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葉菜花、旅立ちました編

42・帰路三日目の朝

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 港町マルテスを出発して帰路に就いてからは、滞りなく日々が過ぎた。
 往路も特に問題なかったしね。
 明日の夜には、王都サトゥルノに到着する。

 今朝のごはんは部活帰りのDKセットBラーメン(HP自然回復率上昇)+肉まん(防御力上昇)+シューマイ(攻撃力上昇)です。
 お鍋にダンジョンアントの魔石を入れて味噌ラーメンを変成する。

「できましたよー」
「ロレッタがお皿を配ってあげるのよ」
「わふわふ!」

 森の木陰に置かれたテーブルの上に、お鍋がひとつと大皿がふたつ。
 テーブルの横に立ったロレッタちゃんが、ラケルから受け取った個人用の取り皿とスプーンを渡していく。

「はい、お父様」
「ありがとう、ロレッタ」
「はい、マルコ。ラーメンばっかり食べていてはダメなのよ?」
「いくらお嬢様のご命令でも、それだけは聞けません!」

 ……マルコさん。

「ははは、ロレッタ。マルコさんが執着するなんて珍しいことなんだから、それくらい許してあげるのも雇い主の度量だよ」
「はぁい。次はジュリアーノね」
「ありがとうございます」

 続いてバルバラさん、イサクさん、ルイスさん──わたしはロレッタちゃんの隣で、差し出されたコップにリクエストされた飲み物を変成していく。
 旦那様がウーロン茶、マルコさんはラーメンのお鍋へ直行、ジュリアーノさんとバルバラさんがジャスミン茶、イサクさんとルイスさんはジンジャーエール。

「はい、どうぞ」
「葉菜花」

 ルイスさんが、エメラルドの瞳でまじまじとわたしを見つめる。

「なんですか?」
「肩に虫」
「ふえっ?」
「結構珍しい蝶の幼虫だな」

 ルイスさんはとてもいい笑顔だ。
 森で暮らすエルフだから、昆虫が好きなのかもしれない。
 でもわたしはダメだった。

「ふええぇぇぇっ!」
「葉菜花?」
「わふっ?」

 驚きのあまり、ルイスさんに渡す前のジンジャーエール入りのコップを地面に落としてしまう。

「え? え? 毒も棘もない芋虫だぞ?」
「なに言ってんだ、ルイス。虫は好みが分かれるだろ?」

 俺だってそんなに好きじゃない、と言いながら、ニコロ君がルイスさんを押し退けた。
 彼は手を伸ばして、わたしの肩の芋虫を指先で弾き飛ばしてくれる。

「森に帰したんで良かったよな?」

 わたしは無言で頷いた。
 まだ体が固まっていて声が出ない。

「木に近いとまた落ちてくるかもしんねーから、テーブルのこっち側にいろよ」
「わふ!」
「葉菜花ちゃん、虫が苦手なのね」
「ロ、ロレッタちゃんは大丈夫ですか?」
「お父様が絵の手本にするから慣れたけど、芋虫よりはテントウムシのほうが好きなのよ」
「テントウムシは可愛いですよね。……あ、ルイスさんのコップ!」
「俺が拾うから大丈夫だ。うぇっ、手がベタベタする」
「『浄化』の魔道具を使うといいのよ」
「わふふ!」

 気持ちが落ち着いてきたので、わたしはみなさんに頭を下げて謝った。

「騒いじゃってすいませんでした。ニコロ君、ありがとう」
「大したこっちゃねーよ」
「かまいませんよ、葉菜花さん」

 旦那様が笑ってくれて、また朝食が再開した。

 ……うーん。虫が嫌いなのは前世からだけど、なんだか妙にうろたえちゃった。
 この世界に来てからは、結構冷静に行動できてた気がするんだけど。
 旅で疲れてるからかな。

★ ★ ★ ★ ★

 ラーメンを食べてお代わりをして、また食べてお代わりして、を繰り返しながら、マルコは葉菜花を観察していた。

 『隠密』スキルのレベルは、普段よりも上げている。
 周りはマルコの気配すら感じられていないはずだ。
 怒られずにラーメンを食べ続けるためではない。

(……最近の彼女はおかしいんですよね。いや、むしろ年齢相応になってきたというべきか……)

 ラーメンのことでマルコをあしらうのは習慣化しているらしく変わらないが、ちょっとしたことへの反応が大きくなってきた気がする。
 ほかの隊員達は、葉菜花が『闇夜の疾風』に馴染んで素が出てきたからだと思っているようだ。

(……それだけじゃない感じもするんですが……)

「わふ?」

 視線を落とすと、黒い毛玉に金色の瞳で見つめられていた。
 この生き物も謎である。
 ときどきとんでもない威圧感を放ってくるのだ。

 この黒い毛玉は普通のモンスターではないのかもしれない。
 今も『隠密』のレベルを上げたマルコの存在に気づいている。
 マルコは小声で囁いた。

「……大丈夫。シオン卿に頼まれてますからね。わざと虫を見せてからかったりはしませんよ。ルイスだって悪気があったわけじゃありません。許してやってください」
「わふー……」

 黒い毛玉が大仰に溜息を吐く。
 彼の背後には背伸びしてテーブルへと手を伸ばしているロレッタの姿がある。
 自分の主人が心配でたまらない様子なのにロレッタから離れないのは、なにか理由があるのだろうか。

「ラケルちゃん、半分こしましょう」
「わふ!」

 テーブルから肉まんを取ったロレッタが、ふたつに割って毛玉に差し出すのを確認したあとで、マルコは周囲に視線を向けた。
 そういえば半月ほど前に、聖女が神獣の客を迎えに行ったという噂を聞いたことがあった、などと思いながら──

「……ニコロ君」
「なんだよ、葉菜花」
「さっきはありがとう。これ、お礼」
「ただの肉まんじゃん。……ん? 色が違うな。ピンクと黄色?」

 葉菜花に渡された肉まんと同じピンク色の食べ物を口にして、ニコロがにやける。
 伯父のマルコは知っている。あれは甘いものを食べたときの顔だ。
 ニコロはすぐに不機嫌そうな顔を作った。

「な、なんだよ、俺は甘いもんなんか好きじゃねーっての。でもまあ、どうしてもっていうなら食べてやってもいーぜ。こ、こっちの黄色いのも甘いのか?」
「そっちはカレーまんっていって辛いヤツ」
「そうか!……うん。辛いのなら好きだぜ?」

 どうしてそんなに甘いもの好きを隠すのか、一緒に暮らしているマルコにもよくわからない。
 近所の子にでもからかわれたのだろうか。

「……イサク」
「……ん。まだ肉まんもシューマイもあるから自分で取って来い」
「違う。……俺、葉菜花に嫌われたかなあ。からかったわけじゃないんだ。虫が嫌いだなんて知らなかっただけなんだ」
「……知らん」

 ルイスは先ほどのことを気にしているようだ。
 イサクは自分の皿一杯に載せた肉まんとシューマイを食べている。

「ジュリアーノは肉まん好きなんだね」
「ええ。肉だけでなく刻んだ野菜も入っているところが、とても良いと思うんです。おや? ニコロ君が食べている肉まんは色が違いますね」
「葉菜花に聞いてみようか」

 葉菜花の魔石ごはんが話題とはいえ、ジュリアーノとバルバラは以前より会話が弾むようになってきた。
 マルコの気配を感じないことに気づいたロレンツォが辺りを見回しているので、マルコは『隠密』スキルのレベルを下げた。
 無意味な心配をさせないよう、あとで盗賊の気配を感じて探っていたわけではないと伝えておかなくては。

(……葉菜花さんのことは気になりますが、今はこの旅を無事に終わらせなくては。彼女とはまた会えるでしょうからね)

 葉菜花が王都サトゥルノ近くのダンジョンでおこなわれるアリの巣殲滅に食事係として参加する予定だということは、シオン卿から聞かされていた。
 シオン卿の誘いに乗って、マルコ本人も戦闘要員として参加するつもりだ。
 参加者には食事係の葉菜花が作る魔石ごはんが配布されるのだから。

(……配る料理の中にラーメンはあるのでしょうか?)

 思いながらコップ残りのラーメンを食べ終えたマルコは、ロレンツォに無事を報告する前にお代わりを食べておこうと、鍋へと向かって歩き出した。
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