPが0になったら死ぬなんて信じ切れてない。
でもこのダンジョンや『転移』の力が、わたしの中にダンジョンコアがあることを思い知らせてくる。
DP0で死ぬ、なんてことさえなかったら、結構悪くない状況だと思う。
タロ君は可愛いし、MPを調整してアイテムコアを作成するのは楽しいし、作ったアイテムコアで魔法を使うのも面白いし、タロ君は可愛いし(大事なことなので二回言う)。
せっかくすごいことができるんだから社会に貢献すべきじゃないのか、なんて考えたりもする。もっとポーションをドロップするモンスターを増やしたり、困っている人のためになる魔法を付与したアイテムコアを作ったり、とかね。
まあ世間知らずでお花畑のわたしでも、さすがにこの秘密をだれかに知られたら取り返しがつかないってことはわかってる。
自国に利用されるならまだいいほうで、タチの悪い国や組織に家族や友達、ご近所さんを人質に取られて悪用されかねない。
秘密はだれにも明かさないつもりだけど、将来なにが起こるかなんてだれにもわからない。タロ君がゴーストの護衛をつけるなんてことを思いついてくれて良かったよ。
タロ君……うん、タロ君と会えたのは良かったな。
ひとりだったら自暴自棄になるか、変な選民思想に憑りつかれてたかもしれない。
タロ君がいるから頑張ろうと思えるし、タロ君がいるから安らげる。
──ツンツン。
なにかがわたしをつついている。
──ツンツンツン。
少し湿ったそれは柔らかくて小さくて、犬の鼻だとわかった。
タロ君だ。タロ君の鼻につつかれて目覚めてから、ダンジョンマスター生活が始まったんだよね。
一週間も経ってないのに随分前な気がすると思いながら、わたしは目を開けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「マスター」
「タロ君」
昼寝のときはオルトロスモードでソファ代わりをしてくれていたタロ君が、黒い豆柴モードでわたしをつついていた。
嬉しそうに迎えてくれたのは嬉しかったが……なんなんだろう、これは。
まるで怪しい儀式でもするかのように、わたしの周りに転々とモンスターコアが置かれていた。
「えっと……これなぁに?」
「影のコアだぞ。マスターの腕輪は後一回しか使えないから、新しいのを作らなくてはいけないのだ」
「そっか。ありがとう」
ドヤ顔のタロ君は可愛い。
きっと苺が気に入ったんだろう。
わたしはモンスターコアを拾い集めた。そのままドロップ品リストに登録しておけば荷物にならないかな。
「九個?」
「ん。吾のMPを全部使ってしまうと、なにかあったときに困るからな。1000MPだけ残して、後は影に使ったのだ」
「なるほど」
ボス部屋のステージに目をやる。
そこはもう苺畑ではなかった。
スライムのアジサイ達が茎や葉っぱも全部食べてくれている。
「そういえばモンスターコアってポーションの材料になるんだよね」
「ん。下級モンスターのコアなら十瓶だが、吾の影のコアなら千瓶は作れるな」
「そんなに? でも薬草もたくさん必要になるんじゃない? というか……薬草使ったらスライムはどうなるの?」
声を潜めて聞いたのだが、
(((薬草をお求めですか、マスター!)))
わたしの質問を耳にしたアジサイ達がステージを降りて、ぽんぽんと飛び跳ねながら近づいてきた。
「え、ちょっと気になっただけよ。あなた達の命を奪うつもりはないわ」
とか言いつつ、マッドゴーレムとゴーストが人間に倒されてもなにもしない偽善者なんですがね。
ゲームみたいだから気にならないけど、よく考えるとなんか複雑な気分になるんだよねえ。
人間を呼び寄せなくちゃDPを稼げないから仕方ないとはいえ、なんかさ。
(((私どもは感覚を共有しておりますし、死んだら繋がっている親株か子株が知識を受け継ぐので大丈夫ですよ)))
「吾もリポップするから倒されてもマスターのことは忘れないのだ。でもでも! そこらの人間に倒されるような吾ではないのだ!」
わたしと違い、タロ君達はそういうことを気にしてはいないようだ。
いや、多少は気にしようよ。
タロ君が倒されたら、リポップするってわかってても悲しいよ?
(((それに薬草をお渡ししても私どもは死にませんよ)))
「そうなの?」
「薬草はスライムが吸収した魔力の余剰で生じたものだから、なくなってもスライム本体に問題は起こらない。ただ……」
「ただ?」
「モンスターコアよりも繊細な魔力の結晶なので、スライムから出すと溶けて消えてしまうのだ」
「じゃあどうやってポーションを作るの?」
「異世界の魔法使い達は、自分達の持つモンスターコアにスライムの中の薬草を『転移』させてポーションを作るのだ」
ああ、それでスライムを倒してもドロップ品がなかったんだ。
じゃあこの世界の人間にはポーションは作成できないなあ。わたしの『転移』はホームとダンジョン限定だしね。
とか考えていたら、
「……うわ! 急にどうしたの?」
目の前でいきなりアジサイ達が合体し始めた。
はわー、ゲームみたい。
天井からも数対落ちてくる。落ちてくるのはどれも体内に花が咲いている個体だ。
呑気に眺めているうちに、アジサイはオルトロスモードのタロ君を飲み込めそうなくらい巨大なスライムになった。
心なしかボス部屋が狭い。
白いのも緑のも入り混じった半透明の、スーパーやデパートにある子どもが入ってボールで遊ぶヤツみたいなスライムの中には、たくさんの花が浮かんでいる。
(((タロ様のシャドウコアでポーションを作るとなりますと、マスターがおっしゃる通り薬草も大量に必要となりますし、できるポーションも大量になりますので)))
「そう。……って、ポーションを作る気?」
(((お任せください。マスター、シャドウコアを)))
「う、うん。どうぞ?」
ちょっとした疑問を口にしただけだったんだけど、なぜかそういうことになった。
ダンジョンマスターって気が抜けない。
タロ君達が妙なことしないよう発言には気をつけなくちゃね。
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