あなたが私を捨てた夏

豆狸

文字の大きさ
上 下
13 / 23

第十三話 私の夫になるはずだった方の今

しおりを挟む
 私が怪しんでいるのを悟ったのでしょう。
 青年は困ったような顔で言いました。

「僕の顔になにかついていますか、ロメーヌ姫。あなたに見つめられるのは幸甚の至りですが、うちのクソ親父じゃないかと疑われているなら嫌だなあ。……はい、これをご確認ください。ニコライ陛下に下賜された宝剣です」

 青年の見せてくださった宝剣には、大きな宝石が嵌め込まれていました。
 我がボワイエやベルナール王国で産出する魔結晶を加工したもので、正しい持ち主から盗まれたり奪われたりするときずが入ります。ニコライ陛下の紋章を内包した宝石には、きずどころか曇りすらありません。

 以前ニコライ陛下が、信頼のおけるものに与えているのだと言って見せてくださったものと同じです。
 この方は従弟のスタン様で間違いありません。

「失礼いたしました。そもそも聖獣様がお招きした方のお言葉を疑うなど、ボワイエの王女として恥ずかし……っ! ち、違います。私はロメーヌ王女ではありません。た、ただの聖獣様のお世話係です。昨年お亡くなりになった王女と同じ名前なだけです」

 謝罪の途中で気づいて慌てて訂正すると、スタン様が吹き出しました。
 すらりとした体を曲げ、お腹を押さえて笑い続けています。
 私は彼を見つめて言いました。

「あの……本当ですから」
「……ロメーヌ。そんなんで誤魔化されるわけないだろうよ。相変わらず世間知らずのお姫様だねえ」

 聖獣様のお顔に苦笑が浮かんでいます。
 私がこちらへ来て初めて近くの村へ買い物に行ったとき、買い物の仕方がわからなくて村の子どものヤニクに教えてもらったことを思い出していらっしゃるのでしょう。ヤニクは私を心配して、迷いの森までついて来てくれましたっけ。
 ……ううう。城の買い物は契約書でのやり取りだったから、金貨や銀貨は使ったことがなかったのですよう。

「し、失礼いたしました、ロメーヌ姫。ご安心ください。ニコライ陛下から事情は聞いております。ちゃんと陛下、ひいては我がベルナール王国に問題があってのことで、むしろこのような境遇にいらっしゃる死んだとされていることへのお詫びを申し上げなくてはいけない立場だと認識しております」
「……ニコライ陛下のせいではありませんわ」

 いけないのは、十年以上も婚約者だったのに陛下に恋してもらえなかった惨めな王女なのですから。
 私と聖獣様の前に、スタン様が恭しく跪きました。

「このようなことを申し上げる資格などないことを承知の上でお願いいたします。我が主君、ニコライ陛下が毒を飲んで生死の境を彷徨っていらっしゃいます。ロメーヌ姫の薬を調合なさる御業みわざ、聖獣様の尊いお力をお貸しいただけないでしょうか」
「陛下がっ?」

 思ってもみなかった話に、私は驚きを禁じ得ませんでした。

「……ふうん?」

 聖獣様は、興奮している私を楽し気に眺めています。
 人間がお芝居を見ているときの表情に似ている気がします。
 犬や猫がそうであるように、聖獣様も人間を観察するのがお好きなのです。

「毒だなんて、なにがあったのです! 以前あったように重臣が金や色で寝返って陛下のお命を狙ったのですか? 主だった法衣貴族達の家に伝わる毒の解毒剤なら作れます!」

 栄養剤の調合法とは違って、解毒剤の調合法については隣国ベルナールの王宮医師や薬師には明かしていません。
 解毒剤の研究をしていることは陛下にも秘密にしていました。
 だって陛下の重臣を疑うことになるのですもの。

 それでもいつか王妃になる身としては、陛下が信じて重用している人間だからこそ疑う姿勢が必要でした。お義姉様にも言われていましたし、私自身もそう思っていました。
 なによりニコライ陛下をお守りしたかったのです。
 政治には様々な利権が絡むので、ベルナール王国の医師や薬師の中にも裏切り者が出るかもしれませんもの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

[電子書籍化]好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。

はるきりょう
恋愛
『 好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。』がシーモアさんで、電子書籍化することになりました!!!! 本編(公開のものを加筆・校正)→後日談(公開のものを加筆・校正)→最新話→シーモア特典SSの時系列です。本編+後日談は約2万字弱加筆してあります!電子書籍読んでいただければ幸いです!! ※分かりずらいので、アダム視点もこちらに移しました!アダム視点のみは非公開にさせてもらいます。 オリビアは自分にできる一番の笑顔をジェイムズに見せる。それは本当の気持ちだった。強がりと言われればそうかもしれないけれど。でもオリビアは心から思うのだ。 好きな人が幸せであることが一番幸せだと。 「……そう。…君はこれからどうするの?」 「お伝えし忘れておりました。私、婚約者候補となりましたの。皇太子殿下の」 大好きな婚約者の幸せを願い、身を引いたオリビアが皇太子殿下の婚約者候補となり、新たな恋をする話。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

処理中です...