あなたが私を捨てた夏

豆狸

文字の大きさ
上 下
21 / 23

第十九話 私の婚約者だった方の話~断罪~

しおりを挟む
「ああ、その通りだよ、ニコライ陛下」

 ニコライとスタンはカバネル公爵を招き、王宮の一室で断罪した。

 日記の内容──隣国ボワイエ王国の大公令嬢モーヴェによってニコライを篭絡し、王妃となった彼女が毎日大公家の毒を飲ませることで国王を弱らせて死に至らしめた後、王位を簒奪しようとしていた企みについて問い詰めたところ、カバネル公爵は驚くほどあっさりとそれを認めた。
 後からでっち上げだと糾弾されないために招聘したカバネル公爵派の高位貴族達は、無言だ。初めからある程度知っていたのだろう。
 道理であまりに突然だった国王と隣国大公令嬢モーヴェとの結婚を簡単に受け入れたわけだ。

 カバネル公爵は、舞台の上の俳優を思わせる仕草で肩を竦めて見せた。
 こんなときであっても周囲の視線を集めずにはいられない華やかさを持つ男だ。

 それから彼は、自分の寝室から見つけ出した聖獣の聖珠を持って立っている妻、カバネル公爵夫人に目を向けた。
 隣国ボワイエから譲渡された貴重な聖珠はベルナール王国が管理している。
 あるはずのない聖珠を国に報告もなく保持しているだけでも罪だった。

「……私は君を王妃にすることは出来なかったな」

 その言葉に、少し離れたところで衛兵に取り囲まれているモーヴェが顔色を変えた。
 彼女も断罪の対象として、軟禁されていた塔から連行されてきたのだ。
 ここしばらくの王妃がロメーヌだったと知らなかった者達は、モーヴェの様子に首を傾げている。

「スタ……ッ!」

 カバネル公爵に呼びかけようとするのを周囲が止める。
 なおも叫ぼうとした彼女は、カバネル公爵の冷たい視線を受けて唇を閉ざした。

「邪魔をしないでくれ、モーヴェ。……マノン、君は私がこんな情けない男だとわかっていたから、愛してくれなかったんだな」
「……愛していましたわ」
「マノン?」
「私が、愛してもいない方の子どもをふたりも産むような女だとお思いでしたの? 政略結婚なのは間違いございませんが、私はきちんと自分の意思であなたを選んで嫁ぎ、あなたを愛して子どもを産んだのです。……愛していなければ、あなたが浮気するごとにあんなに苦しむものですか。こうしてあなたを裏切ることで、こんなに……」

 公爵夫人の流した滂沱の涙に、カバネル公爵は顔面蒼白になる。
 彼はその場に膝をつき、ニコライに懇願した。

「ニコライ陛下、すまない! 私は罰を受ける。しかしマノンはなにも知らなかったんだ。マノンを連座させないでくれ。すべては私、先王陛下に勝手な嫉妬をして王座を望んだ、この愚かな男の罪なんだ! わかってくれ!」

 ニコライが頷くと、カバネル公爵は安堵の表情になった。
 この部屋に集めた人間の数は少ない。
 カバネル公爵の罪を隠ぺいするためだ。今のベルナール王国は、カバネル公爵家も彼を支持していた高位貴族も失うことは出来ない。断罪が終わればカバネル公爵は大公家の毒とは違う即効性のある毒を仰ぎ──

「どういうこと? スタンはなにを言ってるの? 子どもがふたりって? 長男が出来てから奥さんは抱いてないって言ってたわよ」
「嘘ですよ」

 呆然とした表情で呟くモーヴェに、衛兵達と共に彼女を見張っていたスタン、カバネル公爵家の長男が言う。

「あの男にとって浮気はね、公爵夫人の関心を引くための手段に過ぎなかったんです。カバネル公爵家次男僕の弟は今年で二歳になる。……どういうことかわかるでしょう? 君と関係を持つのと並行して、あの男は妻との間に子どもを作っていたんですよ」

 日記の記述でわかっていた。
 カバネル公爵が大公令嬢モーヴェに近づいたのは、本来ならニコライとロメーヌが結婚していた年の一年前、ちょうど彼が結婚に反対し始めたころだ。
 ただ、カバネル公爵がモーヴェに望んだのはロメーヌの誕生パーティに出席してニコライを篭絡することだけだった。年上の妻子持ちとの交際を反対する家族や家臣を毒でこん睡させて、火事で焼き殺したのは彼女の一存だ。

 ニコライ達がカバネル公爵の日記帳とモーヴェが大公家から持ち出した聖獣の聖珠を手に入れてから、すでに数日が過ぎ去っている。

 その間に、モーヴェの扱いについてはボワイエ王国の許可を取っていた。
 結婚の際に縁を切ったようなものとはいえ、やはり隣国の王家の血を引くものの扱いは難しい。
 彼女は断罪の後で塔に戻され、ニコライを殺そうとしていた毒でゆっくりと罰せられる予定になっていた。カバネル公爵ともども、公式には病死と発表される。

「嘘よ、嘘よ、嘘よ。スタンは私を愛してるって言ったもの。奥さんより私のほうが好きだって言ったもの」

 カバネル公爵は泣きじゃくるモーヴェを一瞥もしない。
 彼女にとってはこれから与えられる毒よりも、恋人だったはずの男の真実を明かされたことのほうが辛い罰となったのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

あなたと別れて、この子を生みました

キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。 クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。 自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。 この子は私一人で生んだ私一人の子だと。 ジュリアとクリスの過去に何があったのか。 子は鎹となり得るのか。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 ⚠️ご注意⚠️ 作者は元サヤハピエン主義です。 え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。 誤字脱字、最初に謝っておきます。 申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

私は恋をしている。

はるきりょう
恋愛
私は、旦那様に恋をしている。 あれから5年が経過して、彼が20歳を超したとき、私たちは結婚した。公爵家の令嬢である私は、15歳の時に婚約者を決めるにあたり父にお願いしたのだ。彼と婚約し、いずれは結婚したいと。私に甘い父はその話を彼の家に持って行ってくれた。そして彼は了承した。 私の家が公爵家で、彼の家が男爵家だからだ。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

その日がくるまでは

キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。 私は彼の事が好き。 今だけでいい。 彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。 この想いを余す事なく伝えたい。 いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。 わたしは、彼に想いを伝え続ける。 故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。 ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。 確実に訪れる、別れのその日がくるまで。 完全ご都合、ノーリアリティです。 誤字脱字、お許しくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...