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初めての指名依頼編

25・ラケルのしっぽは良いしっぽ

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 傭兵隊『闇夜の疾風』と別れた後、わたしは冒険者ギルドで依頼を受けて昨日来た池の周りに来ていた。
 今日は薬草じゃなくて毒消し草採取の依頼です。
 まだお昼過ぎくらいだから、『黄金のケルベロス亭』へ帰る気になれなかったんだよね。

 あ、食事係には雇ってもらえました。
 出発は明後日で、明日は護衛対象のロンバルディ商会に顔見せする予定です。
 八日間って、小中学校のときの修学旅行よりも長いんだよねー。

 それとお試しのつもりで作った魔石ごはんにも、ひとり銀貨一枚の代金をもらった。
 遠慮しようとしたらバルバラさんに、自分のスキルを安売りしちゃいけないって怒られちゃった。……人の情けが身に染みます。
 『闇夜の疾風』のみなさんとは上手くやっていけそう、かな?

「……」

 毒消し草採取はお昼を食べてからと決めて池のほとりの大岩に座っていたわたしは、膝のラケルが沈んでいることに気づいた。

「ごめんごめん。お腹が空き過ぎて疲れちゃった?」
「……ごしゅじん」
「なぁに?」
「俺……俺のしっぽ、呪われてるかもしれないぞ」
「ええっ?」

 いきなりの発言に驚いてしまった。
 ラケルはこのラトニー王国を守る神獣ケルベロス様の息子だ。
 そんなスペシャルなわんこが呪われたりするんだろうか?

「どういうこと?」
「……実は俺、ごしゅじんが忙しいときは自分のしっぽを追いかけて時間潰しをしてたんだぞ」

 うん、知ってる。

 今日もわたしが座った椅子の下でグルグル回ってた。
 前世で一緒にコンビニへ行ったときも、お外で待ちながらグルグルしてたよね。
 たまにリードが巻きついて、途方に暮れた顔してたっけ。

 わたしはラケルの言葉の続きを待った。

「俺……グルグルしてて気が付くと意識がなくなってるんだ。たまにごしゅじんの声も聞こえなくなる。……きっと呪いなんだぞ。俺のしっぽには呪いがかかってるんだ」
「……そう」

 確かにしっぽを追いかけるのに夢中になっているときのラケルは、わたしが呼んでも気づかないときがある。
 今日もそうだった。

 だけどそれって当たり前じゃないかなあ。
 夢中になれないようなことじゃ時間潰しできないんだし。

「ラケル」
「ごしゅじん」
「子どものころはみんな、そうなんじゃない? わたしも小さいころ、よく意味もなくグルグル回ってたよ」

 今考えると意味がわからないし当時は家族にも注意されたんだけど、わたしはグルグル回転することに夢中だった。
 バレリーナにでも憧れてたのかな?
 まったく覚えてない。

「そういうのって、ある日突然飽きるから大丈夫だよ」

 自分で言いながら、どうかな? と思う。
 大人のわんこでもリードが巻きついてる子見たことあるからなあ。
 ラケルの表情はまだ暗い。

「……俺、子どもじゃないぞ?」
「子どもじゃダメなの? わたしも子どもだよ」
「ごしゅじん子どもなのか?」
「うーん。この世界の基準じゃ成人だし、大人にならなきゃって思うけど、気持ち的には子どものままだよ。……だからね、ラケルがわたしと一緒に大人になっていってくれたら嬉しいな」
「いいぞ! ごしゅじんと一緒なら子どもでいいぞ!」
「良かった。あとね、ラケルのしっぽは呪われたりなんかしてないよ。世界で一番良いしっぽ、素敵なしっぽだよ」
「世界で一番……わふ!」

 ぷるぷると震えたあとで、ラケルはわたしの膝から飛び降りた。
 大岩の麓で、しっぽを追いかけてグルグルと回り始める。
 ……池に落ちなければいいかな。

「わふー♪」

 ラケルが幸せなのが一番です。

「わふう……」

 しばらく自分のしっぽを追いかけて回っていたラケルは、ふと我に返ったのか恥ずかしそうな顔でわたしの膝に戻ってきた。

「お昼食べる? お腹減ったでしょ」
「減ったー」

 わたしも減っていた。

 ほかの人が食べているのを見るとお腹が減るよね。
 シオン君やベルちゃんレベルになると逆にお腹いっぱいになる。
 バルバラさんやルイスさんが勧めてくれたりもしたんだけど、今日はお試しだからと思って一緒には食べなかったのです。

 ……マルコさんが執拗にラーメンを求めてくるので余裕がなかったし。
 旅に出てもラーメンばっかりは作りませんよ、と釘は刺してきた。
 元が魔石で普通の食べ物とは違うといっても限度があると思う。

「わたし達もハンバーガーにしようか」
「ハンバーガー! ご一緒にポテトもいかがですかー」

 ありゃ、そんなセリフよく知ってたな。
 前世で一緒にテレビを観てたときにでも出て来てたっけ。
 思いながら、ハンバーガーとポテトを作る。それからドリンク……ん?

 なにかが頭に閃いた。
 ハンバーガーとサイドディッシュ、そしてドリンク。
 ファストフード店のセットって、大体この組み合わせじゃなかったっけ。

 今日の夜、指名依頼を受けたことを報告したら、この組み合わせを見てもらおう。
 思いながら、わたしはラケルと美味しくお昼ごはんを食べたのでした。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 解毒剤は回復薬ほど需要がないので、毒消し草の量はほどほどでいいそうです。
 弱い毒なら『浄化』魔術で治るんだって。
 買い取り価格は三本で銅貨一枚です。

 青い花をつけた背の高い毒消し草を三十本摘んで、帰路へ。
 今日は王都を出るとき、門番さん達とはおしゃべりしませんでした。
 ちょうどダンジョン帰りらしき冒険者がいて、わたし達は会釈だけで通してくれたのよね。

「葉菜花ちゃん、お帰り。今日は遅出早帰りなんだね」
「午前中にほかの依頼の面接を受けて来たんです。だから採取はほどほどにしました。お試しで作った残りなので、良かったらどうぞ」

 言いながら、ハンバーガーを手渡す。
 サイドディッシュやドリンクも渡してセットになるか試してみたいけど、シオン君がいないと確認できないものね。

「ありがとう、葉菜花ちゃん」
「そういえば昼間帰ってきた人達とは長くお話してましたよね。わたしは会釈だけで通してもらいましたが、大丈夫なんでしょうか?」
「あの子達はダンジョンに冒険者水晶を落としてきてたんだよ。時間がかかってた理由のひとつはそれ。あと仲間のひとりが負傷してたんだ。ダンジョンにいた神官に『回復』かけてもらって傷は塞がってたけど、流れ出た血までは戻らなくて貧血状態さ。支えてきた仲間も疲労困憊だったし、冒険者ギルドに助けを呼びに行くかどうか話をしてたんだよ」

 『回復』魔術は怪我を治しHPを回復するけれど、減った血液までは戻せない。
 貧血状態だとHPの自然回復率が落ちるので、怪我が治っていても危険な状態なのだ。

「そうだったんですね」
「よーしよーし、いやー可愛いなー。しっぽがフサフサだなー」
「わふー♪」

 わたしとアレコスさんが会話している間、カルロスさんはラケルをモフモフしていた。
 ハンバーガーを飲み込んで、アレコスさんが訊いてくる。

「そういえば採取以外の依頼ってなに? どこかのパーティに入ってダンジョン潜るの?」
「えっと……旅の商人さんを護衛する傭兵隊の食事係です」

 秘密にしろとは言われてないけれど、名前は伏せておこうかな。
 ロンバルディ商会は、かなり名を知られた豪商らしい。
 『闇夜の疾風』の食事係とはいうものの、ロンバルディ商会の人達にも食事を作るし、旅の間の報酬も護衛対象であるロンバルディ商会から出るのだ。

「葉菜花ちゃんの魔石ごはん美味しいもんなあ。良さそうな仕事だね、決まったの? 何日くらいの旅?」
「決まりました、明後日から八日間です」
「え」

 カルロスさんが悲痛な叫びを上げて、わたしを見つめた。
 アレコスさんが溜息をつく。

「……先輩、葉菜花ちゃんの使い魔のことすごく気に入っててね。昼間も会釈しかできなかったこと、すごく悔しがってた」

 ラケルのしっぽに呪いはかかってないけれど、魅了の効果はあるみたいです。
 今日の儲けは銅貨十枚でした。
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