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葉菜花、旅立ちました編

44・ガルグイユ騎士団

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 ガルグイユ騎士団団長コンセプシオンと聖女イザベルが異世界からの転生者葉菜花について話し合っている天幕の外には、警護の騎士団員達がいた。
 天幕の入り口を守るふたりは中の団長と違って部分鎧を身に着けている。
 最近急に気温が上がったので、全身鎧を纏わなくてもいいという許可をコンセプシオンが出したのだ。

 警護を担うふたりは、団長補佐でモレノ子爵家の三男ハビエルと副団長補佐でラミレス伯爵家の三男エルベルト。どちらも十八歳、団長のコンセプシオンよりもひとつ年上だ。
 小柄でそばかすが印象的なハビエルには兄と姉がふたりずついて、白に近い金髪と透明度の高い青色の瞳を持つエルベルトには継承権を破棄した兄がふたりいる。
 同じ三男でもエルベルトのほうは家の跡取りなのだった。

「早くアリの巣殲滅が始まりませんかね」

 口を開いたのはエルベルトのほうだった。

「俺達の役目は裏方だから始まっても今と変わらないよ、エルベルト」

 騎士団にいるときの団員は、団内の役職以外では平等である。
 子爵家のハビエルが伯爵家のエルベルトに対して敬語を使わないことも許されていた。
 だからエルベルトが頭を横に振ったのは、ハビエルの口調を咎めたせいではない。

「変わりますよ、ハビエル。アリの巣殲滅が始まったら、聖神殿から救護係の女性神官が三人来るんです!」
「エルベルトって、そんなに女の子好きだったっけ?」

 舞踏会で見るエルベルトはいつも壁にもたれて令嬢達を観察している、とハビエルは思っていた。
 食いしん坊の国ラトニーでも、いや食いしん坊の国だからこそ美味しいものを手に入れるための財力を求めて、令嬢達は玉の輿を夢見る。
 姉がふたりもいるハビエルには女性に憧れを抱けない気持ちはよくわかる、つもりでいたのだけれど。

「好きですよ。空気になって、女の子達が仲良くしている姿をずっと見つめていたいほどには」
「ん?」
「団長は尊敬していますが、美しい聖女イザベル様の隣にいるのは女の子のほうが良いと思いませんか?」
「……ごめん。俺、よくわかんないや」

 エルベルトの実家の伯爵家は変わり者──葉菜花の前世でいうところのオタクが多いとして有名だった。
 長男は神獣を研究するために神官となり、隣国ワリティアの大神官になっている。
 次男も神官となって傭兵隊に所属し、回復魔術の研究に勤しんでいるという。

 三男エルベルトの興味の対象は女の子らしい。
 それも自分抜きで仲良くしている女の子達。
 憧れこそ抱いていないものの、いつかは可愛いだれかと恋に落ちて幸せになりたいと願うハビエルには、まったく理解のできない方向性である。

「聖女様が大神官のサンドラ様と一緒にいらっしゃるのも姉妹のようで微笑ましいのですが、救護係の女性神官達は聖女様と同じ年ごろだと聞きます。その分お互いを深く理解し合えることでしょう。どんな光景が繰り広げられるのか楽しみでなりません」

 ハビエルは話を切り上げた気でいたけれど、エルベルトはそうではなかったらしい。
 いや、最初から彼は相手の返答など望んではいないようだ。
 うっとりとした表情で言葉を続ける。

「女性神官は三人来るそうですよ。聖女様の寵愛を巡る争いが起こるかもしれませんね。女の子同士なら、それも咲き誇る花々のように美しいものでしょう」

(……そうかなあ。姉上達のケンカは見ていると背筋が寒くなったよ)

 心の中で反論していたハビエルに、救いの手が現れた。

「エルベルト、そろそろ交代しよう。お前は小休憩を取れ」

 副団長のセルジオだ。
 デルガード侯爵家の長男で妹がひとりいる。
 年齢は二十歳で、ハビエル達よりも二歳年上だった。

 本来なら能力の高い副団長や補佐が固まって同じ任務に当たることはない。
 突然の気温上昇で体調を崩した団員が出たことによる臨時の布陣である。
 部分鎧の着用もそのせいなのだが、団長コンセプシオンに憧れていると公言するセルジオは全身鎧を着込んでいた。

 マントまでは着用していない。
 彼のマントの色は赤色だ。
 以前葉菜花が考えていたように瞳の色に合わせているのではなく、団長は青、数人いる副団長は赤、それぞれの補佐は黒、平団員は白色と決まっていた。

 神獣ダンジョンの前にいた騎士達が白いマントを纏っていたのは、当時はまだ朝晩が肌寒いときもあったからである。

「かしこまりました、セルジオ副団長」

 先ほどまで妙なことを口走っていたのがウソだったかのように、エルベルトは上官に優雅なお辞儀をして立ち去った。
 胸を撫で下ろしたハビエルだったが、

「団長補佐のハビエル殿だったな。こうして任務をともにするのは初めてだから聞いておこう。貴殿はこの国についてどうお考えかな?」
「平和でいい国だと思います。問題がないわけではありませんが、これから俺達で改善していけるものと信じております」
「ほほう。貴殿はわかっておられる。そう! これからのラトニーは我らが築いていくべきである。我らが団長コンセプシオン王弟殿下、いやさコンセプシオン国王陛下の名のもとに!」

(あ、またアレな人だ)

 現国王エンリケはおとなしく地味な青年である。
 自信に満ちた言動を見せる王弟コンセプシオンのほうが王に相応しいと主張する一派がいることはハビエルも聞いていた。
 しかし補佐を務めるハビエルは知っている。

 上司コンセプシオンの正体はものぐさな少年だ。
 兄王を支えることには力を惜しまないものの、自分が王になれと言われたら全力で逃げるだろう。
 もっとも責任感のあるコンセプシオンのことだから、自分の仕事をキリの良いところまで片付けようとしているうちに見つかって逃げられなくなるのではなかろうか。

 コンセプシオン派も王弟が兄を慕っていることは知っているので、エンリケ王を強制排除しようなどという動きは見せていない。
 口先だけだと見なされているとはいえ彼らが罰せられていないことが、ラトニー王国の平和と自由を証明している。
 熱く語るセルジオに対して適当に──けれど言質は取られないよう気をつけて相槌を打ちながら、ハビエルは十日近く前にコンセプシオンから分けてもらったたこ焼きの味を思い出していた。

(美味しかったなあ。ほかにも焼きそばとかラーメンとかあるんだよね)

 コンセプシオンお気に入りの錬金術師が『聖域』を張る聖女とともにダンジョンを見張っている騎士団員達に魔石ごはんを提供してくれる日が来るのが、とても楽しみなハビエルであった。
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