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冒険者始めました編

13・塩むすびの運命やいかに?

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 王都を囲む城壁にはいくつかの門がある。
 昨日通った正門は聖神殿の馬車の威光でフリーパスだった。

 今日は冒険者ギルドに近い冒険者専用の門へ向かう。
 門というより裏口って感じで、門番さんがふたりいる。
 ふたりとも革の部分鎧を纏って、長い槍を持って立っていた。

「今日から冒険者で、えっと……薬草採取に行きます」

 薬草採取の場所は決まっている。
 冒険者専用の門から出てすぐの森の中だ。
 街道からは外れているがガルグイユ騎士団の見回りコースに入っているので、野獣やはぐれモンスターが出ることはないという。

 門番さんの若いほうが微笑んだ。
 前世なら大学生くらいの年ごろかな。黒い髪に褐色の肌、琥珀の瞳。
 ちょっぴりチャラそうな雰囲気もあるものの、人の良さそうなお兄さんだ。

「そうか、偉いなあ。あそこは暗くなると仕事を終えた恋人達が集まるから、薬草採取は明るいうちに終えたほうがいいよ」
「そうなんですか!」

 暗くなる前に帰らなくちゃいけない理由が増えた。

「うん。俺はアレコス、君は?」
「葉菜花です」
「わふ!」

 わたしが名乗ると、ペンダントの水晶が淡く白い光を放った。
 あ、そうか。証明するってこういうことか!

「葉菜花ちゃんか。騎士団が巡回してるから大丈夫だと思うけど、野獣やはぐれが出たら走って逃げておいで。人間でも変なのいたら遠慮しないで頼ってね」
「はい」

 門番さんの若くないほうの人は、ずっとわたしを睨みつけている。

 かなりがっしりした体つきで厳つい顔の人だ。
 アレコスさんよりも肌の色が薄くて髪の色は焦げ茶、瞳の色は暗い青。
 眉間には皺が刻まれていた。わたしのお父さんより若いと思う。

 ……な、なにか気に障ることしちゃったのかな?

「先輩! 葉菜花ちゃん怯えてるから」
「い、いえ、そんなことないです、よ?」
「俺はカルロスだ。あんた、それは……シャドウウルフ、か?」

 カルロスさんの視線はわたしにではなく、ラケルに注がれていたようだ。

「……はあ」
「わふう」
「せいぜい気をつけることだな」

 うーん。わたしがラケルを制御できないんじゃないかと思われてるのかな。
 ラケルはすごく賢いんだけど、人間の言葉がしゃべれることとかは秘密だもんね。
 わたしには可愛いわんこでも王都を守る門番さんには危険なモンスターか。

 アレコスさんも言う。

「あそこ池があるから落ちないように気をつけてね。激しい水音が聞こえたら、すぐ助けに行くけど」

 どちらにも気をつけますと答えて、わたしは森へと歩いて行った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 森に入ってすぐに、小さな池を囲む空間が現れた。
 池のほとりには座るのにちょうど良さそうな大岩が転がっている。

 ……うん、恋人達のデートコースに良さそう。
 夜だったらきっと水面に月が映って綺麗なんだろうな。

 そういえば、わたしをこの世界に転生させてくれたのは月の女神様なんだよね。
 えっと……そうだ、ヌエバ様。
 冥府の神様とも言ってたっけ。

 辺りに人の気配はない。
 ダンジョンでモンスターを倒して魔石を採取するほうが儲かるので、薬草採取は人気がないのだ。

 とはいえ回復薬の原料となる薬草を採取するのは大切な仕事。
 だれも依頼を受けないときは冒険者ギルドのマスターが薬草採取に出かけている、と昨夜シオン君に聞いていた。

 採取依頼定番の薬草、毒消し草、上薬草、真珠草は、ダンジョンに流れ込む魔脈沿いに生える。
 人工栽培したものは含有魔力量が少な過ぎて役に立たないのだという。

「わふわふ」

 ラケルが前足で突いてくるので、わたしはおしゃべりの許可を出した。

「だれか来たら、ちゃんとわんこの振りするんだよ?」
「俺、わんこだぞ? わんこでー、ケルベロスでー、ダークウルフだ!」
「そうだね」

 わたしは池を囲む草むらにしゃがみ込んで、スサナさんが図鑑で見せてくれた薬草を探し始めた。
 前世のアロエに似ていたけれど、この薬草は柔らかいって言ってたな。

「あ、これかな」
「どれどれー?」

 駆け寄ってきたラケルに薬草を見せると、ふんふんと匂いを嗅いだ。

「匂い覚えたぞ!」

 と言うので、ラケルに先導してもらって薬草採取を続ける。
 よく見ると恋人達が踏み締めたっぽい道ができていて、薬草はそれを外れた場所に群生していた。

 二本三本四本──言われた通り柔らかいので、摘んだらすぐラケルの影に入れる。
 せっかく採取したのに潰れて役に立たなかったら勿体ないものね。

 しばらく経つと指先が緑色に染まっていたので、一旦休むことにした。
 太陽も天頂に移動している。
 ……もうお昼なんだなあ。

 この世界の神様は、ヌエバ様だけではない。
 ヌエバ様の旦那様の太陽神アルバ様もいらっしゃる。

 夫婦神様は忙しいので、人間のことは七柱の神獣に任せているのだという。
 天候管理とか動植物の生態保護とか、神様はいろいろ大変そうだもんね。この世界はモンスターもいるし。
 とりあえずラトニー王国にはラケルのお父さんのケルベロス様がいる。

 あと、この世界にはドワーフとエルフもいた。
 ベルちゃんはドワーフ。
 ラトニー王国の北にドワーフの国ワリティア、南にエルフの国アケディアがある。

 この世界の人間とは、シオン君のようなヒト族とベルちゃんのようなドワーフと、会ったことのないエルフの総称だった。
 獣人はいないそうです。
 異世界人のわたしは一応ヒト族になるのかなあ?

 知らないことがいっぱいで途方に暮れそうになるけれど、とりあえずいろいろなことを考えて忙しくしていたら、前世のことは思い出さない。
 ……思い出さないように、している。

「ラケルー、お昼にしよう」
「はーい」

 池のほとりの大岩に腰かけ、ラケルを抱き上げる。

 『浄化』の魔道具を使ったら、指先の緑色は綺麗に消えた。
 便利だなー。あと何回くらい使えるんだろう?
 燃料魔石を入れ替えたら、ずっと使える?

「なにが食べたい?」
「なににしようかなー? ごしゅじんの魔石ごはん、どれも美味しいからなー」

 しばらく悩んで、ラケルは唐揚げが食べたいと言った。
 ……唐揚げ、か。
 昨日唐揚げサンドを気に入ったシオン君達にせがまれて、単品でも作ったんだっけ。

 二枚の平皿にダンジョンアントの魔石を載せて魔力を注ぎ込む。
 冒険者ギルドで四種類のケーキを一度に作ったように、複数の料理を同時に作るのもお手のものです。

 ラケルリクエストの唐揚げ(防御力上昇)に、さっぱりしたレモンドレッシングのかかったキャベツの千切り(集中力上昇)と塩むすび(邪毒系状態異常耐性上昇)。
 お塩を混ぜたり具を入れたりしない炊き立てごはんだけを作ることはできないのが悩みの種。料理、じゃないといけないのかなあ?
 でも炊き立てごはんは立派な料理だと思うんだけどなあ。美味しいしー。

 唐揚げはアツアツ、キャベツはシャキシャキ、塩むすびは温かくてふんわり。
 ここまでできるのに炊き立てごはんは作れない。……くすん。

 ラケルの深皿にきな粉ミルクも作って、大岩の上に置く。
 わんこだけどモンスターだし、魔石ごはんなのでミルクも大丈夫。
 わたしはコップにミルクティー。……おにぎりだから日本茶にすれば良かった。

「美味しそうだぞ!」
「うん、じゃあ食べようか。いただきます」
「いただきますだぞ。……あ! 待て待てー俺のおにぎりー」

 唐揚げに飛びついたラケルは、塩むすびを転がしてしまった。
 大岩から落ちて勢いがついたおにぎりが池を目指す。
 食べ物を粗末にするのはダメだけど、

「池に落ちないよう気をつけてねー」

 ラケルに言って、わたしは新しいダンジョンアントの魔石を取り出した。
 たぶんラケルは間に合わない。
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