傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!

豆狸

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第二話 貧弱な坊や

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「初めまして、サンドラ嬢。俺はアルバロ、バルデス辺境伯家の当主だ」

 よく考えてみましたら、一度目のときの冤罪に証拠なんてまるでありませんでしたのよ。
 ドロルさんに夢中の今のフラカソ王太子殿下だと事件が起こったら、どんなに自警団が証言してもガルシア侯爵家を犯人だと言い張りかねませんわ。
 それに下町の自警団って自称自警団で、ぶっちゃけ店舗を脅して護衛料を巻き上げている犯罪組織のことですしね。殿下以外にも証言を受け入れてもらえないでしょう。

 というわけで、私お見合いすることにいたしましたの!
 私がべつの男性と結婚して幸せにしていたら、殿下のことでドロルさんを妬んで嫌がらせをする理由なんてありませんでしょう?
 お父様にお話してみたら喜々として紹介してくださったのが、今目の前にいらっしゃるバルデス辺境伯アルバロ様ですわ。

 我がガルシア侯爵家の所属する魔法貴族派の友好派閥、辺境貴族派の頂点に立つ方ですの。
 魔の森に囲まれた辺境貴族派の領地は、いつも魔獣の大暴走スタンピードの危険に晒されています。
 治癒魔法の使い手が多く生まれるガルシア侯爵家とは、以前から懇意にしてくださっていましたわ。

 ガルシア侯爵家としても、治癒魔法の使い手の魔力を回復出来る魔獣の魔石を提供してくださる辺境貴族派の方々とのえにしは大切にしておりましたの。
 私とアルバロ様の結婚で結びつきが強固になるのは、どちらにとっても望むところ!
 嫌がるのは我が魔法貴族派とアルバロ様の辺境貴族派を目の敵にしている、国王派と中央貴族派くらいではないかしら。

 ちなみに、魔法貴族派は貴族が持つ魔法の力を行使することに代償を求める派閥。
 あ、この王国の王侯貴族はすべてなんらかの魔法を持って生まれてきますわ。
 王家の血筋のフラカソ王太子殿下は、ほかの貴族の魔法を無効化する加護の魔法をお使いになれますのよ。ドロルさんおひとりにかけて終わる程度の魔力しかお持ちではないのですけれど。

 辺境貴族派は自分自身に魔法を使って身体を強化して魔獣と戦い、国と民を守っていらっしゃる派閥。
 国王派は国王陛下が一番なので、ほかの貴族は絶対服従するべきだという派閥。
 中央貴族派は無償で魔法を使うことが貴族の誉れだという派閥ですわ。

 国王派と中央貴族派は王都を中心にした地域に領地を持っていて、辺境貴族派に魔獣から守られて我が魔法貴族派の力で癒されていらっしゃいますの。
 フラカソ殿下以外は魔力も弱くて、自家に伝わる魔法も満足にお使いになれないのではないかしら。
 つまり国王陛下に絶対服従するのも無償で魔法を使うのも我が魔法貴族派と辺境貴族派ということですわ。傲慢令嬢ですから遠慮なく言いますわ、黙れ屑ども!

「サンドラ嬢?……やっぱり十も年上の妻を亡くした男では嫌だったか?」

 はうぅっ!
 私が派閥のことなど考えていたせいで、アルバロ様に困ったお顔をさせてしまいましたわ。
 低くて、それだけでない艶のある声で尋ねられて、私は慌てて頭を左右に振りましたわ。貴族令嬢としては不合格な態度ですわね。アルバロ様が許してくださると良いのですが。

「……ち、違いますわ。バルデス辺境伯閣下が、アルバロ様が素敵過ぎて声を出せなかったんですの」
「お世辞でも嬉しいな。ありがとう、サンドラ嬢」
「お、お世辞じゃありませんわ!」

 本当のことですの。
 どうして一度目の私はお父様に勧められたときに、十も年上の奥様を亡くした男性なんか嫌だと言ってしまったのでしょう。
 それとも一度目と二度目の人生経験のおかげでアルバロ様の魅力に気づけたのでしょうか。ときめきのあまり直視するのも言葉を返すことも出来なくなって、派閥のことを考えて気持ちを落ち着かせようとしていたんですのよー。

 黒髪に、黄金に煌めく琥珀の瞳。
 ご自身よりも重症の部下の治療を優先させてきたために、浅黒い肌の逞しい筋肉質の体には無数の傷が残っていらっしゃいます。
 ガルシア侯爵家の治癒魔法でも古傷を治すことは出来ないのです。

 アルバロ様に比べたら、フラカソ殿下は貧弱な坊やでしかありませんわー!
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