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いきなり異世界転生編

2・ローブとドロワーズとブーツ、そして箒。

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 ──この異世界には魔力が流れる魔脈がある。地中にも水中にも空中にも。
 いくつかの魔脈が重なると、流れが止まって魔力が凝固する。
 凝固した魔力はダンジョンコアになる。

 ダンジョンコアはモンスターを生み出す。
 モンスターは地中を掘って迷宮のようなダンジョンを生み出す。
 ダンジョン内で倒すと魔石になり、はぐれて外に出たものを倒すと素材になるモンスターは、この世界の人間にとって大切な資源とのこと。

 コアは常にダンジョンの最下層にある。
 ダンジョンを管理もしくは支配する王獣によって運ばれたり、自重によって沈んだりして移動するのだという。
 コアにも意思があるのではないかという説もあるが、今のところ確認されてないみたい。

 ……それにしても魔石ってどんなものなんだろう。ものすごく中二心をくすぐられるんだけど。
 レトロゲームで運命の石とかあったなあ。
 お父さんの影響で、わたしは古い少年漫画とレトロゲームが好きだった。

 ダンジョンコアは一からモンスターを生み出すだけでなく、近づいた野獣をモンスターに進化させることもあるそうだ。
 そこまで話して、ケルベロス……様は溜息を漏らす。
 チビ太のお父さんなんだし、様付けしたほうがいいよね、たぶん。

「しかし最近、ヌエバ様がモンスターになることを許していない生き物がダンジョンに入り込んで自主的に進化し始めた。……アリだ」
「アリですか」

 ……アリだー!! って、レトロゲームでなにかあった気がする。

「人間と変わらぬ大きさに進化した彼奴らは、ほかのモンスターを食らい、とてつもない速度で増えていく。彼奴らが食らう魔力と、彼奴らが遺す魔石の魔力は釣り合っていない。彼奴らに支配されたダンジョンは歪み、あるダンジョンコアが異常を起こした」

 そのとき居合わせたのが、ケルベロス様の名代として調査に行っていたチビ太だった。

「チビ太はダンジョンコアの異常に巻き込まれ、そなたの世界に飛ばされた」

 ケルベロス様の言葉に、沈痛な面持ちのチビ太が頷く。

「俺、すごく困ったぞ。だって俺、異界の魔力は吸収できなかったんだぞ」

 拾ったときのチビ太が、今にも死にそうなほどぐったりしていたことを思い出す。

「そなたの世界では認知されていなかったが、魔力は世界の源だ。すべてのものは魔力からできている」

 ……原子とか分子みたいなもの?
 一所懸命受験勉強したのにもう忘れてる。
 そういうのって学校で習ったんだっけ、本やテレビで知ったんだっけ?

 異世界に来たせいか、ちょっと記憶がふわふわしている。

「魔力が吸収できなければ、その世界の食べ物を食べても栄養にならない。そなたが名前を与えて使い魔として契約してくれたおかげで、チビ太はあの世界に受け入れられて、あの世界の魔力を吸収できるようになったのだ」
「名前を与えて、ってもしかして動物病院で聞かれてチビ太って答えたことですか?」
「うむ」

 それで使い魔契約までしたことになるの?
 聞かれて三秒でつけた名前だったのに。
 チビ太を見ると、すごく良い笑顔を返された。

 ……なにはともあれチビ太が助かって良かったです。
 わたしも微笑んだ。
 ところがわたしの笑みを見て、チビ太は悲しげに項垂れる。

「……ごしゅじんは俺を助けてくれたのに、俺はごしゅじんを助けられなかったぞ」

 あの事故のこと?
 わたしはチビ太の頭を撫でた。

「チビ太のせいじゃないよ。ながら運転の車が悪いんだから」

 そういえば、あの車どうしたんだろう。
 たまにニュースとかで見た事件みたいに、わたしのほうが違反してたことにされてたらイヤだな。
 わたしの考えていることに気づいてくれたのか、ケルベロス様が言う。

「案ずるな。そなたを害したあのゴーレムとその主人なら罰を受けたぞ」
「ゴーレム?」
「命のない金属が人間によって動くのだからゴーレムであろう?」

 言われてみると、そんな気もする。
 そうか、車ってゴーレムかー。

「あの場所にいたべつのゴーレムが、あの主従の罪を暴いたのだ。防犯カメラというゴーレムがな」

 防犯カメラもゴーレムかー。
 小学校の近くだったから、確かにいくつもあったよね。

「俺、助けられなかっただけじゃなくて復讐もできなくてゴメンなさいだぞ」
「いいよ。犯罪者は法で罰せられるのが一番だもの」

 私刑や復讐しか手段がないと弱い被害者はなにもできなくなりそうです。
 わたしにフサフサふわふわの黒い毛皮をモフられながら、チビ太が言葉を続ける。

「あのときは、ごしゅじんの魂を影に入れるので精一杯だったんだぞ」
「……わたしの魂を影に?」
「うん。あのままだとごしゅじん、冥府に行ってたんだぞ」
「チビ太は『影運び』、人間で言う『アイテムボックス』のスキルが使えるのだ。そなたとのつながりで異界の魔力を蓄えていなければ、それも無理だったろうがな」
「おしゃべりできるだけの魔力もなかったから、足りない分はごしゅじんにもらった首輪とリードを食べて魔力に変えて使ったんだぞ。……ゴメンなさいだぞ」
「気にしなくていいよ、わたしを助けようとしてくれたんでしょ?」
「うむ。チビ太がスキルを使ったことでヌエバ様が気づき、異界の神に許可を得て、そなたの魂ごとチビ太をこの世界に戻したのだ」

 それからヌエバ様は、この世界の魔力でわたしの体を作ってくれた。
 見れば、手の甲にあった鉛筆の芯が刺さった痕が消えている。
 前と同じに見えるのに全然違う新しい体だということが、なぜかわかった。

「そなたの世界からチビ太の記憶は消えている。娘を失った上に使い魔が見つからないのでは辛過ぎるだろうという、そなたの家族に対する異界の神の温情だ。それとはべつに吾らの代わりに福も授けてくれているので安心するがいい」
「はい……えっと、元の世界で死んで魂だけがこっちに来てるってことですね」
「ごしゅじん……」
「そんな顔しないで、チビ太。ただの確認だよ」
「うむ。そなたの体はもうこの世界のものだからな。いくら女神様であっても、向こうの世界の理を曲げてまで戻すことはできぬ。あのまま冥府に……」

 行ったほうが良かったかと聞かれる前に、わたしは首を横に振った。

 ……どんな形でもこうして生きていられるのは嬉しいよ。
 だってまだ十五歳なんだもん。
 嬉しいけれど、わたしはちょっとだけ滲んだ涙をチビ太のふわふわの背中に顔を埋めて拭き取った。

 目の前にケルベロス様のいる状況だ。受け入れるしかないことは悟ってる。
 でも心の整理はすぐにはできそうにない。

「今のそなたは魂と体で世界が違う状態だ。魂と体が馴染むまで一ヶ月ほどかかる。それまではあまり故郷のことを懐かしみ過ぎぬようにな。元の世界に囚われ過ぎると、魂が体から飛び出してしまうやもしれぬ。そうなったらヌエバ様といえども、もう生き返らせることはできないぞ」
「気をつけます!」

 慌ててチビ太から顔を上げると、ケルベロス様が優しく言った。

「多少なら大丈夫だ。そなたは息子の恩人、助けが必要なときは言うが良い。とはいえ人間は人間とともに生きるのが一番だろう。ヌエバ様の命で吾が守護している国から迎えを呼んでいる。これからどう生きるかはその人間、聖女と相談して決めるのが良かろう。……そろそろ来ても良さそうなのだが」

 ケルベロス様は目を閉じ、しばらくして眉間に皺を寄せた。

「聖女め、久しぶりのダンジョンに浮かれてスライムと戦っておる。こちらに来るにはしばらくかかりそうだな」

 ……最近流行の攻撃型聖女様のようです。
 ネット小説や漫画の異世界転生(になるんだよね?)は結構読んでたけど、自分に起きるなら巻き込まれ召喚だと思ってたなあ。
 溜息をついて、ケルベロス様が言う。

「人間は本来裸では過ごさぬものであったな。聖女が着替えとやらも持ってくる予定ではあるが、礼を兼ねて吾からも贈ろう」

 ふっと、ケルベロス様の頭がひとつに減る。

「うおぉぉん!」

 ケルベロス様の咆哮で黒い風が巻き起こった
 風はわたしを包んで、ローブとドロワーズとブーツになった。

 衣装の色は、チビ太やケルベロス様と同じ黒。
 ……魔女っぽい。
 後ろに垂れてるから見えないけど、ローブにはフードがついている。

「あと、人間には爪と牙の代わりも必要だったな。……この爪を取れ」

 わたしは立ち上がり、目の前に伸ばされた巨大な前脚の爪を掴む。
 と、ぽろりと外れた黒い爪が黒い箒となった。
 ……ますます魔女っぽくなりました。
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