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第一話 よろしい、離縁です!
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私の夫でこの国の王、レオニート陛下がおっしゃいました。
「マルタ。結婚して三年になるが、俺達には一向に子どもが出来ない」
「……はい」
ここは陛下の部屋の応接室。
私の向かいに座る陛下の隣には、美しい金髪の女がいます。
よく知った顔です。
「このまま王国の跡取りがいないのでは問題がある。それで俺は愛妾を置こうと思う。彼女……そなたも知っているだろう。学園の同級生だったラーナだ」
私は無言で頷くしかありませんでした。
王国には、国王陛下には跡取りが必要です。
妃である私には、それを得ることは出来ませんでした。陛下が愛妾を置かれるのは仕方がないことなのです。……どうせなら、その女以外が良かったですけれど。
「……早く、元気なお子を授かると良いですね」
力無く笑う私に、陛下は満面の笑みで答えました。
「案ずるな。ラーナの腹にはもう俺の子がいる」
「……」
「……」
「……」
陛下の隣にいるラーナが真っ青になりました。
ふたりが座った長椅子の後ろにいる、陛下の従者モシェンニクもです。
わかっていないのは、今も昔も能天気な陛下だけのようです。私は彼を睨みつけました。我ながら地の底を這うように低い声で尋ねます。
「はあ?」
「ん? どうした?」
「三年前、私に結婚をお申し込みになられたときにお約束なさいましたよね? もうその女とは会わないと」
「ああ。だが仕方がないだろう? そなたに子が出来なかったのだから」
「順番が違います。私が納得して、愛妾として彼女を迎えたその後で子を成したのなら、なにも不満はございません。ですが違いますよね? 今彼女のお腹に子どもがいるということは、愛妾として迎える前から会っていたということではありませんか?」
陛下は不機嫌そうな顔になる。
「そんな些細なことで文句を言うな。心の狭い女だな」
「……些細なことではございません。陛下がその女と会い続けるのなら、私は最初から結婚しておりませんでした」
学園の卒業パーティで幼いころからの婚約を破棄されて冤罪で投獄されて、侯爵であるお父様に救い出されて一年間引き籠って、訪ねて来たレオニート殿下に求婚されて──ああ、愚かな私!
どうしてあの時点で、お父様に言われた通り完全に縁切りしなかったのでしょう。
泣きながら謝罪し、俺が王になるためにはそなたが必要だ、あの女とは別れる、二度と会わない、などとほざいたこの男を信じて王妃になるなんて愚の骨頂を晒すとは! 自分で自分が許せません!
「じゃあどうしろと言うんだ? まさかラーナの腹の子を殺してやり直せとでも言う気か? 酷い女だな、そなたは」
「勝手に私の気持ちを決めつけるのはやめていただけませんか? 私は陛下とその女……ラーナ様の仲を祝福いたしますわよ?」
「だったらグチグチ言うでないわ!」
自分に都合が悪くなると大声を出す卑怯な男。どちらの心が狭くて酷いのか。
なぜ、こんな男を想い続けていたのか、自分で自分が理解出来ません。
私は長椅子から立ち上がりました。
「陛下とは離縁させていただきます」
「なんだと? 俺とラーナを祝福すると言っておきながら嫌がらせか!」
「おかしなことを。愛し合うおふたりを祝福するからこそ、邪魔者の私が身を引こうというのではないですか」
私の実家の侯爵家は、この国一番の穀倉地帯を領地に持っています。
王家の血を引く公爵家だって、我が家には逆らえません。もちろん王家だって。
食べるものがなければ人間は死ぬのですから。
陛下は──かつての愚かな私が愛したレオニート陛下は無能です。
王族の血を笠に着て大声で威圧することしか出来ない莫迦の極致です。即位して三年経つのに、従者のモシェンニクとその実家の子爵家にいいように操られていることに未だにお気づきにならない間抜けです。
この国の貴族と国民は、私達夫婦のように愚かではありません。侯爵家から嫁いだ王妃無しでは、レオニート陛下は王でいられないのです。
「離縁の手続きがあるので失礼いたします」
「おい、待て! 俺は離縁など認めぬぞ!」
「それでは神前裁判で決着をつけましょう」
「勝手に決めるな!」
陛下の怒号を無視して、私は部屋を出ました。
月に一度、彼と私は跡取りを得るために夫婦の営みをしていました。なんの愛も楽しみもない儀礼的な交わりでした。
彼に触れられたところが気持ち悪くてたまりません。早く実家に戻って全身を洗うことにしましょう!
「マルタ。結婚して三年になるが、俺達には一向に子どもが出来ない」
「……はい」
ここは陛下の部屋の応接室。
私の向かいに座る陛下の隣には、美しい金髪の女がいます。
よく知った顔です。
「このまま王国の跡取りがいないのでは問題がある。それで俺は愛妾を置こうと思う。彼女……そなたも知っているだろう。学園の同級生だったラーナだ」
私は無言で頷くしかありませんでした。
王国には、国王陛下には跡取りが必要です。
妃である私には、それを得ることは出来ませんでした。陛下が愛妾を置かれるのは仕方がないことなのです。……どうせなら、その女以外が良かったですけれど。
「……早く、元気なお子を授かると良いですね」
力無く笑う私に、陛下は満面の笑みで答えました。
「案ずるな。ラーナの腹にはもう俺の子がいる」
「……」
「……」
「……」
陛下の隣にいるラーナが真っ青になりました。
ふたりが座った長椅子の後ろにいる、陛下の従者モシェンニクもです。
わかっていないのは、今も昔も能天気な陛下だけのようです。私は彼を睨みつけました。我ながら地の底を這うように低い声で尋ねます。
「はあ?」
「ん? どうした?」
「三年前、私に結婚をお申し込みになられたときにお約束なさいましたよね? もうその女とは会わないと」
「ああ。だが仕方がないだろう? そなたに子が出来なかったのだから」
「順番が違います。私が納得して、愛妾として彼女を迎えたその後で子を成したのなら、なにも不満はございません。ですが違いますよね? 今彼女のお腹に子どもがいるということは、愛妾として迎える前から会っていたということではありませんか?」
陛下は不機嫌そうな顔になる。
「そんな些細なことで文句を言うな。心の狭い女だな」
「……些細なことではございません。陛下がその女と会い続けるのなら、私は最初から結婚しておりませんでした」
学園の卒業パーティで幼いころからの婚約を破棄されて冤罪で投獄されて、侯爵であるお父様に救い出されて一年間引き籠って、訪ねて来たレオニート殿下に求婚されて──ああ、愚かな私!
どうしてあの時点で、お父様に言われた通り完全に縁切りしなかったのでしょう。
泣きながら謝罪し、俺が王になるためにはそなたが必要だ、あの女とは別れる、二度と会わない、などとほざいたこの男を信じて王妃になるなんて愚の骨頂を晒すとは! 自分で自分が許せません!
「じゃあどうしろと言うんだ? まさかラーナの腹の子を殺してやり直せとでも言う気か? 酷い女だな、そなたは」
「勝手に私の気持ちを決めつけるのはやめていただけませんか? 私は陛下とその女……ラーナ様の仲を祝福いたしますわよ?」
「だったらグチグチ言うでないわ!」
自分に都合が悪くなると大声を出す卑怯な男。どちらの心が狭くて酷いのか。
なぜ、こんな男を想い続けていたのか、自分で自分が理解出来ません。
私は長椅子から立ち上がりました。
「陛下とは離縁させていただきます」
「なんだと? 俺とラーナを祝福すると言っておきながら嫌がらせか!」
「おかしなことを。愛し合うおふたりを祝福するからこそ、邪魔者の私が身を引こうというのではないですか」
私の実家の侯爵家は、この国一番の穀倉地帯を領地に持っています。
王家の血を引く公爵家だって、我が家には逆らえません。もちろん王家だって。
食べるものがなければ人間は死ぬのですから。
陛下は──かつての愚かな私が愛したレオニート陛下は無能です。
王族の血を笠に着て大声で威圧することしか出来ない莫迦の極致です。即位して三年経つのに、従者のモシェンニクとその実家の子爵家にいいように操られていることに未だにお気づきにならない間抜けです。
この国の貴族と国民は、私達夫婦のように愚かではありません。侯爵家から嫁いだ王妃無しでは、レオニート陛下は王でいられないのです。
「離縁の手続きがあるので失礼いたします」
「おい、待て! 俺は離縁など認めぬぞ!」
「それでは神前裁判で決着をつけましょう」
「勝手に決めるな!」
陛下の怒号を無視して、私は部屋を出ました。
月に一度、彼と私は跡取りを得るために夫婦の営みをしていました。なんの愛も楽しみもない儀礼的な交わりでした。
彼に触れられたところが気持ち悪くてたまりません。早く実家に戻って全身を洗うことにしましょう!
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