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いきなり異世界転生編
3・聖女様が迎えに来た。
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黒いローブとドロワーズとブーツには魔防の効果があると、ケルベロス様が教えてくれた。……わあ、RPGみたい。
もっとも無敵ではないそうなので無茶はしないようにしよう。
体をどこかにぶつけたとき血が出なくてもアザができるみたいに、服が無事でも中身の鍛えていない体は衝撃に耐えられないだろうしね。
「ごしゅじん似合うぞ!」
「ありがとう、チビ太……ラケル」
「ん?」
わたしは、不思議そうに首を傾げるチビ太の頭を撫でた。
「これからはラケルって呼ぶね」
「なんでー?」
そのほうがカッコいいから、じゃなくて──
「真の名前は秘密にしておかなくちゃ」
「秘密か! 俺、わかったぞ!」
「ラケルのお父さんとお母さんがつけてくれた名前だしね」
「ん、そうだぞ!」
ラケルは嬉しそうに、わたしの周りを飛び跳ねる。
実際のところは、ラケルが大人になってケルベロス様くらい大きくなったら、チビ太って名前は似合わなくなるだろうな、と思ったからです。
……大きくなるまで時間はかかりそうだけど。
「人間の娘よ、ようやく迎えが来たようだぞ」
ケルベロス様が言って、暗闇の空間に光が差し込んだ。
わたし達がいたのは暗いだけで普通の四角い部屋だった。
光源がなかったのは、ラケル達は夜目が利くからだろう。
……それに実はケルベロス様うっすらと光ってたし。
毛皮が黒いから気づきにくかったけど。
とにかく部屋の扉が開いた。
いかにもファンタジーな衣装を着た少女が跪いている。
繊細な刺しゅうを施されたベールで顔は見えないが、裾から真っ赤な髪が覗いている。
すごく小柄でわたしより身長が低いけど、胸は小玉スイカくらいありそう。
手には純白の杖を持っていた。あれでスライムと戦っていたのかな。
「……迎えに来た」
「うむ。聖女よ、冥府の管理者にして月の女神ヌエバ様の命である。この娘を助け、この娘の望むように計らえ」
「……わかった」
「よ、よろしくお願いします」
「……ん」
聖女様は無口なようです。
わたしは歩き出した彼女の背中を追った。
ケルベロス様がいた部屋の外には、細い通路が続いている。
通路の壁にはところどころ照明があった。
なんだろう、あれ。……魔法?
そういえばここってダンジョンなんだよね?
モンスターが出たらどうしよう、と怯えて立ち止まったわたしに気が付いたのか、聖女様が振り向いた。
「……隠し通路を通ればモンスターは出てこない」
「は、はい! わかりました!」
また前を向いて歩き出した聖女様を追う前に、わたしは後ろを向いた。
ケルベロス様にお礼を言っておかなくちゃ。
お辞儀して言う。
「ありがとうございました」
「うむ。なにかあったら吾が力になろう」
「じゃあね、父上ー」
「達者で暮らせよ、ラケル。たまには顔を見せに来い」
「あれ? ラケルも来るの?」
わたしが尋ねると、ラケルはぴょんぴょん跳ねて不満を表明した。
「行くぞ! だって俺、ごしゅじんの使い魔だぞ!……行っちゃダメなのか?」
「そんなことないよ。ラケルが一緒だと嬉しいよ。でもダンジョンの調査は?」
ケルベロス様の名代(代理ってことだよね)でダンジョンへ行ってたときに異常が起こって、わたしの世界に来たんでしょ?
だからずっと一緒にはいられないんだと覚悟してた。
そんなわたしの疑問に答えてくれたのは、お父さんのケルベロス様だった。
「一段落ついたので、あとは人間達に任せている」
「そうなんですか」
背中に聖女様の視線を感じる。
いけない、待たせてた。
「すいません、聖女様。すぐ行きます。……ケルベロス様、と女神様? 本当にありがとうございました。じゃあラケル、行こうか」
「行くぞ!」
ラケルが一緒に来てくれて、すごく嬉しい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──隠し通路の先にあった転移陣で、わたし達はダンジョンの入り口にワープした。
転移陣の発動はすごく魔力が必要なので、ダンジョンでしか使えないらしい。
人間サイズの細い隠し通路と違い、ダンジョン本来の通路はケルベロス様が通っても余裕がありそうなほど広かった。
入り口の辺りには全然モンスターがいない。
いなくていいんだけど、それがいつものことなのか聖女様がスライムを倒したからなのか、ちょっと気になるわたしでした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
森に囲まれたダンジョンの入り口には、ぶ厚い金属の扉が埋め込まれていた。
……鉄かな? それともミスリルとか?
なにも考えてないと元の世界を思い出してホームシックになるので、わたしは異世界を楽しむことにした。
元の世界のこと考え過ぎると良くないって言われたしね。
大きな扉の左右には、銀色の全身鎧を着た騎士がふたり立っていた。
兜で顔は見えない。白いマントを風になびかせている。
ケルベロス様のいるこのダンジョンは神獣ダンジョンという特別な存在で、国と聖神殿の許可を得たものしか入れないのだという。
全身鎧を着た騎士はもうひとりいて、真っ白な馬と一緒に馬車の横に立っている。
こちらの全身鎧は銀色ではなく、馬と同じ純白だ。
空よりも青いマントを纏っていた。
いかにもファンタジーな馬車を牽いているのは茶色い馬。
やっぱりここは中世ヨーロッパ風の世界なんだろうな。お約束だよね。
馬車の前に立っていた聖職者風の女性が、聖女様に頭を下げる。
「お疲れ様です、聖女様」
「……ん」
彼女もベールを被っているけれど、聖女様と違って顔は見えている。
二十歳代の落ち着いた感じの美女が、わたしに向かってお辞儀してくれた。
「お目にかかれて光栄です、神獣様のお客様。私はラトニー王国聖神殿にて大神官を務めるサンドラと申します」
「おのっ……葉菜花です。えっと、この子はラケルです」
「ラケルだぞ」
こういう場合は名前だけのほうがいいよね。
名字があるのは貴族だけだったりするっていうし。
……そういえば、聖女様のお名前聞いてない。
尊い方の真の名前は秘するものなんだね、きっと。
大神官のサンドラさんが、白馬に寄り添う全身鎧の騎士を紹介してくれる。
「王国を守るガルグイユ騎士団団長のコンセプシオン様です。本日は私達の護衛をしてくださいます」
「ありがとうございます」
わたしは頭を下げた。
改めて名前を言ったほうがいいのかなー?
「コンセプシオンだ。よろしく、葉菜花。よろしく、ラケル殿」
あ、さっき言ったので覚えてくれてたみたい。
「それでは王都サトゥルノへ向かいましょう」
サンドラさんが馬車の扉を開けてくれる。
「……ん」
「ありがとうございます」
聖女様に続いて、わたしも馬車に乗り込んだ。
「わあ……」
馬車の内装がおしゃれで、ちょっとお姫様気分。
ふかふかの座席に座って、膝の上にラケルを抱き上げる。
箒は邪魔になるのでラケルの影に入れてもらった。
聖女様とは向かい合わせ。
気が付くと彼女の杖がなかった。
馬車の外に荷物置き場があるのかな。
窓の外でコンセプシオンさんが白馬に跨るのが見えた。
いくつくらいの人なんだろう。
兜で顔が隠れているのでさっぱりわからない。挨拶の声もくぐもって聞こえたし。
サンドラさんは馬車の前のほうに移動している。
彼女が御者をしてくれるようだ。
少数精鋭って感じかな?
まあ、わたしってよくわからない存在だものね。
自分でもわからないし。
……これから、どうなるのかなあ。
もっとも無敵ではないそうなので無茶はしないようにしよう。
体をどこかにぶつけたとき血が出なくてもアザができるみたいに、服が無事でも中身の鍛えていない体は衝撃に耐えられないだろうしね。
「ごしゅじん似合うぞ!」
「ありがとう、チビ太……ラケル」
「ん?」
わたしは、不思議そうに首を傾げるチビ太の頭を撫でた。
「これからはラケルって呼ぶね」
「なんでー?」
そのほうがカッコいいから、じゃなくて──
「真の名前は秘密にしておかなくちゃ」
「秘密か! 俺、わかったぞ!」
「ラケルのお父さんとお母さんがつけてくれた名前だしね」
「ん、そうだぞ!」
ラケルは嬉しそうに、わたしの周りを飛び跳ねる。
実際のところは、ラケルが大人になってケルベロス様くらい大きくなったら、チビ太って名前は似合わなくなるだろうな、と思ったからです。
……大きくなるまで時間はかかりそうだけど。
「人間の娘よ、ようやく迎えが来たようだぞ」
ケルベロス様が言って、暗闇の空間に光が差し込んだ。
わたし達がいたのは暗いだけで普通の四角い部屋だった。
光源がなかったのは、ラケル達は夜目が利くからだろう。
……それに実はケルベロス様うっすらと光ってたし。
毛皮が黒いから気づきにくかったけど。
とにかく部屋の扉が開いた。
いかにもファンタジーな衣装を着た少女が跪いている。
繊細な刺しゅうを施されたベールで顔は見えないが、裾から真っ赤な髪が覗いている。
すごく小柄でわたしより身長が低いけど、胸は小玉スイカくらいありそう。
手には純白の杖を持っていた。あれでスライムと戦っていたのかな。
「……迎えに来た」
「うむ。聖女よ、冥府の管理者にして月の女神ヌエバ様の命である。この娘を助け、この娘の望むように計らえ」
「……わかった」
「よ、よろしくお願いします」
「……ん」
聖女様は無口なようです。
わたしは歩き出した彼女の背中を追った。
ケルベロス様がいた部屋の外には、細い通路が続いている。
通路の壁にはところどころ照明があった。
なんだろう、あれ。……魔法?
そういえばここってダンジョンなんだよね?
モンスターが出たらどうしよう、と怯えて立ち止まったわたしに気が付いたのか、聖女様が振り向いた。
「……隠し通路を通ればモンスターは出てこない」
「は、はい! わかりました!」
また前を向いて歩き出した聖女様を追う前に、わたしは後ろを向いた。
ケルベロス様にお礼を言っておかなくちゃ。
お辞儀して言う。
「ありがとうございました」
「うむ。なにかあったら吾が力になろう」
「じゃあね、父上ー」
「達者で暮らせよ、ラケル。たまには顔を見せに来い」
「あれ? ラケルも来るの?」
わたしが尋ねると、ラケルはぴょんぴょん跳ねて不満を表明した。
「行くぞ! だって俺、ごしゅじんの使い魔だぞ!……行っちゃダメなのか?」
「そんなことないよ。ラケルが一緒だと嬉しいよ。でもダンジョンの調査は?」
ケルベロス様の名代(代理ってことだよね)でダンジョンへ行ってたときに異常が起こって、わたしの世界に来たんでしょ?
だからずっと一緒にはいられないんだと覚悟してた。
そんなわたしの疑問に答えてくれたのは、お父さんのケルベロス様だった。
「一段落ついたので、あとは人間達に任せている」
「そうなんですか」
背中に聖女様の視線を感じる。
いけない、待たせてた。
「すいません、聖女様。すぐ行きます。……ケルベロス様、と女神様? 本当にありがとうございました。じゃあラケル、行こうか」
「行くぞ!」
ラケルが一緒に来てくれて、すごく嬉しい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──隠し通路の先にあった転移陣で、わたし達はダンジョンの入り口にワープした。
転移陣の発動はすごく魔力が必要なので、ダンジョンでしか使えないらしい。
人間サイズの細い隠し通路と違い、ダンジョン本来の通路はケルベロス様が通っても余裕がありそうなほど広かった。
入り口の辺りには全然モンスターがいない。
いなくていいんだけど、それがいつものことなのか聖女様がスライムを倒したからなのか、ちょっと気になるわたしでした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
森に囲まれたダンジョンの入り口には、ぶ厚い金属の扉が埋め込まれていた。
……鉄かな? それともミスリルとか?
なにも考えてないと元の世界を思い出してホームシックになるので、わたしは異世界を楽しむことにした。
元の世界のこと考え過ぎると良くないって言われたしね。
大きな扉の左右には、銀色の全身鎧を着た騎士がふたり立っていた。
兜で顔は見えない。白いマントを風になびかせている。
ケルベロス様のいるこのダンジョンは神獣ダンジョンという特別な存在で、国と聖神殿の許可を得たものしか入れないのだという。
全身鎧を着た騎士はもうひとりいて、真っ白な馬と一緒に馬車の横に立っている。
こちらの全身鎧は銀色ではなく、馬と同じ純白だ。
空よりも青いマントを纏っていた。
いかにもファンタジーな馬車を牽いているのは茶色い馬。
やっぱりここは中世ヨーロッパ風の世界なんだろうな。お約束だよね。
馬車の前に立っていた聖職者風の女性が、聖女様に頭を下げる。
「お疲れ様です、聖女様」
「……ん」
彼女もベールを被っているけれど、聖女様と違って顔は見えている。
二十歳代の落ち着いた感じの美女が、わたしに向かってお辞儀してくれた。
「お目にかかれて光栄です、神獣様のお客様。私はラトニー王国聖神殿にて大神官を務めるサンドラと申します」
「おのっ……葉菜花です。えっと、この子はラケルです」
「ラケルだぞ」
こういう場合は名前だけのほうがいいよね。
名字があるのは貴族だけだったりするっていうし。
……そういえば、聖女様のお名前聞いてない。
尊い方の真の名前は秘するものなんだね、きっと。
大神官のサンドラさんが、白馬に寄り添う全身鎧の騎士を紹介してくれる。
「王国を守るガルグイユ騎士団団長のコンセプシオン様です。本日は私達の護衛をしてくださいます」
「ありがとうございます」
わたしは頭を下げた。
改めて名前を言ったほうがいいのかなー?
「コンセプシオンだ。よろしく、葉菜花。よろしく、ラケル殿」
あ、さっき言ったので覚えてくれてたみたい。
「それでは王都サトゥルノへ向かいましょう」
サンドラさんが馬車の扉を開けてくれる。
「……ん」
「ありがとうございます」
聖女様に続いて、わたしも馬車に乗り込んだ。
「わあ……」
馬車の内装がおしゃれで、ちょっとお姫様気分。
ふかふかの座席に座って、膝の上にラケルを抱き上げる。
箒は邪魔になるのでラケルの影に入れてもらった。
聖女様とは向かい合わせ。
気が付くと彼女の杖がなかった。
馬車の外に荷物置き場があるのかな。
窓の外でコンセプシオンさんが白馬に跨るのが見えた。
いくつくらいの人なんだろう。
兜で顔が隠れているのでさっぱりわからない。挨拶の声もくぐもって聞こえたし。
サンドラさんは馬車の前のほうに移動している。
彼女が御者をしてくれるようだ。
少数精鋭って感じかな?
まあ、わたしってよくわからない存在だものね。
自分でもわからないし。
……これから、どうなるのかなあ。
応援ありがとうございます!
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