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いきなり異世界転生編
8・ラトニー(大食らい)王国へようこそ!
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「そうか」
わたしがこの世界に転生した事情を話し終えると、騎士団長は言った。
「特別な使命のためこの世界に転生させられたわけではないのだな」
「そうです」
「そうだぞ」
「……」
聖女様、手に握った魔石、『アイテムボックス』に仕舞ったらどうでしょう。
「まあどちらにしろ、貴様が妙な勢力に取り込まれないよう力を貸すつもりだったが、そういう事情ならこちらも気が楽だ」
彼が案内してくれたのは、おそらく『黄金のケルベロス亭』で一番すごい部屋だった。
たぶんスイートルームってヤツ。
寝室にリビングルーム、応接間もあって、今わたし達がいるのは応接間。
お姫様のお茶会に使われそうなテーブルを囲んでいます。
すごく豪華で身が縮む思いです。
お風呂もちゃんとあるっていうのは嬉しいけど。
露天風の岩のお風呂です。
騎士団長が立ち上がり、食器棚からコップと深皿を取り出した。
「聖女、魔石を寄こせ。葉菜花、俺はレモンサイダーだ」
わたしが特別な使命のために転生してきたのだとしても、この人達は変わらない気がする。
深皿はラケル用だった。
「人間用の食器を使わせても大丈夫ですか?」
「神獣様のご子息だ、箔がつく。気になるなら買い取ればいい」
ということなので、騎士団長にはご要望通りのレモンサイダー、聖女様にはきな粉ミルク(一気に飲みたいとのことで今度はアイス)とカツサンド、ラケルとわたしにはロイヤルミルクティー(アイス)を作りました。
……聖女様、本当にどれだけスライム倒したの。
「ああ、そうだ」
レモンサイダーをひと口飲んで、騎士団長が言う。
「改めて自己紹介しておこう。俺はコンセプシオン。ガルグイユ騎士団の団長であり、ラトニー国王エンリケ陛下の弟だ。年齢は十七歳になる」
「……え? 王子様?」
だから全方位に偉そうだったの?
というか十七歳って二歳年上なんだ。
まあ年下とは思ってなかったけど。
「そうだ。しかし城の外ではそんな呼び方をするな。顔を知られて忍び歩きができなくなっては困る。いつも騎士団長の重い鎧を着て、兜で顔を隠している苦労が水の泡だ」
結構あっさり脱いで馬車に乗り込んできましたが。
「ふん。貴様にはシオンと呼ぶことを許そう」
許された、けど、呼び捨てはハードルが高いなあ。
友達は女の子ばっかりだった。
中学校の男の子とは挨拶くらいしかしたことないんだよね。
高校に入ったら、って思ってたんだけど──
「……シオン様」
「様はいらない」
ううう、高校に入って男の子の友達ができてたとしても、こんな異世界からやって来たような美少年を呼び捨てになんかできないよう。
……あ、ここが異世界だった。
「えっと……シオン君、とか?」
「……シオン君?」
サファイアの瞳がわたしを映す。
「ふん。町の子どもが友達を呼ぶときの言い方だな」
「あああ、ごめんなさい」
「かまわん。貴様にはその呼び方を許そう」
「……シオン君?」
「そうだ」
からかわれているのかと思ったけれど、彼は優しい笑みを浮かべている。
なんだか顔が熱くなって、わたしは俯いた。
シオン君でいいのなら……うん、呼び捨てよりは言いやすい。
「……葉菜花」
呼ばれて目をやると、空のコップを手にした聖女様に見つめられていた。
「お代わりですか、聖女様。今度はなにがいいですか?」
「……違う」
「飲み物じゃなくて食べ物ですか?」
「……そうじゃなくて、私も名前がいい」
「聖女様のお名前?」
まだ聞いてない、よね?
でもそんなこと言ったら失礼なのかな。
……どうしよう。
しばらく見つめ合ったあと、聖女様が口を開いた。
「……そういえば教えてない」
シオン君が吹き出す。
口を抑えて小刻みに震えているシオン君を無視して、聖女様は名前を教えてくれた。
「……私はイザベル。……ベルと呼んで」
「ベル……ベルちゃんでいいですか?」
「……うん。私はベルちゃん」
聖女様、じゃなかったベルちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
ベルちゃんは十六歳だそうです。
ひとつ上か、同じ学年になるのかな。
ベルちゃんにお代わりのきな粉ミルク(今度はゆっくり飲むからホットでとのこと)とチョコバナナサンドを作ってから、気になったことをシオン君に聞いてみる。
「あの……シオン君」
「ふん、気が利くな。俺も飲み終わったところだ。次はホットコーヒーで頼む」
「……わかりました」
ホットコーヒーを作って渡してから、もう一度挑戦してみる。
もちろんコップは『浄化』してからです。
最高級宿の部屋だけあって『浄化』の魔術を封じた魔道具が設置されているのです。
神獣ダンジョンやロビー、そしてもちろんこの部屋の照明も魔道具なんだって。
照明って『照明』の魔術ってことなのかな?
「シオン君」
「どうした?」
「えっと……どうして初対面のときは王子様だって隠してたんですか? あ、ごめん。隠してたってわけじゃなかったのかもしれないけど」
この国の人ならみんな、騎士団長が王子様だって知ってるんだろうしね。
「貴様がどういう存在かわからなかったからだ。下手に王子であることを告げて、王家が神殿の問題に巻き込まれては困る。あくまで騎士団長として聖女護衛の依頼を請け負っただけだということにするつもりだった」
……なのに、馬車からお肉の匂いがしたので首を突っ込んできたんだね。
「貴様には厄介なしがらみもなさそうだし、なによりとても役に立つ。これからはラトニーの民として、王家に尽くすように」
……うーん。現代日本で生まれ育った転生者としては少し抵抗があるけど、ほかにどうしようもないし、ほかに頼りにできる人もいないしなあ。
「ふん。……誤解をするな」
どう言葉を返そうかと悩んでいると、シオン君が苦笑して言った。
「貴様の意思を無視するつもりはない。馬車でも言った通り、貴様は冒険者になればいい。冒険者は自由が許される職業だ。そしてその力で、たまにラトニーの役に立ってくれればいい」
「たまに、でいいの? いいんですか?」
「それで十分尽くすことになる。もちろん自分の都合を優先しろ。ただ……」
「ただ?」
これからお世話になる国だもんね。
国家行事のお手伝いとかはすべてに優先するよ。
……今のところサンドイッチとドリンクしか作れないけど。
「公式の場以外では俺に対して普通にしゃべれ」
「え?」
「無理に丁寧な話し方にする必要はない。今もだ」
「で、でも……」
「シオン君、だろう? さっきも普通に話しかけていただろうが。わざわざ言い直す必要などない」
「……う、うん。シオン君には普通に話すよ」
「……私にも普通に話して」
「わかった。……ふふ」
なんだかちょっと照れくさい。
「わふわふ!」
「ラケル?」
部屋に入ってからは人間の言葉をしゃべっていたラケルが吠え始めたので不思議に思っていたら、扉を叩く音がした。
「来たな」
シオン君が頼んでいた魔石だ。
わたしがこの世界に転生した事情を話し終えると、騎士団長は言った。
「特別な使命のためこの世界に転生させられたわけではないのだな」
「そうです」
「そうだぞ」
「……」
聖女様、手に握った魔石、『アイテムボックス』に仕舞ったらどうでしょう。
「まあどちらにしろ、貴様が妙な勢力に取り込まれないよう力を貸すつもりだったが、そういう事情ならこちらも気が楽だ」
彼が案内してくれたのは、おそらく『黄金のケルベロス亭』で一番すごい部屋だった。
たぶんスイートルームってヤツ。
寝室にリビングルーム、応接間もあって、今わたし達がいるのは応接間。
お姫様のお茶会に使われそうなテーブルを囲んでいます。
すごく豪華で身が縮む思いです。
お風呂もちゃんとあるっていうのは嬉しいけど。
露天風の岩のお風呂です。
騎士団長が立ち上がり、食器棚からコップと深皿を取り出した。
「聖女、魔石を寄こせ。葉菜花、俺はレモンサイダーだ」
わたしが特別な使命のために転生してきたのだとしても、この人達は変わらない気がする。
深皿はラケル用だった。
「人間用の食器を使わせても大丈夫ですか?」
「神獣様のご子息だ、箔がつく。気になるなら買い取ればいい」
ということなので、騎士団長にはご要望通りのレモンサイダー、聖女様にはきな粉ミルク(一気に飲みたいとのことで今度はアイス)とカツサンド、ラケルとわたしにはロイヤルミルクティー(アイス)を作りました。
……聖女様、本当にどれだけスライム倒したの。
「ああ、そうだ」
レモンサイダーをひと口飲んで、騎士団長が言う。
「改めて自己紹介しておこう。俺はコンセプシオン。ガルグイユ騎士団の団長であり、ラトニー国王エンリケ陛下の弟だ。年齢は十七歳になる」
「……え? 王子様?」
だから全方位に偉そうだったの?
というか十七歳って二歳年上なんだ。
まあ年下とは思ってなかったけど。
「そうだ。しかし城の外ではそんな呼び方をするな。顔を知られて忍び歩きができなくなっては困る。いつも騎士団長の重い鎧を着て、兜で顔を隠している苦労が水の泡だ」
結構あっさり脱いで馬車に乗り込んできましたが。
「ふん。貴様にはシオンと呼ぶことを許そう」
許された、けど、呼び捨てはハードルが高いなあ。
友達は女の子ばっかりだった。
中学校の男の子とは挨拶くらいしかしたことないんだよね。
高校に入ったら、って思ってたんだけど──
「……シオン様」
「様はいらない」
ううう、高校に入って男の子の友達ができてたとしても、こんな異世界からやって来たような美少年を呼び捨てになんかできないよう。
……あ、ここが異世界だった。
「えっと……シオン君、とか?」
「……シオン君?」
サファイアの瞳がわたしを映す。
「ふん。町の子どもが友達を呼ぶときの言い方だな」
「あああ、ごめんなさい」
「かまわん。貴様にはその呼び方を許そう」
「……シオン君?」
「そうだ」
からかわれているのかと思ったけれど、彼は優しい笑みを浮かべている。
なんだか顔が熱くなって、わたしは俯いた。
シオン君でいいのなら……うん、呼び捨てよりは言いやすい。
「……葉菜花」
呼ばれて目をやると、空のコップを手にした聖女様に見つめられていた。
「お代わりですか、聖女様。今度はなにがいいですか?」
「……違う」
「飲み物じゃなくて食べ物ですか?」
「……そうじゃなくて、私も名前がいい」
「聖女様のお名前?」
まだ聞いてない、よね?
でもそんなこと言ったら失礼なのかな。
……どうしよう。
しばらく見つめ合ったあと、聖女様が口を開いた。
「……そういえば教えてない」
シオン君が吹き出す。
口を抑えて小刻みに震えているシオン君を無視して、聖女様は名前を教えてくれた。
「……私はイザベル。……ベルと呼んで」
「ベル……ベルちゃんでいいですか?」
「……うん。私はベルちゃん」
聖女様、じゃなかったベルちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
ベルちゃんは十六歳だそうです。
ひとつ上か、同じ学年になるのかな。
ベルちゃんにお代わりのきな粉ミルク(今度はゆっくり飲むからホットでとのこと)とチョコバナナサンドを作ってから、気になったことをシオン君に聞いてみる。
「あの……シオン君」
「ふん、気が利くな。俺も飲み終わったところだ。次はホットコーヒーで頼む」
「……わかりました」
ホットコーヒーを作って渡してから、もう一度挑戦してみる。
もちろんコップは『浄化』してからです。
最高級宿の部屋だけあって『浄化』の魔術を封じた魔道具が設置されているのです。
神獣ダンジョンやロビー、そしてもちろんこの部屋の照明も魔道具なんだって。
照明って『照明』の魔術ってことなのかな?
「シオン君」
「どうした?」
「えっと……どうして初対面のときは王子様だって隠してたんですか? あ、ごめん。隠してたってわけじゃなかったのかもしれないけど」
この国の人ならみんな、騎士団長が王子様だって知ってるんだろうしね。
「貴様がどういう存在かわからなかったからだ。下手に王子であることを告げて、王家が神殿の問題に巻き込まれては困る。あくまで騎士団長として聖女護衛の依頼を請け負っただけだということにするつもりだった」
……なのに、馬車からお肉の匂いがしたので首を突っ込んできたんだね。
「貴様には厄介なしがらみもなさそうだし、なによりとても役に立つ。これからはラトニーの民として、王家に尽くすように」
……うーん。現代日本で生まれ育った転生者としては少し抵抗があるけど、ほかにどうしようもないし、ほかに頼りにできる人もいないしなあ。
「ふん。……誤解をするな」
どう言葉を返そうかと悩んでいると、シオン君が苦笑して言った。
「貴様の意思を無視するつもりはない。馬車でも言った通り、貴様は冒険者になればいい。冒険者は自由が許される職業だ。そしてその力で、たまにラトニーの役に立ってくれればいい」
「たまに、でいいの? いいんですか?」
「それで十分尽くすことになる。もちろん自分の都合を優先しろ。ただ……」
「ただ?」
これからお世話になる国だもんね。
国家行事のお手伝いとかはすべてに優先するよ。
……今のところサンドイッチとドリンクしか作れないけど。
「公式の場以外では俺に対して普通にしゃべれ」
「え?」
「無理に丁寧な話し方にする必要はない。今もだ」
「で、でも……」
「シオン君、だろう? さっきも普通に話しかけていただろうが。わざわざ言い直す必要などない」
「……う、うん。シオン君には普通に話すよ」
「……私にも普通に話して」
「わかった。……ふふ」
なんだかちょっと照れくさい。
「わふわふ!」
「ラケル?」
部屋に入ってからは人間の言葉をしゃべっていたラケルが吠え始めたので不思議に思っていたら、扉を叩く音がした。
「来たな」
シオン君が頼んでいた魔石だ。
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