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アリの巣殲滅編
54・アリの巣殲滅初日の裏で
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(……ラトニーの人間はラトニーの人間だよね……)
隣でパフェをぱくつくドロレスを見ながら、パウリーナは思った。
コロネとかいうオヤツパンそっくりの巻き毛を頭の左右につけたデルガード侯爵令嬢は、聖女イザベルを自分の派閥に勧誘することなど、もうすっかり忘れているようだ。
確かにこのパフェは美味しい。自分で中身を選んで作ったという愛着もある。
しかしパウリーナは自分の任務を忘れていなかった。
パウリーナはインウィ出身者中心の神の権威を利用して儲けたい派の幹部だ。
拝金主義の実家に嫌気がさして神殿に入りラトニー王国まで来たというのに、気が付くと金儲けに夢中になっている自分を自嘲する。
(……だけど、ねえ……)
結局のところ金がなければなにもできないのだから仕方がない。
少なくともパウリーナは、法に触れるおこないをしてまでは金を稼いでいなかった。
聖職者として、ちゃんと貧しい人や困った人に施しもしている。
自分の懐に入る分が、ちょーっと多いだけだ。
「ねえねえ、葉菜花さん。このチョコレートってどうやって作るの? 朝、食べさせてもらったソースのほうも材料と作り方教えてくれないかな? 自分でも作ってみたいんだ」
「錬金術で変成してるので、わたしも詳しいことはわからないんですが、チョコはカカオの実から作るそうです。お好み焼きのソースは……果物とか野菜のジュースにお塩と砂糖とお酢、だったかな? あと香辛料も入ってるんじゃないかと思います」
葉菜花がウスターソースの材料を覚えていたのは、中学の授業で身近の食品に含まれる添加物や保存料についてレポートを書かされたことがあったからである。
「ふわっとしたことしか言えなくてごめんなさい」
「そんなことないよ。独特の風味なのに、材料は普通のソースと変わらないんだね。カカオの実っていうのは知らないな」
この世界に著作権はない。
商人ギルドに所属して申請しても、ある程度しか独占できない。
人の口に戸は立てられないし、商人ギルドの権力が及ばないところもある。
情報を守りたければ自分で秘匿するしかなかった。
(……もっと口が軽そうに見えたんだけど、さすがコンセプシオン王弟殿下に選ばれた錬金術師ってわけだね)
葉菜花の返答に、パウリーナはひとり納得した。
錬金術で変成したから詳細はわからないと前置きしてからの、本人も言っていた通りのふわっとした答え。
断って場を悪くさせたりはしないが、情報自体は制限して核になる部分は秘密にしている。
(詳細がわからないとかよく言うよねー。魔石を錬金術で食べ物にするなんてできるわけないんだから、本当は自分で料理したのを使い魔の『アイテムボックス』から出してるだけだろうにさ)
葉菜花は本当のことを言っているだけなのだが、パウリーナは『闇夜の疾風』のバルバラと同じ誤解をしていた。
「あ、思い出しました。ソース、お好み焼きのウスターソースは、混ぜてからしばらく保存しておいたらできたそうです。……どんな方法でどれくらい保存したらいいのかまではわかりませんけど」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。ところで残ったお菓子もらって帰ってもいいかな? 友達のお土産に……って残ってないね」
料理に詳しい知り合いに製法を研究させたかったのだが、パウリーナが気付いたとき、皿の焼き菓子はなくなっていた。
ラトニー人らしいラトニー人のドロレスと、ドワーフだけど心はラトニー人の聖女イザベルが、不思議そうな顔でパウリーナを見る。
(そだねー。このふたりが食べてて残るはずがないよねー)
「じゃあ追加出しますねー。自分の限界はわかってると思いますが、アイスは冷たいから食べ過ぎてお腹壊さないでくださいね」
「……私のお腹は無敵」
「お昼が食べられなくなるよ」
「……お昼はなに?」
「大豆が好きなベルちゃ……聖女様のために稲荷寿司を作ろうと思ってます」
「……稲荷寿司、好き」
「あと巻き寿司と」
「……わかった。パフェはほどほどにする」
「お米がダメな人はパンにしようかなー、と」
「お米? へえ、懐かしいなあ。ボクの故郷の辺りにパエリアっていう料理があるよ」
「パエリア! 知ってます。食べたことはないんですけど……たぶん変成できるから、パウリーナさんにはパエリア作りますね」
(おいおいおい、食べたことないのに作れるってどういうことだよ!)
葉菜花の言葉にパウリーナは心の中で突っ込んだ。
もしかして本当に、料理ではなく錬金術で作っているのだろうか。
(どんな方法で作ってるかは知らないけど、ボクの故郷の料理だよ? 不味いもの出されたら怒っちゃうからね!)
葉菜花に食べた経験があれば、前世日本の味覚に魔改造されたパエリアを変成したかもしれないが、味の記憶がないのが幸いした。
この日の昼に葉菜花が作ったパエリアは、パウリーナにとって複雑ながらも懐かしい故郷の味そのものだった。
父や兄の拝金主義に怒りを覚え、理想に燃えて神殿に入ったころの自分を思い出して、なんだかちょっと涙が出たことはだれにも秘密だ。
★ ★ ★ ★ ★
「ハビエル、私は思うんですけど」
「はあ……」
騎士団員は自分の馬でダンジョンに通っている。
コンセプシオンに命じられて馬達がつながれている場所へ来たハビエルは、小休憩中だったエルベルトに出会ってしまった。
またなにか妙なこと言い出すんだろうな、コイツ的なことを考えながら、彼の言葉を待つ。
「美少女同士がキャッキャウフフしている姿は、それはもう! 本当に素晴らしいものなんですが、あえて地味な少女が美少女達に溺愛されているというのも良いものですね」
「そう……」
錬金術師の葉菜花は、エルベルトの美少女基準には達していない。
けれど聖女イザベルが彼女を信頼し心を預けている姿を見るうちに、彼の気持ちは変わって来たようだ。
もちろん──
「ところでハビエル、そのアップルパイは余りそうですか?」
変わり者のエルベルトにもラトニー人らしいところがあるからこそ葉菜花を受け入れたのだろうけれど。
ハビエルの腕にはコンセプシオンに託された籠がある。
中身は馬達に与えるためのアップルパイ、葉菜花の作った魔石ごはんだ。
りんごの形をしていて、馬にも騎士団員にも好評だった。
「錬金術師殿は最初から俺達の分も変成してくれてるよ。団長も食べてたし」
言いながら、ハビエルはエルベルトにアップルパイを渡した。
ダンジョン周りの巡回途中でたまたま立ち寄った風を装ったり、休憩中に自分の馬の世話をしに来た素振りの騎士団員達にも渡していく。
コンセプシオンには彼らの行動などお見通しだ。
「ぶるる……」
もっともガルグイユ騎士団団長の愛馬メレナは、不満げに鼻を鳴らしていたのだが。
隣でパフェをぱくつくドロレスを見ながら、パウリーナは思った。
コロネとかいうオヤツパンそっくりの巻き毛を頭の左右につけたデルガード侯爵令嬢は、聖女イザベルを自分の派閥に勧誘することなど、もうすっかり忘れているようだ。
確かにこのパフェは美味しい。自分で中身を選んで作ったという愛着もある。
しかしパウリーナは自分の任務を忘れていなかった。
パウリーナはインウィ出身者中心の神の権威を利用して儲けたい派の幹部だ。
拝金主義の実家に嫌気がさして神殿に入りラトニー王国まで来たというのに、気が付くと金儲けに夢中になっている自分を自嘲する。
(……だけど、ねえ……)
結局のところ金がなければなにもできないのだから仕方がない。
少なくともパウリーナは、法に触れるおこないをしてまでは金を稼いでいなかった。
聖職者として、ちゃんと貧しい人や困った人に施しもしている。
自分の懐に入る分が、ちょーっと多いだけだ。
「ねえねえ、葉菜花さん。このチョコレートってどうやって作るの? 朝、食べさせてもらったソースのほうも材料と作り方教えてくれないかな? 自分でも作ってみたいんだ」
「錬金術で変成してるので、わたしも詳しいことはわからないんですが、チョコはカカオの実から作るそうです。お好み焼きのソースは……果物とか野菜のジュースにお塩と砂糖とお酢、だったかな? あと香辛料も入ってるんじゃないかと思います」
葉菜花がウスターソースの材料を覚えていたのは、中学の授業で身近の食品に含まれる添加物や保存料についてレポートを書かされたことがあったからである。
「ふわっとしたことしか言えなくてごめんなさい」
「そんなことないよ。独特の風味なのに、材料は普通のソースと変わらないんだね。カカオの実っていうのは知らないな」
この世界に著作権はない。
商人ギルドに所属して申請しても、ある程度しか独占できない。
人の口に戸は立てられないし、商人ギルドの権力が及ばないところもある。
情報を守りたければ自分で秘匿するしかなかった。
(……もっと口が軽そうに見えたんだけど、さすがコンセプシオン王弟殿下に選ばれた錬金術師ってわけだね)
葉菜花の返答に、パウリーナはひとり納得した。
錬金術で変成したから詳細はわからないと前置きしてからの、本人も言っていた通りのふわっとした答え。
断って場を悪くさせたりはしないが、情報自体は制限して核になる部分は秘密にしている。
(詳細がわからないとかよく言うよねー。魔石を錬金術で食べ物にするなんてできるわけないんだから、本当は自分で料理したのを使い魔の『アイテムボックス』から出してるだけだろうにさ)
葉菜花は本当のことを言っているだけなのだが、パウリーナは『闇夜の疾風』のバルバラと同じ誤解をしていた。
「あ、思い出しました。ソース、お好み焼きのウスターソースは、混ぜてからしばらく保存しておいたらできたそうです。……どんな方法でどれくらい保存したらいいのかまではわかりませんけど」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。ところで残ったお菓子もらって帰ってもいいかな? 友達のお土産に……って残ってないね」
料理に詳しい知り合いに製法を研究させたかったのだが、パウリーナが気付いたとき、皿の焼き菓子はなくなっていた。
ラトニー人らしいラトニー人のドロレスと、ドワーフだけど心はラトニー人の聖女イザベルが、不思議そうな顔でパウリーナを見る。
(そだねー。このふたりが食べてて残るはずがないよねー)
「じゃあ追加出しますねー。自分の限界はわかってると思いますが、アイスは冷たいから食べ過ぎてお腹壊さないでくださいね」
「……私のお腹は無敵」
「お昼が食べられなくなるよ」
「……お昼はなに?」
「大豆が好きなベルちゃ……聖女様のために稲荷寿司を作ろうと思ってます」
「……稲荷寿司、好き」
「あと巻き寿司と」
「……わかった。パフェはほどほどにする」
「お米がダメな人はパンにしようかなー、と」
「お米? へえ、懐かしいなあ。ボクの故郷の辺りにパエリアっていう料理があるよ」
「パエリア! 知ってます。食べたことはないんですけど……たぶん変成できるから、パウリーナさんにはパエリア作りますね」
(おいおいおい、食べたことないのに作れるってどういうことだよ!)
葉菜花の言葉にパウリーナは心の中で突っ込んだ。
もしかして本当に、料理ではなく錬金術で作っているのだろうか。
(どんな方法で作ってるかは知らないけど、ボクの故郷の料理だよ? 不味いもの出されたら怒っちゃうからね!)
葉菜花に食べた経験があれば、前世日本の味覚に魔改造されたパエリアを変成したかもしれないが、味の記憶がないのが幸いした。
この日の昼に葉菜花が作ったパエリアは、パウリーナにとって複雑ながらも懐かしい故郷の味そのものだった。
父や兄の拝金主義に怒りを覚え、理想に燃えて神殿に入ったころの自分を思い出して、なんだかちょっと涙が出たことはだれにも秘密だ。
★ ★ ★ ★ ★
「ハビエル、私は思うんですけど」
「はあ……」
騎士団員は自分の馬でダンジョンに通っている。
コンセプシオンに命じられて馬達がつながれている場所へ来たハビエルは、小休憩中だったエルベルトに出会ってしまった。
またなにか妙なこと言い出すんだろうな、コイツ的なことを考えながら、彼の言葉を待つ。
「美少女同士がキャッキャウフフしている姿は、それはもう! 本当に素晴らしいものなんですが、あえて地味な少女が美少女達に溺愛されているというのも良いものですね」
「そう……」
錬金術師の葉菜花は、エルベルトの美少女基準には達していない。
けれど聖女イザベルが彼女を信頼し心を預けている姿を見るうちに、彼の気持ちは変わって来たようだ。
もちろん──
「ところでハビエル、そのアップルパイは余りそうですか?」
変わり者のエルベルトにもラトニー人らしいところがあるからこそ葉菜花を受け入れたのだろうけれど。
ハビエルの腕にはコンセプシオンに託された籠がある。
中身は馬達に与えるためのアップルパイ、葉菜花の作った魔石ごはんだ。
りんごの形をしていて、馬にも騎士団員にも好評だった。
「錬金術師殿は最初から俺達の分も変成してくれてるよ。団長も食べてたし」
言いながら、ハビエルはエルベルトにアップルパイを渡した。
ダンジョン周りの巡回途中でたまたま立ち寄った風を装ったり、休憩中に自分の馬の世話をしに来た素振りの騎士団員達にも渡していく。
コンセプシオンには彼らの行動などお見通しだ。
「ぶるる……」
もっともガルグイユ騎士団団長の愛馬メレナは、不満げに鼻を鳴らしていたのだが。
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