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初めての指名依頼編
31・ロレッタちゃん、陥落する。
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「ロレンツォさん、それでは葉菜花さんの力を確かめてください。……葉菜花さん。こちらの宿には持ち込みの許可を取っていますので、ロレンツォさんとロレッタ様、そして僕の分のラーメンをお願いします」
マルコさんはそう言って、いそいそとみっつのコップを取り出した。
旦那様……マルコさんがロレンツォさんと呼んでるのなら、そのほうがいいのかな?……の後ろに立つバルバラさんが口を開けてなにか言いかけたが、そのまま唇を閉じた。
たぶんマルコさんは止められないと思ったのだろう。
わたしは旦那様を見た。うん、やっぱり旦那様と呼ぼう。
「お願いします、葉菜花さん」
「わかりました」
財布からダンジョンアントの魔石を取り出してコップに入れる。
シオン君とベルちゃん相手なら冒険者ギルドで引き取った袋からそのまま出すけど、ほかの人の前では設定を大事にしなくちゃね。
マルコさんはウキウキした表情で三人分のフォークを握っていた。
「この魔石は数日かけて変成したものです。これから最後の変成をします。……あ。旅行中の食事については、シオン卿にこういう仕事を受けるべきだと言われていたので、以前から準備していたものがありますのでご安心ください」
この設定を語るのにも慣れてきた。
わたしはコップの中の魔石に向けて魔力を注ぎ込む。
たちまち辺りに美味しそうなスープの匂いが漂い始めた。
お嬢様も食べるから、癖の少ない塩味で良かったよね?
みっつとも違う味にもできるんだけど。
匂いに興味を持ったのか、旦那様の背中に隠れたお嬢様がコップに視線を送る。
「……スープに入ったパスタ?」
「インウィでは見たことがありませんが、美味しそうな料理ですね」
「美味しいんですよ、ロレンツォさん!」
「マルコさんがそこまで褒めるとは珍しいですね」
マルコさんからフォークを受け取って、旦那様は目を丸くした。
旦那様とお嬢様はインウィ出身なのかなー?
マルコさんを信じているらしく、旦那様がフォークでラーメンを口に運ぶ。
「どれどれ?……うん、これは美味しい!」
「でしょう?」
「これは……うん、とても美味しいですよ。ロレッタもいただきなさい」
「……いらない」
「そうですか! ではお嬢様の分は僕が食べますね!」
バルバラさんの唇が声もなく動いて、隊長……と言葉を紡いだ。
お嬢様はなぜだかすごく気分を害したようで、薔薇色のほっぺを膨らませていた。
うーん。ラーメンは美味しいけど、慣れない人に出すものじゃなかったかも。
お嬢様はまだ小さな子どもだしね。
「……ラケル」
「わふ!」
ラケルにお皿とコップを出してもらい、お嬢様の目の前で『浄化』の魔道具を使う。
それからダンジョンアントの魔石を出して──
ボコボコ蠢くのを見てイヤな気分になっちゃったのかな?
だとしたら逆効果だ!
と思ったときには遅かった。もう魔石ごはんは完成してしまった。
「えっと……黄金のお茶会セットAです。良かったら、お嬢様に」
「……黄金色」
昨日のベルちゃんと同じ言葉に、思わず笑みがこぼれた。
ふっかふかのホットケーキに白いバターと黄金色のメープルシロップ、アイスクリームにココア。
甘くて香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「アイスが溶ける前に……お嬢様?」
気が付くと、お嬢様に睨みつけられていた。
あ、あれ? わたしなにかマズイことしちゃったのかな?
「どうして笑ったの? 自分のほうが上手くダンジョンアントの魔石を利用できると思ったから?」
どういうことだろう。
「い、いえ、お気に障ったらすみませんでした。ただ、あの……お嬢様が黄金色とおっしゃったので、えっと、友達も言ってたなあって思って」
「友達?」
「はい。ベルちゃんっていうんですけど、いつもわたしの魔石ごはんを食べてくれるんです。……えっと、修行のために?」
ということにしておこう。
ウソではないよね。
シオン君とベルちゃんが食べてくれるから、たくさん変成して腕が上がったんだし。
「ベルちゃん?」
わたしは頷いた。
ベルちゃんが聖女様だとは気づかれないはず。イザベルは珍しい名前じゃないと聞く。
お嬢様は旦那様の後ろから出て、黄金のお茶会セットAに向き直った。
ラーメン用に出して未使用だったフォークを手にして食べ始める。
「……美味しい!」
「そうか。良かったねえ、ロレッタ。……葉菜花さんはなんでも作れるんですねえ。お店を出す気はないのですか? その気があればロンバルディ商会が支援しますよ」
「お店は……まだ修行中の身ですので」
修行って便利な言葉です。
「そうですか。では今回の八日間あなたの魔石ごはんが食べられる幸せを喜ぶことにしますね」
「このソース、ハチミツじゃない」
「メープルシロップです、お嬢様」
お嬢様がわたしを見つめる。
「……ベルちゃんも同じことを聞いたの?」
「はい。当たりです」
「ふうん……このアイス! お父様もひと口食べてみて!」
「おお、これは……」
この世界にあるアイスは氷に近く、わたしの魔石ごはんほど滑らかではないらしい。
異世界の料理を再現しているだけだから、わたしの手柄じゃないけどね。
「……ふう」
黄金のお茶会セットAを食べ終わり、お嬢様は満足そうに溜息をついた。
「葉菜花?」
「なんですか、お嬢様?」
「……ロレッタのこと、ロレッタちゃんと呼んでもいいのよ?」
「え?」
驚いて旦那様を見ると頷かれた。
シオン君が特別なだけで、基本的には身分にうるさい世界だと思ってた。
まあ今は知ってる人がほとんどいない状態なんだけどね。
「わかりました、ロレッタちゃん」
「うふふ。ロレッタも……葉菜花のことは葉菜花ちゃんと呼んでいい?」
「もちろん、いいですよ」
ロレッタちゃんはモジモジして、恥ずかしそうに言う。
「……あとね、ラケルちゃんを抱っこしてもいい?」
「わふ!」
ロレッタちゃんに自分の魅力が届いていたと知って、ラケルは嬉しそうだ。
わたしは自慢のわんこを抱き上げて、ロレッタちゃんに手渡した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──実はロレッタちゃん、シオン君にダンジョンアントの魔石の利用法を考えるよう依頼を受けていた。
田舎のダンジョン貴族シオン卿が、増え続けるダンジョンアントの魔石を処理する方法を探しているという形で。
自分の考えた利用法よりもわたしの魔石ごはんのほうがすごい気がしたので、密かに対抗心を燃やしていたそうです。
「ロレッタはね、魔石をミスリル銀に変成する錬金術を応用して、ダンジョンアントの魔石の色や形を変えさせたのよ。今回の旅はマルテスの大工房に試作品を持って行って、大量生産が可能かどうか実験させるためのものなの」
王都サトゥルノにある工房が研究所で、港町マルテスにある大きな工房が工場みたいなものなのかな?
「すごいですねー。魔石ごはんはわたしにしか作れませんが、こうして色を変える技術は人に伝えることができます。ロレッタちゃんすごいです」
「うふふ」
ロレッタちゃんは満足そうにラケルを抱き締めた。
なんとかやっていけそうです。……八日間ずっと敬語はちょっと大変そうだけどね。
マルコさんはそう言って、いそいそとみっつのコップを取り出した。
旦那様……マルコさんがロレンツォさんと呼んでるのなら、そのほうがいいのかな?……の後ろに立つバルバラさんが口を開けてなにか言いかけたが、そのまま唇を閉じた。
たぶんマルコさんは止められないと思ったのだろう。
わたしは旦那様を見た。うん、やっぱり旦那様と呼ぼう。
「お願いします、葉菜花さん」
「わかりました」
財布からダンジョンアントの魔石を取り出してコップに入れる。
シオン君とベルちゃん相手なら冒険者ギルドで引き取った袋からそのまま出すけど、ほかの人の前では設定を大事にしなくちゃね。
マルコさんはウキウキした表情で三人分のフォークを握っていた。
「この魔石は数日かけて変成したものです。これから最後の変成をします。……あ。旅行中の食事については、シオン卿にこういう仕事を受けるべきだと言われていたので、以前から準備していたものがありますのでご安心ください」
この設定を語るのにも慣れてきた。
わたしはコップの中の魔石に向けて魔力を注ぎ込む。
たちまち辺りに美味しそうなスープの匂いが漂い始めた。
お嬢様も食べるから、癖の少ない塩味で良かったよね?
みっつとも違う味にもできるんだけど。
匂いに興味を持ったのか、旦那様の背中に隠れたお嬢様がコップに視線を送る。
「……スープに入ったパスタ?」
「インウィでは見たことがありませんが、美味しそうな料理ですね」
「美味しいんですよ、ロレンツォさん!」
「マルコさんがそこまで褒めるとは珍しいですね」
マルコさんからフォークを受け取って、旦那様は目を丸くした。
旦那様とお嬢様はインウィ出身なのかなー?
マルコさんを信じているらしく、旦那様がフォークでラーメンを口に運ぶ。
「どれどれ?……うん、これは美味しい!」
「でしょう?」
「これは……うん、とても美味しいですよ。ロレッタもいただきなさい」
「……いらない」
「そうですか! ではお嬢様の分は僕が食べますね!」
バルバラさんの唇が声もなく動いて、隊長……と言葉を紡いだ。
お嬢様はなぜだかすごく気分を害したようで、薔薇色のほっぺを膨らませていた。
うーん。ラーメンは美味しいけど、慣れない人に出すものじゃなかったかも。
お嬢様はまだ小さな子どもだしね。
「……ラケル」
「わふ!」
ラケルにお皿とコップを出してもらい、お嬢様の目の前で『浄化』の魔道具を使う。
それからダンジョンアントの魔石を出して──
ボコボコ蠢くのを見てイヤな気分になっちゃったのかな?
だとしたら逆効果だ!
と思ったときには遅かった。もう魔石ごはんは完成してしまった。
「えっと……黄金のお茶会セットAです。良かったら、お嬢様に」
「……黄金色」
昨日のベルちゃんと同じ言葉に、思わず笑みがこぼれた。
ふっかふかのホットケーキに白いバターと黄金色のメープルシロップ、アイスクリームにココア。
甘くて香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「アイスが溶ける前に……お嬢様?」
気が付くと、お嬢様に睨みつけられていた。
あ、あれ? わたしなにかマズイことしちゃったのかな?
「どうして笑ったの? 自分のほうが上手くダンジョンアントの魔石を利用できると思ったから?」
どういうことだろう。
「い、いえ、お気に障ったらすみませんでした。ただ、あの……お嬢様が黄金色とおっしゃったので、えっと、友達も言ってたなあって思って」
「友達?」
「はい。ベルちゃんっていうんですけど、いつもわたしの魔石ごはんを食べてくれるんです。……えっと、修行のために?」
ということにしておこう。
ウソではないよね。
シオン君とベルちゃんが食べてくれるから、たくさん変成して腕が上がったんだし。
「ベルちゃん?」
わたしは頷いた。
ベルちゃんが聖女様だとは気づかれないはず。イザベルは珍しい名前じゃないと聞く。
お嬢様は旦那様の後ろから出て、黄金のお茶会セットAに向き直った。
ラーメン用に出して未使用だったフォークを手にして食べ始める。
「……美味しい!」
「そうか。良かったねえ、ロレッタ。……葉菜花さんはなんでも作れるんですねえ。お店を出す気はないのですか? その気があればロンバルディ商会が支援しますよ」
「お店は……まだ修行中の身ですので」
修行って便利な言葉です。
「そうですか。では今回の八日間あなたの魔石ごはんが食べられる幸せを喜ぶことにしますね」
「このソース、ハチミツじゃない」
「メープルシロップです、お嬢様」
お嬢様がわたしを見つめる。
「……ベルちゃんも同じことを聞いたの?」
「はい。当たりです」
「ふうん……このアイス! お父様もひと口食べてみて!」
「おお、これは……」
この世界にあるアイスは氷に近く、わたしの魔石ごはんほど滑らかではないらしい。
異世界の料理を再現しているだけだから、わたしの手柄じゃないけどね。
「……ふう」
黄金のお茶会セットAを食べ終わり、お嬢様は満足そうに溜息をついた。
「葉菜花?」
「なんですか、お嬢様?」
「……ロレッタのこと、ロレッタちゃんと呼んでもいいのよ?」
「え?」
驚いて旦那様を見ると頷かれた。
シオン君が特別なだけで、基本的には身分にうるさい世界だと思ってた。
まあ今は知ってる人がほとんどいない状態なんだけどね。
「わかりました、ロレッタちゃん」
「うふふ。ロレッタも……葉菜花のことは葉菜花ちゃんと呼んでいい?」
「もちろん、いいですよ」
ロレッタちゃんはモジモジして、恥ずかしそうに言う。
「……あとね、ラケルちゃんを抱っこしてもいい?」
「わふ!」
ロレッタちゃんに自分の魅力が届いていたと知って、ラケルは嬉しそうだ。
わたしは自慢のわんこを抱き上げて、ロレッタちゃんに手渡した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──実はロレッタちゃん、シオン君にダンジョンアントの魔石の利用法を考えるよう依頼を受けていた。
田舎のダンジョン貴族シオン卿が、増え続けるダンジョンアントの魔石を処理する方法を探しているという形で。
自分の考えた利用法よりもわたしの魔石ごはんのほうがすごい気がしたので、密かに対抗心を燃やしていたそうです。
「ロレッタはね、魔石をミスリル銀に変成する錬金術を応用して、ダンジョンアントの魔石の色や形を変えさせたのよ。今回の旅はマルテスの大工房に試作品を持って行って、大量生産が可能かどうか実験させるためのものなの」
王都サトゥルノにある工房が研究所で、港町マルテスにある大きな工房が工場みたいなものなのかな?
「すごいですねー。魔石ごはんはわたしにしか作れませんが、こうして色を変える技術は人に伝えることができます。ロレッタちゃんすごいです」
「うふふ」
ロレッタちゃんは満足そうにラケルを抱き締めた。
なんとかやっていけそうです。……八日間ずっと敬語はちょっと大変そうだけどね。
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