2 / 64
いきなり異世界転生編
1・フルーツサンドが食べたい人生だった。
しおりを挟む
──フルーツサンドが食べたい。
高校入学直前の春休み、わたしこと小野寺葉菜花は思い立った。
「ちょっと出かけてくるー」
お母さんが眉間に皺を寄せて、
「葉菜花どこ行くの? もうすぐ高校生なんだからお菓子ばっかり買ってちゃダメよ」
なんて言うから、わたしはチビ太を抱き上げた。
愛犬チビ太は、大人のポメラニアンよりひと回り小さいくらいのサイズ。
真っ黒な毛並みがとってもフサフサしてる。
バランス的に子犬っぽいんだけど、実はもう成犬なのかなあ?
拾ってから一年経つのに、全然大きさが変わってない。
犬種不明のモフモフ好きわんこです。
「買い物じゃなくてチビ太の散歩だもん」
「わふ!」
「はいはい、車に気をつけてね」
玄関に座ってチビ太にリードをつけながら、お母さんに聞いてみる。
「なにかいるものある? ついでに買ってくるよ」
お母さんが苦笑を漏らす。
「やっぱりコンビニへお菓子を買いに行くんじゃない」
「あ」
「……ぷーくすくす」
居間から聞こえた妹のわざとらしい笑い声に向かって舌を出し、わたしは外に出た。
おじいちゃんとおばあちゃんにはお土産買って来ようと思ってたけど、あの子には買わない!
お父さんはまだ帰る時間じゃないし、お母さんはダイエット中なので買ってきたら怒られます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニ前の横断歩道で、信号のボタンを押してしばし待つ。
「チビ太、ちゃんと待てて偉いねー」
「わふ!」
当然! とでも言いたげに吠えたチビ太を抱き上げる。
賢いから青になった途端走り出したりはしないんだけど、この辺りは小学校が近いから、突然子どもが現れる可能性がある。
……チビ太はモフモフされるのが大好きなのよね。
調子に乗って地面に転がってお腹見せるかもしれないし。
チビ太が地面にいる状態で、子どもに取り囲まれたら動けなくなっちゃう。
最初からわたしが抱っこしておくしかない!
それにチビ太、フサフサのふわふわで気持ちいいしー。
「わっわ!」
「あ、青だね。教えてくれてありがとう」
「わふー」
満足そうなチビ太の頭を撫でて、
「右を見て左を見て、もう一度右を見て……よし!」
「わふ!」
一歩踏み出してすぐに、わたしの体は宙に浮いた。
前方確認もせず急スピードで右折してきた車の運転手が、スマホから顔を上げる。
……わたし、死んじゃうの? フルーツサンド食べたかった、な。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
……。
…………。
………………。
気が付くと、車に跳ね飛ばされたときの痛みが消えていた。
「わふわふ! わふわふ!」
すごく近くでチビ太が吠える声がする。
目を開けると、
「ごしゅじん、気が付いた?」
「わっぷ! チビ太、顔舐めちゃダメ!」
喜び勇んで舐め回してくるチビ太を顔から引き離す。
……ん? わたしどこにいるの。
チビ太が側にいるんだから、病院じゃないよね?
背中に当たる感触が硬い。
わたしはベッドではなく床に横たえられていた。
……事故を隠すためにどこかへ連れてこられたとか?
ゾッとして、勢いよく体を起こす。
自分が服を着ていないことに気が付いて、慌てて胸を隠した。
「なんなの? 怖い……」
「ごしゅじん!」
裸の膝にチビ太が飛び乗ってきた。
「……あれ? チビ太しゃべった?」
「うん、俺しゃべったぞ!」
チビ太の頭を撫でながら考える。
……動物の言葉がわかるってことは死後の世界なのかな。
宙に浮いた体が地面に落ちたとき、深い深いところへ意識が呑まれたのを覚えている。
チビ太の首輪やリードがないことも、その考えを裏付ける気がした。
四方八方を取り囲む暗闇に、少しずつ目が慣れていく。
かなり広い空間みたい。……なにか、いる?
「……気が付いたか、人間の娘よ……」
重々しい声に顔を向けると、そこにはみっつの頭を持つ巨大な黒犬がいた。
わたしが……ううん、家族六人+一匹全員で背中に乗っても大丈夫そう。
「ケルベロス?」
ゲームや漫画で見たことがある。
「よく知っていたな、異界より来たりし人間の娘よ。そう、吾は冥府の女神ヌエバ様に仕える神獣ケルベロスだ」
……あれ? ハデス神の番犬じゃなかったっけ?
首を傾げるわたしの心の声が聞こえたかのように、ケルベロスは説明を始める。
「ここはそなたが生まれ育った世界ではない。ヌエバ様がそなたの新しい体に与えた『異世界言語理解』のスキルが自動的に翻訳しているが、似ているようで違うところも多いのだろう」
異世界だから違うってことかな……んん? 『異世界』言語理解ってもしかして、
「わたし、異世界に転生したんですか?」
「察しが良いな」
「もしかしてわたし、勇者なんですか?」
さっき『来たりし』って言ってたから、転生じゃなくて召喚かもしれない。
それとも転移? 赤ちゃんじゃなくて前と同じ体だし……服はないけど。
質問を聞いたみっつの頭が、同時に怪訝そうな表情を浮かべる。
「勇者になりたいのならヌエバ様にお願いしてやろうか?」
……どうも勇者召喚とは違うみたいです。
「え? えーっと……わたし、どうしてこの世界に来ることになったんですか?」
なにか使命があるの?
わたしとケルベロスの会話をおとなしく聞いていたチビ太が口を開いた。
「俺がヌエバ様にお願いしたんだぞ!」
「チビ太が?」
「うむ。ヌエバ様は我が息子ラケルの命を救ってくれたことへの礼として、この世界の魔力で再現した肉体をそなたの魂に与え、生まれ変わらせてくれたのだ」
「ラケル? 我が息子? チビ太のこと?」
「ん! 父上と母上がつけてくれた名前がラケルでー、ごしゅじんがつけてくれた真の名前がチビ太だぞ!」
「真の名前?」
「おお、そうだった。ラケル、もといチビ太はそなたの使い魔になったのだったな」
……使い魔? さっぱりわかりません。
チビ太は可愛いわんこで家族ですよ?
高校入学直前の春休み、わたしこと小野寺葉菜花は思い立った。
「ちょっと出かけてくるー」
お母さんが眉間に皺を寄せて、
「葉菜花どこ行くの? もうすぐ高校生なんだからお菓子ばっかり買ってちゃダメよ」
なんて言うから、わたしはチビ太を抱き上げた。
愛犬チビ太は、大人のポメラニアンよりひと回り小さいくらいのサイズ。
真っ黒な毛並みがとってもフサフサしてる。
バランス的に子犬っぽいんだけど、実はもう成犬なのかなあ?
拾ってから一年経つのに、全然大きさが変わってない。
犬種不明のモフモフ好きわんこです。
「買い物じゃなくてチビ太の散歩だもん」
「わふ!」
「はいはい、車に気をつけてね」
玄関に座ってチビ太にリードをつけながら、お母さんに聞いてみる。
「なにかいるものある? ついでに買ってくるよ」
お母さんが苦笑を漏らす。
「やっぱりコンビニへお菓子を買いに行くんじゃない」
「あ」
「……ぷーくすくす」
居間から聞こえた妹のわざとらしい笑い声に向かって舌を出し、わたしは外に出た。
おじいちゃんとおばあちゃんにはお土産買って来ようと思ってたけど、あの子には買わない!
お父さんはまだ帰る時間じゃないし、お母さんはダイエット中なので買ってきたら怒られます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニ前の横断歩道で、信号のボタンを押してしばし待つ。
「チビ太、ちゃんと待てて偉いねー」
「わふ!」
当然! とでも言いたげに吠えたチビ太を抱き上げる。
賢いから青になった途端走り出したりはしないんだけど、この辺りは小学校が近いから、突然子どもが現れる可能性がある。
……チビ太はモフモフされるのが大好きなのよね。
調子に乗って地面に転がってお腹見せるかもしれないし。
チビ太が地面にいる状態で、子どもに取り囲まれたら動けなくなっちゃう。
最初からわたしが抱っこしておくしかない!
それにチビ太、フサフサのふわふわで気持ちいいしー。
「わっわ!」
「あ、青だね。教えてくれてありがとう」
「わふー」
満足そうなチビ太の頭を撫でて、
「右を見て左を見て、もう一度右を見て……よし!」
「わふ!」
一歩踏み出してすぐに、わたしの体は宙に浮いた。
前方確認もせず急スピードで右折してきた車の運転手が、スマホから顔を上げる。
……わたし、死んじゃうの? フルーツサンド食べたかった、な。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
……。
…………。
………………。
気が付くと、車に跳ね飛ばされたときの痛みが消えていた。
「わふわふ! わふわふ!」
すごく近くでチビ太が吠える声がする。
目を開けると、
「ごしゅじん、気が付いた?」
「わっぷ! チビ太、顔舐めちゃダメ!」
喜び勇んで舐め回してくるチビ太を顔から引き離す。
……ん? わたしどこにいるの。
チビ太が側にいるんだから、病院じゃないよね?
背中に当たる感触が硬い。
わたしはベッドではなく床に横たえられていた。
……事故を隠すためにどこかへ連れてこられたとか?
ゾッとして、勢いよく体を起こす。
自分が服を着ていないことに気が付いて、慌てて胸を隠した。
「なんなの? 怖い……」
「ごしゅじん!」
裸の膝にチビ太が飛び乗ってきた。
「……あれ? チビ太しゃべった?」
「うん、俺しゃべったぞ!」
チビ太の頭を撫でながら考える。
……動物の言葉がわかるってことは死後の世界なのかな。
宙に浮いた体が地面に落ちたとき、深い深いところへ意識が呑まれたのを覚えている。
チビ太の首輪やリードがないことも、その考えを裏付ける気がした。
四方八方を取り囲む暗闇に、少しずつ目が慣れていく。
かなり広い空間みたい。……なにか、いる?
「……気が付いたか、人間の娘よ……」
重々しい声に顔を向けると、そこにはみっつの頭を持つ巨大な黒犬がいた。
わたしが……ううん、家族六人+一匹全員で背中に乗っても大丈夫そう。
「ケルベロス?」
ゲームや漫画で見たことがある。
「よく知っていたな、異界より来たりし人間の娘よ。そう、吾は冥府の女神ヌエバ様に仕える神獣ケルベロスだ」
……あれ? ハデス神の番犬じゃなかったっけ?
首を傾げるわたしの心の声が聞こえたかのように、ケルベロスは説明を始める。
「ここはそなたが生まれ育った世界ではない。ヌエバ様がそなたの新しい体に与えた『異世界言語理解』のスキルが自動的に翻訳しているが、似ているようで違うところも多いのだろう」
異世界だから違うってことかな……んん? 『異世界』言語理解ってもしかして、
「わたし、異世界に転生したんですか?」
「察しが良いな」
「もしかしてわたし、勇者なんですか?」
さっき『来たりし』って言ってたから、転生じゃなくて召喚かもしれない。
それとも転移? 赤ちゃんじゃなくて前と同じ体だし……服はないけど。
質問を聞いたみっつの頭が、同時に怪訝そうな表情を浮かべる。
「勇者になりたいのならヌエバ様にお願いしてやろうか?」
……どうも勇者召喚とは違うみたいです。
「え? えーっと……わたし、どうしてこの世界に来ることになったんですか?」
なにか使命があるの?
わたしとケルベロスの会話をおとなしく聞いていたチビ太が口を開いた。
「俺がヌエバ様にお願いしたんだぞ!」
「チビ太が?」
「うむ。ヌエバ様は我が息子ラケルの命を救ってくれたことへの礼として、この世界の魔力で再現した肉体をそなたの魂に与え、生まれ変わらせてくれたのだ」
「ラケル? 我が息子? チビ太のこと?」
「ん! 父上と母上がつけてくれた名前がラケルでー、ごしゅじんがつけてくれた真の名前がチビ太だぞ!」
「真の名前?」
「おお、そうだった。ラケル、もといチビ太はそなたの使い魔になったのだったな」
……使い魔? さっぱりわかりません。
チビ太は可愛いわんこで家族ですよ?
11
お気に入りに追加
825
あなたにおすすめの小説
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる