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11・侍女を亡霊にはさせません!⑥

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「……そんな……」

 リートはただでさえ白い顔をさらに白くして、苦渋に満ちた声を漏らした。

「ありえません」
「そうですよね」

 彼の専属護衛のテーディオが、主人を見つめて首肯する。

「奥方さまは伯爵閣下お好みの見た目が良いだけで、頭と尻は軽い女性です。見栄でご令息を苦しめることはあっても、麻薬組織を運営するなんて大層な真似……はあっ?」

 テーディオが妙な声を上げたのは、わたしの専属護衛ウルラートが彼の長い前髪をつかんだからだった。
 ウルラートが琥珀の瞳でテーディオを睨みつける。

「俺はリモーネさんと約束をした。お嬢さまのお耳に下品な言葉を聞かせないと」
「げ、下品? 俺はなにも……ああ、頭と尻は軽……いたた、引っ張らないでください」

 ──ぷっ。

 ウルラートとテーディオのやり取りを見て、リートが吹き出した。
 そのまま笑い出した彼の頬が、ほんのり赤く色づいていく。
 主人の様子を見て、テーディオが眉間に皺を寄せる。

「なんて尽くし甲斐のないご主人さまでしょう」
「ご、ごめん、テーディオ。だってお前、後頭部の髪は敵に突然襲撃されてもつかまれないようにって刈り上げてるのに、前から来られたら絶対対処できるからって前髪伸ばしてて、なのに今、なんの抵抗もなくつかまれて……ふふ。本当は人と目を合わせるのが怖いから前髪を伸ばしてるんじゃないんですか?」
「ちっ、違いますよ!」

 テーディオが顔色を変える。
 彼もカピターノと同じように貴族の出だが、庶子なので扱いは平民と同じだ。
 伯爵家嫡男の専属護衛に選ばれるまでは、いろいろと苦労をしたのだろう。

 ……そういえば。

 テーディオは乙女ゲームには出演していなかった。
 給金を貯めて転職したのかもしれないが、なにか、があった可能性もある。
 目の前の主従はお互いに心を許し合っているように見えた。
 テーディオを失ったとしたら、リートは乙女ゲームで見た彼自身のように感情を失ってしまうに違いない。
 ウルラートに前髪をつかまれて、テーディオは黒い瞳を見開いた。
 眉を吊り上げて、しゃべり続ける。

「コイツ、大公令嬢さまの護衛がおかしいんです。なんか気配が人間っぽくないっていうか……動物みたいだし殺気もないしで、反応できなかったんです」
「動物みたい……」

 あら? 明らかに悪口なのに、ウルラートはなんだか嬉しそう。
 テーディオはウルラートの手を自分の前髪から振りほどきながら、言った。

「褒めてませんから」
「……そうか」

 ウルラートは見るからにがっかりして、ひよこのぬいぐるみをつかんだままだった片手にテーディオの前髪から離された手を添えた。
 わたしの専属護衛だけど、彼のことはまだよく知らない。
 前世の乙女ゲームにも出てこなかったしね。

「ウルラート」
「なんでしょう、お嬢さま」
「あなた、動物が好きなの?」

 今聞くようなことじゃないかもしれないけど。
 ウルラートは満面の笑みを浮かべて頷いた。

「はい!」

 それから、しょぼんとうな垂れる。

「でも俺が近づくと、動物もモンスターも逃げてしまうんです。さっき伯爵家の護衛さんに言われたように、気配を動物に重ねて近づくようにしてるんですが。リモーネさんによると、好きな気持ちがあふれ過ぎて引かれているんじゃないかということで」

 そこまで言って、ウルラートはまた笑顔になった。
 結構感情が豊かなのね。
 厳つい顔から二十歳前後だと思っていたけれど、本当はもっと若いのかもしれない。

「お嬢さまの護衛として認めてもらえたら、リモーネさんが裏庭に来る野良猫を紹介してくれるんです! だから俺、リモーネさんの言うことには絶対逆らいません」
「……ウルラート。リモーネを大切にしてくれるのは嬉しいけれど、あなたの主人はわたしだからね」
「もちろんです! アルベロの兄貴よりもエルフの森の暴れ姫さまよりも、ヴェルデの王さまよりもお嬢さまを優先しろとリモーネさんに言われています」

 わたしたちの会話を聞いて、リートは笑い続けている。
 そうよね、わたしと同じ六歳なんだもの。
 くだらないことでもツボに入ったら笑っちゃうわよね。
 ルビーノも複雑そうな顔で笑いを噛み殺している。
 テーディオはつかまれていた前髪を必死で整えていて……もしかして、護衛としての自信の表れでも人と目を合わせたくないからでもなく、オシャレで伸ばしているのかしら?……、カピターノは呆然とした顔をしていた。
 まあ、いつまでもこんな話をしていてもいけないわよね。
 ドライアドの灰が出回っているなんて、大事件なんだから。
 あ、でももうひとつだけ、ウルラートに聞きたいことができちゃったわ。

「ねえ、ウルラート」
「なんでしょう、お嬢さま」

 国王陛下である伯父さまよりもわたしを優先するって言葉は不敬な気もするけど、ルビーノやカピターノが突っ込まないでくれたから聞き流して、エルフの森の暴れ姫って単語も気になるけれど、とりあえず──

「あなた、モンスターが倒せなくて狩人をやめたのよね? それって、どういう?」
「はい。……先ほど厨房でもお話しした通り、俺はどんなに素晴らしい武器や防具をお借りしても魔術を発動できなかった男です。武芸は極めましたのでモンスターを倒すだけならできましたが……」

 ウルラートの厳つい顔が苦悩に歪む。

「高価な素材が獲れるからって、あんなに可愛いモンスターたちを狩るなんて、俺にはできませんっ!」

 叫んだ彼に抱きしめられたひよこのぬいぐるみが、救いを求めるかのようにわたしを見つめているような気がするけれど……ごめん、きゅーちゃん、助けるのは無理。

「あ、人間の大人を痛めつけるのには抵抗ありませんから、どうぞご安心ください。それにお嬢さまはモンスターよりもお可愛らしいです」
「そう、ありがとう」

 そろそろ話題を戻そうとしたとき、ルビーノが立ち上がってウルラートに詰め寄った。

「……おい、お前」
「なんでしょう、王子さま」
「ウルラートとか言ったな。お前、妙な趣味の持ち主ではないだろうな。大公殿が選んだ人間だから心配ないと思うが、ラヴァンダは俺の大切な従姉だ。おかしな真似をしたら聖なる剣でみじん切りにしてやるぞ」
「もちろんです。俺は貧民街の出で……イヤなこともたくさん見てきました。だからこそ子どもを傷つける人間は許せません。リモーネさんにも言われました。お嬢さまはどんな黒猫よりもすべすべの素晴らしい黒髪をお持ちだけれど、女の子なのだから男の俺は抱えて逃げるとき以外に触れてはいけないと」

 黒……猫?
 わたしが王宮へ行っていて留守番しているときのリモーネが、裏庭に集まる小鳥にエサをやったり入り込んだ野良猫を構ったりしているのは知っていたけれど、わたしのことも猫基準で評価していたの?
 褒めてくれてるみたいだからいいんだけど、なんだか複雑な気分だわ。

「わかっているのなら良い」
「王子さまも子犬のようで、とてもお可愛らしいです」
「……ラヴァンダが猫で俺が犬か」

 またしてもリートが吹き出した。
 ドライアドの灰を飲まされていたというのが本当なら、体が弱っているから笑い過ぎも良くないんじゃないかしら。
 わたしが心配するまでもなく、テーディオが彼の主人にお茶を勧める。
 カピターノが、困惑した顔で口を開く。

「……みなさま、話を元に戻しても良いでしょうか。それとウルラート殿、殿下を犬に例えるのは不敬罪になります。今日は聞き流しておきますが、今後はお気を付けください」
「わかった、カピターノさん」

 わたしの専属護衛は、かなり面白い人間みたい。
 今度時間があるときに、エルフの森の暴れ姫についても聞いてみようっと。

 ……なんとなく想像はつくけどね。
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