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葉菜花、旅立ちました編

40・港町マルテス

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 港町マルテスで目覚める。
 窓を開けると潮の香りがした。

 今日はバルバラさんとマルコさんだけがロレッタちゃん達に同行して、残りの隊員+わたしは自由行動です。
 遊んでて報酬をもらうのは申し訳ないけど、旅行気分でちょっと楽しみ。
 ベルちゃんのお土産は手に入れたから、次はシオン君へのお土産だね!

 なんて思っていたのだけれど──

「……」

 なんだかロレッタちゃんの様子がおかしい。
 『黄金のドラゴン亭』のロビーでラケルを抱いたまま、ぼーっとしてる。

「ロレッタ? みなさんに挨拶してから行くんだよね?」
「……」

 も、もしかして! 昨夜のアイスひと匙がダメだったのかな。

「ロレッタちゃん、もしかしてお腹痛いんですか? 旦那様すいません」

 ロレッタちゃんはフルフルと首を横に振る。

「そういうわけではないと思いますよ。旅の疲れが出たのでしょう」

 それはそれで心配だな。
 腹痛だったらジュリアーノさんが治してくれるけど、疲労に効く回復魔術はない。

 これからお仕事だから、急に不安になっちゃったっていうのもありそうです。
 うーん。なにか楽しいこと、希望が持てるようなことがあったら違うかな?

「ロレッタちゃん、今日は別行動ですね」
「……」

 ロレッタちゃんは無言で頷く。

「わたし、ロレッタちゃんにお土産買ってきますね」

 そう言った途端、ロレッタちゃんの顔色が一瞬で明るくなった。

「ロレッタにもお土産?」
「はい。なにがいいですか? 決めておかないほうがワクワクしますかね」
「そうね。なんでもいいのよ。……良いものが見つからなかったら、アイスでもいいのよ?」
「ロレッタはアイスが好きだねえ。蒸し暑くてよく眠れなかったのかい?」
「そんなことないわ。ロレッタは元気なのよ。でも……葉菜花ちゃん、ラケルちゃんを連れて行っていい?」

 ラケルはロレッタちゃんの腕の中で、任せとけ、とでも言いたげな顔をしている。

「いいですよ。ラケル、ロレッタちゃんをお願いね?」
「わふ!」
「うふふ。ロレッタも葉菜花ちゃんにお土産を持って帰るのよ」
「ロレッタちゃんはお仕事だから、気にしなくていいですよ」
「大丈夫なのよ。大工房の職人達は、いつも試作品をくれるから」

 その大工房は、ロンバルディ商会に依頼されるものを制作するだけでなく、自主的に新製品のアイデアを出してくれることもあるらしい。

「じゃあ行きましょうか、ロレンツォさん。留守番組は楽しんでおいで。夕方にはこのロビーに帰ってくるようにね」

 マルコさんの言う通り、夕方にはまた馬車に乗って出発するのだ。

「そうですね、マルコさん。もういいかい、ロレッタ。体が怠いのなら、お父さんが抱っこしようかい?」
「大丈夫なのよ、お父様。ロレッタは強い子だから。……じゃあまたあとでね、葉菜花ちゃん」
「行ってらっしゃいませ、ロレッタちゃん」

 わたしは手を振って、宿を出る四人を見送った。
 ラケルと離れるのは寂しいけど、ロレッタちゃんはまだ小さいものね。
 今日だけは貸してあげよう。

 それから振り向いて、留守番組の顔を見上げる。
 イサクさん、ルイスさん、ニコロ君、ジュリアーノさん。

「あの……町に出かける方はいませんか? 一緒に行きたいんですが」

 シオン君にも言われたし、ひとりで町を散策する気はなかった。
 同行を断られたら、宿の部屋でお昼寝してようかな。
 お土産を用意できないのは残念だけど。

「そうだな。葉菜花はトロいから、俺が連れてってやるよ」

 最初にそう言ってくれたのは、ニコロ君だった。

「……俺も一緒に行こう」
「俺もいいぜ」

 イサクさんとルイスさんも頷いてくれる。
 ジュリアーノさんのメガネが光った。

「私は宿で『回復』魔術の研究をしています。イサクさん、私の魔術書を出してもらっていいですか」
「……わかった」

 イサクさんがアイテムボックスから出した魔術書をジュリアーノさんに渡して、わたし達四人も宿を出た。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 港町マルテスは人でごった返していた。
 日に焼けた肌の逞しい身体つきの人達は船員さんだろうか。
 ちょっと蒸し暑いけど、ケルベロス様にもらった黒いローブは通気性がいいのか体は楽だった。

「荒っぽいヤツが多いから、俺の側を離れんなよ?」

 確かにときどき怒鳴り声が聞こえる。
 ケンカらしき騒ぎが起こっているのも見えた。

「ありがとう、ニコロ君」
「葉菜花、どこへ行きたい?」
「みなさんの行きたいところでいいですよ。わたし、この町初めてなんです」
「俺達は何度も来てるから、改めて行きたいところってねーんだよなー」
「……なにか食おう」

 イサクさんの言葉に、鼻をくすぐるのが潮風だけじゃないと気づく。

 ところどころに露店が立ち、海の幸を焼いていた。
 魚や貝にかけられた魚醤ガルムが焦げる匂いがする。
 『黄金のドラゴン亭』で朝ごはんは食べたけど、二、三個なら入るかな。

「いくらくらいするんですかね?……あ」
「どうした、葉菜花?」
「……わたし、お金持ってませんでした。荷物は全部ラケルに預けっぱなしなので」

 お財布はあるのだが、中身はダンジョンアントの魔石だ。
 イサクさんが微笑んだ。

「……俺が奢る。いつもの美味い魔石ごはんの礼だ」
「そ、そんないいですよ。ラケルと合流するまで貸してもらえれば大丈夫です」
「いいじゃん。俺もちょっとなら奢ってやるぜ」
「俺も奢る。イサクの言う通り、いつもの礼がしたい」

 イサクさんだけでなく、ニコロ君やルイスさんまで言ってくれる。
 ここで断るのは却って失礼かな。

「じゃあ焼いた海産物をひとり一個ずつ買ってもらっていいですか?」

 近くの屋台には、どれでも一個銅貨三枚と書いてある。約三百円だ。
 それくらいならいいよね?

「……三個でいいのか?」
「葉菜花は食が細いなー」
「いや、ヒト族の女の子はこれくらいだろう。この屋台でいいか?」
「らっしゃい!」

 少し見ただけで、屋台の店員さんが大声で言った。
 食材は新鮮そうだし、漂う匂いも美味しそうだし……うん、このお店がいいや。

「……好きなのを選べ。お勧めは貝だな」
「俺はエビー」
「巻貝も美味いぜ」

 イサクさんはアワビのような二枚貝、ニコロ君はエビ、ルイスさんはサザエのような巻貝をお勧めしてくれる。
 わたしは素直にそれを注文した。

 焼きたての熱々を陶器のお皿に載せて渡してくれる。
 食べ終わったら屋台の横に置かれた樽の中に入れてほしいとのこと。

「……美味い」「葉菜花の魔石ごはんも美味いけど、新鮮な魚介はいいな」「うめー!」

 イサクさん達もそれぞれに好きな海産物を……山盛り購入していた。
 ダンジョンアントの魔石で作る魔石ごはんは前に思った通り百円以内のもののようで、元の数を増やすことで大きくはできても質は向上できない。
 普段は美味しく食べているけれど、こうして新鮮な海産物を食べると違いがよくわかる。

「……葉菜花の焼きそばに混ぜたら、もっと美味そうだ」「ピザに載せてもいいな」「葉菜花、このイカもうめーぞ!」

 うん、イカも美味しそう。
 三人は丸ごとのお魚を頭から食べたりもしている。
 でも、わたしはお勧めの三品だけでお腹いっぱいになっちゃったんだよね。

 ──しばらくして、わたし達は陶器のお皿を樽の中の水に浸けて立ち去った。
 舌鼓を打っていたら、ほかのお客さんもやって来て屋台の前が混雑してきたのだ。
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