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14・侍女を亡霊にはさせません!⑨

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 金茶色の髪が風に揺れている。
 リモーネは、最近できた喫茶店にいた。
 前世でいうところのオープンテラスというヤツだ。
 石畳の広場にテーブルと椅子が並び、何組ものカップルらしき男女が座って談笑している。
 席に就くと彼女に近づき過ぎてしまうので、わたしたちは店に近い建物の陰から覗いていた。
 半分は子どもとはいえ六人も重なっていると、なんか暑苦しい。
 あ、五人だった。
 テーディオは少し離れた場所で深呼吸をしている。
 帰りは自分に御者を任せてくれと、さっきウルラートに涙目で頼んでいたっけ。
 リートは店のほうではなく、わたしの腕の中のきゅーちゃんを見つめている。
 食い入るような視線が重いから、いっそきゅーちゃんを貸してあげようかしら。

「……きゅー……」

 きゅーちゃんがすがるような声を上げたので、わたしはそっとひよこのぬいぐるみを撫でてやった。
 ごめんごめん、渡さないから。
 リートに渡したりしたら、解剖されそうで怖いものね。
 うん、嬉々とした表情でだれかが創ったゴーレムを分解しているスチルがあったわ。

「……カピターノ……」

 わたしは第二王子の専属護衛を見上げた。
 緑色の瞳がわたしを映す。

「リモーネと一緒にいる茶色い髪の男、これまでの被害者を陥れた売人と同じ?」
「申し訳ありません。そこまではわからないのです。容貌が判明していたとしても、髪の色などは染め粉で変えることもできますので」
「そうね」
「リモーネの恋人という可能性もあるしな」

 ルビーノに言われて、わたしは頷いた。
 リモーネがお休みで外出するのは、たぶんこれが初めてだと思う。
 それでも大公邸に出入りしている業者と知り合うこともあるだろうし、今日初めて会った男性だったとしても、ドライアドの灰の売人とは限らない。
 本当にリモーネのことを思って、彼女を大切にしてくれる相手かもしれないのだ。
 ふたりの前には紅茶のカップとケーキがあった。
 石畳でぴょこぴょこしている小鳥に、茶色い髪の男がケーキのかけらを投げ与える。
 優しい人間なのかもしれない。
 ケーキのかけらに集まってきた小鳥を見て、リモーネが笑みを浮かべる。
 リモーネは彼が好きなのかしら。

 ……結婚して、大公邸から出て行ってしまうのかしら。

 想像したら、なんだか胸がきゅーっとなった。

「ラヴァンダ?」
「お嬢さま?」

 ルビーノとウルラートの叫びを背中に受けて、気がつくとわたしはリモーネに向かって走り出していた。

「リモーネ!」
「お嬢さま、どうしてここに?」

 その胸の中に飛び込むと、リモーネは緑色の瞳を見開いた。

「……やだ」
「お嬢さま?」
「け、結婚なんかしちゃやだ。わたしから離れちゃやだ」

 リモーネの手が、優しくわたしの頭を撫でる。
 ああもう、情けない。
 彼女が結婚して、わたしの側からいなくなってしまうかもしれないと想像しただけで、涙があふれて止まらなくなった。
 父さまと母さまの関係が改善されて、今のわたしはとっても幸せなのに。
 それでも辛かったとき、ずっと側にいてくれたリモーネを失うことを思うと、胸にぽっかり穴が開いて、なにも考えられなくなってしまった。
 大好きなのに。
 大好きだから、彼女にも幸せになって欲しいのに。
 こんなの、まるで子どもみたいだわ。……六歳の子どもだけど。

「もちろんです、お嬢さま。お休みをちゃんと取って体を大事にして、これからもずっとずっとずっと、お嬢さまのお側にいると、出かけるときにお約束したではないですか」
「君がお仕えしているご主人さまかい?」

 茶色い髪の男がわたしへと笑顔を向ける。
 こんな突然の闖入者にも優しくしてくれるのだから、悪い人ではないのかしら。
 本気でリモーネを好きなのだとしたら、悪いことをしたわ。

「初めまして、お嬢さま」
「と、突然ごめんなさい。リモーネ、この方はどなた?」
「先ほど路地で絡まれていた私を助けてくださった方です。お礼をしたいと言ったら、逆にこちらのお店でご馳走していただいて」
「……そうなの」

 疑いが胸をよぎる。
 貧民街ならともかく、この辺りの治安はそれほど悪くない。
 そんな物語みたいなこと、本当に起こるものなの?
 確かにここは乙女ゲームの世界。
 とはいえ、カピターノが話していたドライアドの灰の売人の手口と似過ぎている。
 ふう……すぐにこんなことを考えてしまうから、可愛げがないと言われるのね。
 今のわたしはきっと無表情で、眼光だけが鋭く彼を射ているだろう。

「……ところで」

 そう言ったのは、茶色い髪の男の後ろにやって来たカピターノだった。
 右にカピターノが立ち、左にテーディオが立っている。
 座ったままわたしを抱っこしたリモーネの前にウルラート、こちらの左右にルビーノとリート。きゅーちゃんがわたしの膝に収まる。
 カピターノは茶色い髪の男を見つめた。

「あなたがさっき、この女性のカップに入れたのはなんですか?」
「え?」

 夢中で走りだしたわたしの目には入っていなかったけれど、男はなにかをしたらしい。
 茶色い髪の男の瞳に剣呑な光が宿った。
 それはほんの一瞬だけで、彼はまた笑顔に戻る。

「ただの砂糖ですよ」
「ほう。砂糖壺からではなく、あなたの懐から出されたように見えましたがね」
「そうですか? はは、バレてしまっては仕方がありませんね。実は惚れ薬です。さっきの話も聞いていたんでしょう? 僕は彼女にひと目惚れしましてね、柄にもなく正義の味方を気取って絡まれていた彼女を助けたんです。荒事は苦手なんですけどね」
「惚れ薬、ね」
「はは、わかってますよ。王立魔術学院を首席で卒業した魔術師でもそんなものは作れない。実際は単なる良い匂いの香料を混ぜ合わせた砂糖です。なんなら僕が自分で飲んで、体に悪いものではないと証明しますよ。本当に効き目があっても大丈夫です。僕はもう彼女にゾッコンなんですから」

 男よりも早く、ウルラートがカップを持ち上げた。
 ウルラートはそれをリートに渡す。
 リートは軽く匂いを嗅いで首肯した。

「……間違いないですね、母上に僕に飲ませようとしているドライアドの灰の匂いと同じです」

 茶色い髪の男の顔から笑みが消えた。
 テーブルが揺れたのは、彼が蹴り上げようとしたからだろう。
 だけどテーブルはウルラートの片手で止められた。
 カピターノとテーディオが両肩をつかんで、男の動きを封じる。

「くっ……放しやがれ、クソ野郎ど……ぐふっ」

 あーあ。
 『クソ野郎』なんて汚い言葉を使うから、ウルラートに殴られるのよ。
 男は鼻血を出して白目をむいた。
 ウルラートがわたしを見る。

「あ、今の言葉も大丈夫でしたか、お嬢さま?」
「大丈夫だけど、今のはいいわ。ありがとう」
「お嬢さま、私が出かけている間になにかあったのですか?」
「あのね、リモーネ……」
「……ラヴァンダ」

 ルビーノがハンカチを渡してくれたので、わたしはリモーネの質問に答える前に、涙と鼻水でクシャクシャになった顔を拭った。
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