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冒険者始めました編

17・『黄金のケルベロス亭』へ帰ろう!

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 ──冒険者ギルドのマスターは、わたしが錬金術で作る魔石ごはんに付与効果があることは秘密にすると約束してくれた。
 シオン君にも頼まれているし、わたしが頼りないので、秘密が守れるよう補佐するからなんでも相談するようにとも言ってくれた。
 ダンジョンアントの魔石が増えたら、また頼む、とも。

「今日はお疲れ様、葉菜花さん」
「こちらこそお世話になりました。またお願いします」

 スサナさんにお辞儀して、冒険者ギルドの出口へと向かう。
 建物の中は閑散としていた。
 ダンジョン探索の冒険者達が魔石を持ち込むのは、もう少し遅い時間みたいだ。

 それにしても……ミスリル銀貨一枚、金貨五枚、銀貨五枚!
 前世のお金で考えると百五十五万円!
 聖神殿にもらったお金(約三十万円)も足したら百八十五万円!

 一日でこんなに稼げたんだからシオン君に昨日の宿泊費と食器の買い取り代を払って、今後の宿泊費は自分で出して──

 『黄金のケルベロス亭』は魔術的にも物理的にも警備が行き届いている高級宿。
 なによりほかの宿にはお風呂がないらしい。
 『浄化』の魔術を込めた魔道具があればいいと言われればその通りなのだけど。

 しかしそれだけは……お風呂がないのだけは我慢できない。
 ので、どんなに高くても引き続きの宿泊を希望します。

 あと聖神殿が用意してくれた服の代金や生活費もベルちゃん経由で返そう。
 シオン君に報告したら、ほかの冒険者ギルド支部にあるダンジョンアントの魔石も引き取ることになって、そっちの引き取り料ももらえるかもしれない。

「……」
「わふ?」

 ギルドマスターの執務室を出てからは、ちゃんとおしゃべりしないでいてくれるラケルを見つめる。

 ……ダンジョンアントの魔石を引き取れるのはラケルがいてくれるからです。
 ちょっと申し訳ない気がする。
 せめて今夜はラケルの好きなものを魔石ごはんで作ってあげようっと。

 などと思いながらギルドの建物を出ようとして、

「きゃ」
「わふっ!」

 入ろうとしていた人とぶつかってしまった。

「すみません、大丈夫ですか?」
「うーん……」

 その人はのんびりした口調で言う。

「こうして立ってる僕よりも、転んで尻餅をついた君のほうが大丈夫じゃないと思うんですが」
「けっ! トロくさい女だなっ」
「ぐるるっ!」

 ラケルを怒らせる暴言を吐いたのは、のんびりした男性の陰に隠れて見えなかった小柄な人物だった。
 十歳くらいの男の子だ。

「……っ」

 前世の妹のことを思い出して、一瞬胸が締めつけられる。

「こら! ごめんなさい、僕のしつけが悪くて」
「いいえ。……わたしがトロいのは本当のことだから……」

 男性が差し出してくれた手を取って、わたしは立ち上がった。

 ……よく似たふたり。親子なのかな?
 黒い髪に黒い瞳だけれど、日本人のわたしとはまるで違う彫りの深い顔立ちだ。
 髪の毛自体も濡れたように艶やかでウェーブがかかっている。

「僕が言うのもなんですが、あまり簡単に謝らないほうがいいですよ」

 のんびりした男性は、ギルドマスターと同じことを言う。
 でも今回の場合は考えごとして前を見ていなかったわたしが悪い。
 とはいえせっかく忠告してくれたのを無視するのもいけない気がする。

「えっと……気をつけます」
「そうですね、僕も気をつけます」

 彼はギルドの扉を開けたまま押さえて、わたしが出るのを待ってくれている。

「ありがとうございます。わたし、葉菜花です」

 胸の水晶が淡く白い光を放つ。
 男性が苦笑を漏らした。

「僕はマルコです。この子は甥のニコロ」
「勝手に人の名前教えてんじゃねーよ!」
「ふふ、そうですね。お嬢さんも気をつけたほうがいいですよ。世の中にはあなたには想像もできないほどの極悪人がいるのですからね」
「は、はい……」

 この人達は冒険者じゃないのかな?

「お前みてーな世間知らずは、さっさと『黄金のケルベロス亭』に帰って寝てろ!」

 少年の怒号を聞きながら外に出て、首を傾げる。
 ……あれ? 今なにか引っかかったんだけど、なんだろう?

「わふわふ!」
「あ、うん、そうだね。帰ろうか。シオン君とベルちゃん、もう来てるかな?」

 わたしは冒険者ギルドの向かいにある『黄金のケルベロス亭』へ向かって歩き出した。

★ ★ ★ ★ ★

「いらっしゃいませ!」
「やあスサナさん。指名依頼を出したいんだけどいいですか?」
「はい。指名する冒険者の名前をおっしゃってください」

 ラトニー王国王都サトゥルノ──
 冒険者ギルドの受付嬢を務めるスサナは依頼者を迎えた。
 以前にも依頼を受け付けたことのある、傭兵ギルドに所属する男性マルコだ。

 マルコは『闇夜の疾風』という傭兵隊の隊長をしている。
 その傭兵隊の評判は良かったが、マルコの実力についてはあまり聞かない。
 ほかの隊員の個性が濃過ぎるのと、マルコ自身の影が薄いのが原因だ。

 冒険者ギルドと傭兵ギルドには大きな違いがあった。
 冒険者は対モンスター戦を基本とし、傭兵は対人戦を主とする。
 前科を持つものは冒険者になれないが、傭兵ギルドは罪状によっては受け入れる、という違いもあった。

 これは、冒険者がダンジョンに入ることを前提とした存在だからだ。
 ダンジョンは、それぞれの土地の大切な資源だ。
 密室のようなダンジョンに犯罪者が逃げ込まれては困る。

 そんな違いがあっても、いや、そんな違いがあるからこそ冒険者ギルドと傭兵ギルドは互いに足りない部分を補う存在として相手を認め協力を惜しまなかった。
 もっとも自由を原点とする冒険者と異なり、傭兵は土地の有力者との関係が深くなりがちである。

「……葉菜花さん……」
「え?」

 今日登録したばかりの少女の名前を聞いて、スサナは思わずマルコを見つめてしまった。
 冒険者ギルドに登録しただけでは指名依頼を受けられないが、一度でも依頼を完了していれば活動実績に関わらず指名依頼を受けることができる。
 つまり薬草採取をやり遂げた葉菜花相手なら、指名依頼も可能なのだ。

 しかし早過ぎる。
 新人冒険者の魔石ごはんスキルの噂が流れるのは、先輩冒険者達がダンジョンから戻ってきて受付嬢と世間話を交わしたあと──これからのはずだ。

「葉菜花さんという冒険者はいらっしゃいませんか?」
「……いえ、おります」

 答えたものの、スサナは動かなかった。
 マルコの笑顔から目が離せない。
 じっとりとした汗が背中を流れる。

 『闇夜の疾風』の話になると、影が薄くいるのかいないのか分からない隊長としてオチにされがちなマルコだが、依頼者としての彼と対峙するとき、スサナは言いようのない恐怖を感じることがよくあった。
 どんなに影が薄いと言われていても、マルコは戦いを生き抜いてきた男なのだ。
 実戦に出ない受付嬢のスサナとは格が違う。

「ああ、もう!」

 マルコの隣にいたニコロが、受付の机を叩いて話に割り込んできた。
 ニコロは、マルコの甥で年齢は十歳。
 『闇夜の疾風』の正式メンバーで斥候を担当しているという。

「芝居じゃないんだから勿体つけなくてもいいんだよ! スサナの姉ちゃんも怪しむ振りなんかしてマルコを喜ばせなくてもいいんだって。ちょっとおかしく思えるかもしれねーけど、シオン卿の依頼なんだ」
「ニコロには遊び心がありませんね。秘密にしておけばスサナさんは、今日登録して依頼を一件完了したばかりの冒険者を指名依頼するなんてどうして? と、想像を楽しむことができたのに」
「うふふ。教えていただかなかったら、彼女が心配で眠れませんでしたよ」
「おや。僕はそんなに危険な男に見えますか?」

 『闇夜の疾風』がシオン卿の配下にあることは公然の秘密と言っていい。
 田舎貴族のシオン卿と名乗っている少年が、多忙な騎士団長の地位にある王弟コンセプシオンに代わって雑事を解決している存在だということと同じように。

 ──シオン卿と直接関わっていない人間は、彼が王弟本人だということを知らない。
 ここまで見え見えの偽名を使うはずがないと思っているのだ。

 スサナは依頼書の作成を開始した。
 マルコから報酬や日程などの詳細を聞き出していく。

「ロンバルディ商会のロレンツォ様とロレッタ様を護衛する『闇夜の疾風』のみなさんの食事を作るお仕事ですね。王都からマルテスまでの四日、マルテスに到着して一泊し翌日出発、マルテスから王都までの四日で、合計八日間ということでよろしいでしょうか?」
「はい。シオン卿に彼女の魔石ごはんは美味しいと聞いています」

 スサナは頷いて、今朝食べたケーキの美味しさを宣伝しておいた。
 冒険者ギルドに登録されているスキルは、その冒険者の売りであり自慢でもある。
 葉菜花のためにも広く知らしめるべきものだった。

 『闇夜の疾風』は凄腕だと聞いている。
 もし旅の途中で盗賊が出たとしても、ちゃんと葉菜花を守ってくれるだろう。
 女性問題や暴力騒ぎを起こしたという噂が流れたこともない。

(ロンバルディ商会が葉菜花さんの魔石ごはんを気に入ったら、援助してお店を出させてくれるかも。そうしたら絶対、常連になろう)

 ロンバルディ商会もまた、シオン卿の配下のひとつだと噂されている。
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