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冒険者始めました編

14・お昼を食べよう!

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 王都サトゥルノに近い池の底にはワームが住んでいた。
 ダンジョンコアが放出する魔力から生まれた、時を経ればドラゴンにも進化するモンスターである。

 しかしドラゴンどころかワイアームに変化する前に、生まれ故郷をダンジョンアントに奪われてしまった。
 それからはこの池で、魚や水生は虫類両生類達と共存している。
 今は池に逃げ込んできたときの地下水脈を利用して里帰りし、こっそりダンジョンアントを食らうことで糊口をしのいでいる。

 長さ太さは鍛えた人間の手足くらいしかない。
 魔力も弱いので、口から水を吹いて攻撃し、相手が体勢を崩したところで捕まえて水中に引きずり込むという戦法だ。
 ここ数日はどうにも体が怠くて、ずっと水底で眠っていた。

 それもそのはず、このワームは呪われていた。

 ダンジョンアントには『呪い』というスキルがある。
 『呪い』は『毒』の進化形で邪毒属性だ。
 錬金術と同じように『呪い』にもいろいろな系統が存在し、ワームが受けたこれは死に逝くダンジョンアントが放つものだった。

 混沌属性のダンジョンアントは、ほかにも異なる魔力属性のスキルを複数持っている。
 状態異常の『火傷』と同じ効果を持つ火属性の『ギ酸』、外殻を強くする地属性の『硬化』などだ。

 ダンジョンアントの魔石を『浄化』する際、一緒に解呪されてしまうほどの弱い『呪い』ではあるものの、ほかのモンスターを目当てにダンジョンに潜っていた冒険者などが『浄化』を後回しにすると大変なことになる。
 ダンジョンアントやべつのモンスターが『呪い』に引き寄せられて、ちょっとした暴走スタンピードが起こってしまうのだ。

 水辺から攻撃して食べたら逃げるワームがダンジョンで『呪い』に苦しめられることはなかったのだけれど、あまりに『呪い』を受け過ぎて遂に体調を崩してしまった。
 それで狩りにも行かずに寝込んでいる。

 空腹だが動く気力はないし、この池の周辺で人間を狩るわけにもいかない。
 人間の味を覚えたら最後、いつも白馬で巡回に来るすべてを見通す魔力の瞳(『鑑定』のことである)を持った金属鎧に退治されてしまうだろう。
 それどころか、ここから人間の悲鳴や大きな水音が聞こえただけで、人間の町にいる槍を持った男達が押し寄せてくるに違いない。

 知能の高いモンスターは人間の脅威を知っている。
 人間と家畜さえ襲わないでいれば、見逃してもらえることも知っている。
 ダンジョンの外に生息しながらも狩りはダンジョン内でしているから、退治されないで済んでいるのだ。
 害を及ぼさないはぐれモンスターを探して退治するほど、人間は暇ではない。

(……?……)

 なにかが池の中に落ちてきた。
 同年代の雌よりも明らかに精神年齢の低い人間の雄が、恋人の気を引くために石でも投げたのだろうか。

 いや、違った。
 落ちてきたのは白い固まりだった。
 ポロポロと崩れながら水中を落ちてくる。

(……!……)

 なぜかとても心惹かれて、ワームは落ちてきた白い固まりを食べた。
 少ししょっぱい。

 ──魔石ごはんの付与効果でワームの邪毒系状態異常耐性が上昇し、『呪い』を打ち砕く。

 ワームの体が軽くなる。
 それにこれは、とても美味しい。
 生まれてからずっとダンジョンアントの魔石しか食べてこなかったため知らなかったが、食べ物とは美味しいものだったのだ。

(……♪……)

 もっともらえないだろうか。
 ウキウキと水面から顔を覗かせたワームは、

「ぐるる」

 神獣ケルベロスの息子に睨みつけられて水中に戻った。

(……)

 体調が戻ったので、ワームは地下水流を通ってダンジョンアント狩りに行くことにした。
 今なら『呪い』を受けてもすぐ解呪できそうな気がする。

 ワームの本能は正しい。
 神獣の息子には敵わないし、これから一時間は『呪い』を気にすることなくダンジョンアントの魔石を貪れる。

(……)

 でも──でもいつか、あの美味しいもの(塩むすび)を作っただれかと会ってみたいなと、ワームは思っていた。

★ ★ ★ ★ ★

 新しい塩むすびを作っていたら水音がしたので、わたしは慌てて振り向いた。

「ぐるる」

 ラケルが池に向かって唸っている。
 塩むすびが落ちるのを止められなかったようだ。

 さっきの水音は塩むすびが落ちたときの音だったのかな?
 水音は二回した気もするんだけど。

「ラケルー。落ちたなら仕方ないから戻っておいで。お魚さんが食べてくれるよ」

 さっき薬草を採りながら覗いた水面には、いくつもの魚影があった。

「わふう……ふっ!」

 なぜか勝ち誇った表情で戻ってきたラケルが、大岩の上に飛び乗る。

「ごしゅじんの魔石ごはんは俺が食べるぞ!」
「うん、食べてねー」

 自分用のお皿の唐揚げを齧って、ラケルが動きを止めた。

「熱かった? 火傷しないよう気をつけてね」
「うん。……あのね、ごしゅじん」
「なぁに?」
「この唐揚げもとってもとっても美味しいぞ。でも……お家の味とは違うね」
「……そうだね」

 この唐揚げはお母さんの味とは違う。
 美味しいけれど、少しニンニクが効き過ぎている。
 自分で作ったのに、なんでそうなるのかはわからない。

 シオン君は、魔力属性の割合が味や献立を決めるんじゃないかと考えていた。
 火属性の魔力の割合が多ければ辛くなるし、水属性の魔力の割合が多ければ甘くなる。
 そういうものなのではないか、と。

 彼は『鑑定』で魔石や魔石ごはんに含まれる魔力の割合を確認できる。
 混沌属性の魔石はほかの属性魔力の要素が多くて混沌としているため、ある程度わたしの自由に変成できるのだが、それでも変えられる魔力の量に限界があるのだろう、と言っていたっけ。

「……俺ね」
「……うん」
「もし一生ごしゅじんとおしゃべりできなくてもね」
「……」
「あのお家でずっと、ごしゅじんとみんなと暮らしたかったぞ」
「……うん、わたしもだよ」

 ラケルを抱きしめて、わたしはちょっと泣いた。
 完全にこの世界の人間として転生したわけではないし、帰還の希望が持てる転移や召喚でもないから、きっとこれからもずっと悲しい気持ちは消えないだろう。
 それでもせっかく命が助かったのだから、魂が抜けないよう気をつけて生きていこうとも思っている。

 冥府の中心は全世界共通で、入り口を管理しているのがその世界の神様だという話をケルベロス様に聞いているから、今の人生を精一杯生きた暁には、きっとお父さんやお母さん、おじいちゃんとおばあちゃん、そして妹とも再会できるのだと思うし。
 ……会う前にどこかで生まれ変わってるかなあ。

 それはそうと、前世でラケルに唐揚げ丸ごとあげたこと、ないはずなんだけど。
 味付けした皮を剥がした中身しかあげてない。
 もしかして、なにかで落ちてたのを勝手に食べちゃった?

 ──悲しい気持ちのときは食べるのが一番!
 なので、お昼ごはんのあとにデザートも食べました。
 冒険者ギルドで出したのと同じ四種類のケーキ!

 前世の友達と大人になったら一緒にケーキバイキングへ行こうね、なんて約束してたことを思い出して鼻がツーンとしたけれど、頭の片隅に仕舞って甘味を貪る。
 魂と体が馴染んだら、もっとちゃんと思い出すからね!
 でも魂と体が馴染んでなくて、ちょっと現実感が薄くてふわふわしてる今の状態でもこんなに悲しいのに、魂と体が馴染んだらどれだけ悲しくなるのかな。

「わふー、ケーキー」

 前世ではケーキをあげたことなんてなかったので、ラケルも大喜びだ。
 昨日は……うん、シオン君達は暴食しつつも気は遣ってくれてたんだけど、ふたりが食べてるのを見てるだけでお腹いっぱいになったんだよね、わたしとラケルは。
 だから作っても食べてないものが多い。

「よし! 元気が出たからまた薬草採取しよう!」
「するぞ!」

 生えている薬草を踏まないよう、踏み締められた恋人達の道を辿りながら草むらで匂いを探すラケルを追いかける。
 お昼前と同じくらいの薬草を摘んでラケルの影に入れて、また指先が緑色に染まっているのに気づいたので今日は終わりにすることにした。

 ……異世界転生でお約束のモンスターの変異種やボスクラス出てこなかったな。
 出てこられても困るけど。

 辺りは夕焼けに染まっている。

「そろそろ帰ろうか、ラケル」
「帰るぞ。……ごしゅじん、あのね」
「なぁに?」
「今はね、ごしゅじんのいるところが俺のお家だぞ」
「……うん。帰る前にオヤツ食べようか?」

 わたしとラケルはまた大岩に腰かけて、ほうじ茶(MP自然回復率上昇)を飲みながらどら焼き(精神力上昇)を食べてから帰路に就いた。
 ケーキは昼食後のデザートで、どら焼きはオヤツなのです。

 昨夜無性に食べたくなって何種類か和菓子も作ったんだよね。
 ひとりで全部は食べられなかったから、フォークで切り分けてみんなで食べました。
 なにをどれだけ食べても、最後に食べたものの付与効果が上書きされます。

 ……前世の唐揚げ事件については不問に処すことにした。
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