傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!

豆狸

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最終話 傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!

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 私は自分のお腹を撫でながら言葉を続けます。

「私、旦那様の子どもを身籠っていますの。妊娠中の魔法の使い過ぎは禁じられていますわ。粉々になった両腕を治すなんて、どれだけ魔力が必要かわかりませんもの。でも……ガルシア侯爵家のお父様にお手紙を書いてあげることは出来ましてよ。どうせ私の前にあちらへ行って、断られてきたのでしょう?」
「サンドラ!」

 喜色満面で顔を上げたフラカソ殿下の前で、私は護衛騎士に持ってきてもらった筆記用具でお父様に手紙を書きました。
 お父様とお兄様が治癒魔法を使ってくださったら、きっとドロルさんの父親の腕も回復することでしょう。
 もう殿下への想いは消え去っておりますので、ドロルさんご一家の不幸を望んだりはしていませんのよ。

 もっとも一度目のときも殿下のお気持ちを取り戻したかっただけで、ドロルさん本人はべつにどうでも良かったのですけれどね。
 自分で手を下すだなんて、あのころから考えたことはありませんわ。
 だってそんなことをしたら、殿下は彼女のことを綺麗な想い出にして、私のことを憎み続けるに決まってるじゃありませんか。割に合わない悪事ですわよ。

 筆記用具を持ってきてくれた例の美女護衛騎士が殿下を見て小さく舌打ちしたのを聞いたときは、正直吹き出しそうになりましたわ。
 殿下は貧弱な坊やだから仕方がないのですが。
 書き終えた手紙に封をして、殿下に渡しながら告げます。

「どうぞ、殿下。傲慢令嬢にはこれ以上なにも出来ませんわ」
「いや、十分だ。ありがとう、君は傲慢令嬢などではない。本当は優しく慈悲深い令嬢だったのだな。私の目は節穴だったようだ。だから、ドロルも……」

 ここはバルデス辺境伯家の応接間で、実は長椅子に座る私の隣にずっと旦那様もいらっしゃいましたの。
 伝書鳥で妊娠を告げたので、領地の見回りから一旦戻って来てくださったのですわ。
 その旦那様が、優しく慈悲深い令嬢という言葉で吹き出して、今も口を手で押さえて笑いを堪えていらっしゃるのはどういうことなのかしら。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ──手紙を受け取ったフラカソ殿下が立ち去られた後、私は旦那様に言いましたの。

「優しく慈悲深い令嬢でなくて申し訳ありませんわね」
「いやいや、俺は傲慢令嬢の貴女が良くて娶るのだと最初から言っているだろう? 吹き出したのは、夢見がちで思い込みの激しいフラカソ殿下の今後が心配だったからだ。……ああ、違うな」
「なにが違うんですの?」
「貴女はもう傲慢令嬢ではなく俺の妻、バルデス辺境伯夫人で辺境の女王だった」
「ええ、そうですわ。しばらくしたら子どもを産んで、未来のバルデス辺境伯の母親となりますわ」
「……ありがとう。貴女を愛しているよ、サンドラ」
「私も旦那様を愛していますわ」

 旦那様は大きな手で私のまだ膨らんでいないお腹を撫でながら、そっとキスをしてくれましたの。
 フラカソ殿下のためには、もうなにも出来ませんけれど、この子と旦那様のためにならなんだってやるつもりですわ。
 男の子だったら旦那様と同じ素敵な男性に、女の子だったなら私と同じ傲慢令嬢に育てて見せますわよ、ほーほほっほ!
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