上 下
52 / 64
アリの巣殲滅編

51・アリの巣殲滅初日

しおりを挟む
「なんだか美味そうな匂いがするな?」

 アリの巣殲滅初日。

 馬車も通れないような道を辿って、多くの参加者が集まっていた。
 冒険者に傭兵──五百人ほどという予想をはるかに越えて、七百人くらいいる。
 ヒト族がほとんどだが、ドワーフやエルフもかなり混じっていた。

 群衆から聞こえた呟きに、わたしは体を硬くした。
 参加者に配るのは布に包んで持ち歩いても崩れないパンなのだけど、準備や打ち合わせで早めにやって来たガルグイユ騎士団員や聖神殿の神官達にお祭りの出店セットを振る舞ったのだ。
 焼きそば(素早さ上昇)、お好み焼き(防御力上昇)、たこ焼き(攻撃力上昇)のソース三銃士。

 ソースの匂いがまだ残っているのだろう。
 後方支援担当の人達に戦闘向きのセットを振る舞ったことが、少々申し訳ない。
 ……パンも一所懸命作ったので許してください。錬金術自体は全然疲れないんですが。どんなに作っても一向にレベルも上がらないんですが。

「それでは長机の前に並べ。走ったり割り込みをしたものはパン三個とする。パンを五個選んで布に包んだものは俺の前へ」

 純白の鎧を着込んだシオン君が告げる。
 青いマントが風になびいて映画のようだ。
 最初に会ったときのようにくぐもった声なのに、兜をかぶっていても響き渡るのはすごい。発声がいいのかな。

 彼は開け放したダンジョンの扉の前で仁王立ちしている。
 『聖域』を張っていたころより増えたテントの長机の前に、参加者達がやって来た。

「あ!」
「……久しぶり」「よお」「来てやったぞ」「ラーメンはないんですか?」「隊長、開口一番それはどうなのさ」「葉菜花さん、お元気そうでなによりです」

 傭兵隊『闇夜の疾風』だ。
 イサクさんを先頭に、ルイスさんニコロ君マルコさん、バルバラさん、ジュリアーノさんが並んで立っている。

「お久しぶりです。みなさんもお元気そうでなによりです」
「わふ!」

 長机の下でラケルも挨拶した。

 パンを取るときのルールを説明して、まずはイサクさんに選んでもらう。
 布もこちらで配布する。
 アリの巣殲滅に参加した証明書の代わりだ。

「……葉菜花、これは?」
「激辛カレーパンです。となりの色の薄いほうが激辛じゃないカレーパンです」

 カレーパンも脂っこいんだけど、シオン君がメニューに入れろと言って譲らなかった。
 彼はカレーとタラコと明太子が大好きだ。
 揚げパンと違って砂糖がついてるわけじゃないから、まだいいのかな。

「えっと……辛い肉まんみたいな?」
「そうか! こっちの白いのはなんだ?」
「ツナマヨパンです。お好み焼きの上にかけてた白いソースとほぐしたお魚を混ぜたものが載せられています」

 イサクさんなら旅の間にいろいろ食べてもらったから説明しやすいな。

「イサク。一々全部聞いてたら日が暮れるぞ」
「う……そうだな、後ろも長い。ルイス、俺が選ばなかった分はお前が選んでくれ」
「知らねーよ!」

 今日は初日だからパンの配布のあとに説明もあるし、時間がかかってもいいとは聞いている。
 あまりに進まないようなら、明日からはおかずパンのみ、オヤツパンのみ、おかずパン×3とオヤツパン×2のセットを作って、それを渡すだけにする予定です。
 最初からそうしても良かったんだけど、中身がわからないものを配るのもどうかな、ということで、今日は選んでもらうことになりました。

「……葉菜花」
「はい」
「……思うんだが、俺は体が大きいだろ? 五個のパンでは足りない気がするんだ」
「帰りにも五個配りますよ」
「……」
「イサク」
「……わかった」

 ルイスさんに睨まれて、イサクさんは選んだパンを布に包んで立ち去った。

「まったくあのバカは」

 などとブツブツ言いながらも、ルイスさんはイサクさんが選んでないパンを選んでいきました。
 虫が好きなのはどうかと思うけど、基本的にルイスさんは優しくて面倒見のいい人です。
 イサクさんはカレーパン(攻撃力上昇)激辛カレーパン(HP自然回復率上昇)ツナマヨパンとコーンマヨパン(防御力上昇)よもぎパン(素早さ上昇)で、ルイスさんはウインナーパン(攻撃力上昇)グラタンパン(防御力上昇)バジルのピザパン(素早さ上昇)あんパン(精神力上昇)ジャムパン(集中力上昇)でした。

 ふたりとも付与効果のことを知らないのにバランスいいなあ。
 ルイスさんの次はニコロ君。

「これじゃ時間かかってしょーがねーから、葉菜花のおまかせでいいぜ」

 と言ってくれたので、ハンバーグパン(攻撃力上昇)とグラタンパン(防御力上昇)、ほうれん草とベーコンを練り込んだパン(素早さ上昇)、チョココロネ(魔攻上昇)とクリームコロネ(魔防上昇)を包んであげた。
 スキルはMPを消費するから、魔攻を上げておけばニコロ君の『索敵』スキルが強力になるんじゃないかな。

「甘そうなの二個も入れんなよー」

 わたしの選んだパンを見たニコロ君は、口を尖らせつつも嬉しそうだった。
 次はマルコさん。

「葉菜花さん、ラーメンはありませんか?」
「ありません。でも……」
「でも?」
「アリの巣殲滅が十日の予定より早く終わったら、打ち上げと称してラーメンを振る舞ってもいいかもってシオン卿が言ってましたよ」
「ほう」

 マルコさんの瞳が輝く。
 シオン君に、こう言えと教えられていたのだ。
 黒コショウの効いたベーコンエピ(攻撃力上昇)とあんパン(精神力上昇)を二個ずつと、チョココロネ(魔攻上昇)を風のような速さで選んで、マルコさんは去っていった。

「うちの隊長がすまなかったね。アタシは……」

 ミートパイ(攻撃力上昇)にクルミとチーズのパン(支援効果上昇)、カボチャのカップケーキとニンジンのカップケーキ(HP消費量減少)、四角いアップルパイ(集中力上昇)──バルバラさんもサクサク選んで去っていく。

「これは美味しそうですね。魔術を使うと甘いものが食べたくなるので……」

 ジュリアーノさんが選んだのは、全部オヤツパンだった。
 あんパン(精神力上昇)ジャムパン(集中力上昇)クリームパン(知力上昇)、チョココロネ(魔攻上昇)とクリームコロネ(魔防上昇)。
 地味にコロネが人気な気がする。

 前世でも脳には糖分が必要といわれていた。
 神聖系魔術を使うジュリアーノさんは、経験でそれを悟っているんだろうな。
 ジュリアーノさんが行ってしまうと、あとは知らない人ばかりだ。

「右側がお肉やお魚を使ったおかずパンで、左側がオヤツパンです」
「ふむ」
「おい! このハンバーグパンっての美味いぞ! お前もこれにしろよ!」

 先に選んでいた参加者が、早くもパンを齧って仲間に忠告している。
 『聖域』を張っている間にメニューも増やしたので、おかずパンもオヤツパンも種類が豊富なのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

十人十花 ~異世界で植物の力を借りて、人も魔獣も魔族も癒します~

唄川音
恋愛
五歳の時、シュゼットはブランデーを作るための水蒸気蒸留装置を見たことで、自分の前世の記憶の欠片を思い出す。これを使えば、植物から精油を蒸留できること、そしてその精油を使って、人々の心身を整えられることを。シュゼットは前世ではフランス人で、植物の力を借りて、人々を癒す仕事をしていたのだ。 しかし、まだ五歳のシュゼットは、それが自分の前世の記憶だとは思わず、「これは神様がわたしの役割を示すために見せている不思議なイメージだ」と勘違いをする。シュゼットはその「神のお告げ」を頼りに、今世には存在しない「植物の力を借りて、人々を癒す仕事・アロマテラピー」に取り組んでいく。 モフモフの小さな相棒犬・ブロンと優しい祖母と共に暮らしていたある日のことだった。シュゼットは道端でぐったりと眠る青年・エリクに遭遇する。シュゼットが慌てて起こすと、エリクは単なる寝不足が原因で道端で寝てしまったという。ひどい睡眠障害だ。そこでシュゼットはエリクの睡眠習慣を、植物の力を借りて改善することを提案する。睡眠の悩みを抱えていたエリクは喜び、シュゼットのおかげで徐々に改善していく。 順調に見える日々の一方で、シュゼットにも悩みがあった。それは、時折届く、嫌がらせの手紙だ。その手紙の内容は、シュゼットの自然療法をやめさせようとするもの。ただし、手紙が届くだけだった。 しかしシュゼットの家で、エリクにアロマトリートメントをした日、ドアを叩かれるという嫌がらせにあう。そんなシュゼットたちを心配したエリクは、用心棒として一緒に暮らすことを提案し……。 前世の知識を駆使して、植物の力で人々を幸せにするハッピースローライフ。 ※精油やアロマトリートメント、ハーブなどを取り扱っていますが、筆者は関連する資格所有者ではなく、本で集めた知識を使っているため、作中の描写を百パーセント参考にしないでください ※精油やアロマトリートメント、ハーブなどを使用する場合は、専門家や専門店にご相談ください 表紙は「同人誌表紙メーカー」様で作成しました。 URL https://dojin-support.net/

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。 かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。 ついでに魔法を極めて自立しちゃいます! 師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。 痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。 波乱万丈な転生ライフです。 エブリスタにも掲載しています。

処理中です...