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葉菜花、旅立ちました編

38・『黄金のドラゴン亭』の夜

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「葉菜花ちゃん、お髭生えてるの。……ロレッタも?」
「生えてますよ」
「わふふ!」

 ロレッタちゃんの白い肌には、苺牛乳製のピンクのお髭ができていた。
 わたしのお髭はフルーツ牛乳製だ。
 ラケルの黒い毛並みもフルーツ牛乳で濡れている。

 太陽が沈みきる前に港町マルテスに着いたわたし達は、『黄金のドラゴン亭』で一休みして夕食を摂ってから大浴場で旅の疲れを落とした。

 そう! 『黄金のドラゴン亭』には大浴場があったのです。
 マルテスから東に海を進むと海底火山があって、その影響で温泉が湧いている。
 海底火山がある東の海域は水棲モンスターが多くて、船の航路にはなってない。

 海流が変わってモンスターが移動する夏の一時期だけなら移動できるかも? というところ。昔はその時期にラース帝国海軍が攻め込んできたこともあったんだって。
 マルテスの港から出る船は大陸沿いに北のワリティアへ行くか、ラトニーのほかの港で補給しながら南下してスペルビアやインウィへ向かうのだとか。

 東の大陸へ行こうと思ったらインウィ経由で三か月ほどかかるけど、向こうのラース帝国を始めとする国々とは今のところ国交がないので問題ないとのことでした。

「……もしかして、アタシにも髭ができてるのかい?」
「バルバラは大丈夫よ」
「大丈夫ですよ」

 バルバラさんはコーヒー牛乳。
 お肌がコーヒーに近い褐色なのもあるけれど、飲み方が綺麗なのでお髭はできていない。
 ……は! わたしもう十五歳なのに!

「そうかい。これも美味しかったよ、葉菜花」

 言いながら、バルバラさんが部屋の戸口に視線を向ける。
 ロレッタちゃんが尋ねた。

「そろそろ?」
「はい。弟達が下のロビーに着くころだと思います。お嬢と葉菜花をロレンツォの旦那の部屋に送り届けてから会いに行きますね」

 バルバラさんには船乗りをしている双子の弟がいる。
 今回はたまたま弟さん達の乗っている船もマルテスに来ているので、ロビーで落ち合って町を散歩する予定なのだという。

「なにか食べに行くの?」

 マルテスの城壁をくぐってから『黄金のドラゴン亭』に着くまでの間、石畳の道の両端には、ところ狭しと魚介を売る露店が並んでいた。
 船乗り目当ての酒場も多いそうです。

「そうですね。アタシはもうごちそうになりましたから酒でも飲みながら、アイツらになにか食わせてやろうかと。まだまだ食べ盛りですからね」
「ふむふむ。これまでは疲れてて生臭いだけだと思ってた魚介類も、元気な状態で食べると美味しかったのよ。たくさん食べさせてあげなさい」

 ロレッタちゃんの言葉に、お風呂の前に食べた夕飯を思い出す。
 新鮮な貝にエビ、カニ、白身魚に赤身の魚。どれも美味しかったなあ。
 大豆で作るしょう油とは違うんだろうけど、魚で作った魚醤ガルムというものが添えられていて、なんだか懐かしい味がした。

 お刺身がないのは残念だったけど、炊き立てごはんが欲しくなっちゃったなあ。
 魚をお塩で焼いただけのも美味しかった。
 ラトニーは食いしん坊の国だけあって岩塩だけでなく海塩も流通しているので、天日塩チートはできません。

「ははっ。残念ながらあの子達、魚は食べ飽きてるんですよ。なにか良い店があるといいんですけどね」
「船乗りだものね。……葉菜花ちゃん?」
「なんですか、ロレッタちゃん」
「わふ?」
「ロレッタが金貨二枚出すの。バルバラの弟達に美味しい魔石ごはんを作ってあげて」
「わかりました。でも……一枚でいいですよ」

 スキルの安売りはダメとはいえ、金貨二枚(二十万円くらい)じゃ多過ぎると思う。
 本当は一枚でも多い気がするけど、今は三食分として一日金貨三枚もらってるから追加で一枚は妥当なところなんだよね。この宿に泊まっている間は作らなくていいと言われてるから、その分オヤツは三食のおまけで別途料金はなしということにさせてもらっている。
 宿代や通行料はロンバルディ商会が出してくれていた。必要経費だからかな。

「お嬢! そんなに気を遣っていただかなくてもいいんですよ。仕事中に抜けさせていただくだけでも申し訳ないのに」
「バルバラには明日もロレッタの護衛で大工房まで同行してもらうのだもの。慰労するのは当然のことなのよ」

 ロレッタちゃんは明日、王都サトゥルノの研究工房で試作した色を変えたダンジョンアントの魔石をマルテスの大工房へ持って行く。
 あまり大人数だと目立つから、ということで、ロレッタちゃんと旦那様に同行するのはバルバラさんとマルコさんだけで、ほかの隊員は自由時間の予定なのだ。

「でも……そうね。どうせならみんなを労わるの。バルバラ、弟達を呼んできて。ジュリアーノ達の部屋で葉菜花の魔石ごはんを楽しむのよ」

 部屋分けは、ロレッタちゃんとバルバラさん+わたしとラケルの女の子部屋を中心に、右隣が旦那様とマルコさん、左隣が男性陣となっている。
 どの部屋もベッドは三床で、男性陣は全部くっつけてごろ寝するそうです。

「お父様がいたら緊張すると思うから、お父様は呼ばなくていいのよ?」

 バルバラさんは苦笑して、

「報告と、お嬢がこれから間食してもいいかだけ確認しておきます。アタシが戻るまで、この部屋で待っていてくださいね」

 と言って部屋を出て行った。
 旦那様はロレッタちゃんに甘いので、たぶんOKが出ると思う。
 旅先だからいい、のかなあ?

「葉菜花ちゃん、宿の中だから大丈夫。先にジュリアーノ達の部屋へ行っておくのよ」
「バルバラさんが戻るまで待ちましょう」
「わふ!」
「えー!……葉菜花ちゃんが言うのなら仕方がないの」

 ロレッタちゃんは溜息をついて、ラケルを抱き上げた。

「お風呂のあとだから、いつもよりふわふわで良い匂いがするのよ」
「わふわふ!」

 旅の間は『浄化』魔術しかなかったから、久しぶりにお風呂に入れて良かった。
 清潔度は変わらなくても、やっぱりなにかが違う気がするのです。

 ──しばらくして戻ってきたバルバラさんと一緒に、男性陣の部屋へ向かう。
 すぐ隣なんだけどね。

 バルバラさんの弟さん達は先に部屋へ行っていた。
 ジュリアーノさん達とは顔見知りだそうです。
 扉を開けると……なんか部屋が狭い。

「お嬢はご存じでしたよね。葉菜花、アタシの弟のパオロとモゼーだよ」
「初めまして、パオロだよ」
「俺はモゼー」

 ふたりはそっくりで、とても大きかった。
 バルバラさんと同じ黒い髪に褐色の肌、琥珀の瞳。

 身長自体はイサクさんと変わらないんだけど、横幅が広い。
 太っているんじゃなくて筋肉が盛り上がっているのだ。
 イサクさんは細マッチョで、ふたりはマッチョって感じかな。

「葉菜花です」

 冒険者水晶が淡く白く光った。
 ルイスさんが訊いてくる。

「葉菜花、こんな遅くに魔石ごはんを作ったりして体は大丈夫か?」
「はい。下ごしらえが終わった魔石をたくさん持って来てるので、全然大丈夫です」

 『異世界料理再現錬金術』って全然疲れないんだよね。
 MPもほとんど減ってないみたいだし。
 シオン君とベルちゃんに作らされ過ぎて、体が慣れただけかもしれないけど。

「えっと……お魚よりお肉がいいんですよね?」
「うん、肉食いたーい」
「魚飽きた。肉肉!」
「わふう……」

 自分もお肉が好きだからか、ラケルは少し同情するような顔になった。
 お皿を出して、まずはハンバーガーを大量に変成する。

「うわー!」
「さっき姉ちゃんが話してたの、マジだったのかよ!」

 パオロ君とモゼー君が歓声を上げた。
 ふたりはわたしよりひとつ上、ベルちゃんと同い年の十六歳。
 お仕事関係の人でもないので君付けで呼ばせてもらうことにした。

「パオロ、モゼー。こんなもんで驚いてたら、シュワシュワ飲んだら腰抜かすぞ」

 十歳のニコロ君は呼び捨てにしてるけど。
 この世界ではそのほうが普通なのかな。

「「シュワシュワ?」」
「これです。刺激が強いから、気をつけてくださいね」

 パオロ君とモゼー君のコップにジンジャーエールを作って、さっきとはべつのお皿にフライドポテトやナゲットも変成していく。

「葉菜花ちゃん、せっかくだからアイスも作ってあげるといいと思うのよ?」
「ロレッタちゃんはお昼に食べたからもうダメですよ」
「えー?」
「お腹壊します」
「わふわふ」

 がっかりしているロレッタちゃんをラケルが慰めてくれた。

 王都サトゥルノより南東にあるせいか、港町マルテスは気温が高くて湿気も多い。
 この世界も前世みたいに赤道があるのかな。
 シオン君とベルちゃんも気温の変化に気をつけるよう言ってくれたっけ。

 ロレッタちゃんはお風呂から出たあともアイスを欲しがってた。
 代わりに作った苺牛乳では満足できなかったのかもしれない。
 でも魔石ごはんに栄養的な問題はないとしても、冷たいものは冷たいからね。

「じゃあ芋ようかんと栗ようかん作りましょうか」

 バルバラさんはちゃんと、旦那様の間食許可を取って来てくれていた。

「うん! 寝る前に食べ過ぎたらいけないから、ラケルちゃんと分けっこしてちょっとだけ食べるのよ」
「わふ!」

 納得してくれたようだ。
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